
「この男の戦う姿を撮ってみたい」。ヤングマシンを含む二輪メディアを中心に活躍中のフォトグラファー真弓悟史。バイクから人物写真まで数々の印象的な作品を撮り下ろしてきた彼が、2024年からは全日本ロードレース・JSB1000クラスに挑む長島哲太選手を追いかけている。プロとしてレンズを向けなければと感じさせたその魅力に迫るフォト&コラムをお届けしよう。
●文と写真:真弓悟史
岡山国際サーキットとの相性、新しいフロントタイヤと改良されたリヤタイヤ
ついにこの日がやって来た。
2025年10月5日、全日本ロードレース第6戦の岡山(岡山国際サーキット)で長島哲太がついに表彰台に登ったのだ。
前週に行われた事前テストから、その兆しはあった。
「フロントタイヤが岡山で新しくなりました。そのおかげでコーナリングスピードが少し上げられるようになったんです」
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
オートポリス(大分県)のレース後に聞いた長島の意見がフィードバックされたフロントタイヤがここ岡山で導入されたのだ。そしてリヤタイヤも、もてぎ(モビリティリゾートもてぎ。栃木県)、オートポリスで使ったものをベースに改良がされていると言う。トップのヤマハ中須賀選手のタイムが一歩抜きん出ているものの、このタイヤを履いた長島の名前が、どの走行でも常に上位に顔を出す。
「ロングランをやった時に『これなら表彰台を狙えるかも』というフィーリングがありました」と話す長島。ここまで自信を持って言える手応えを感じたことは今まであったのだろうか。
「今までは、なかったです。もてぎとかは運が良ければ3位もあるかもと思ってはいましたけど、『これならイケる』と思ったのは初めてですね。これは岡山のコースレイアウト(との相性)も含めてです」と話す。
進化したダンロップタイヤと岡山国際サーキットの相性、そしてライダーの腕で何とか出来るコースレイアウトも相まって、今までにない手応えを長島は事前テストから得ていたのだった。しかしこのレースウィーク、金曜、土曜とあいにくのレインコンディションが続いた。雨の予選を4番手と好調も、この今回手に入れた最大の武器を、長島はまだ使えていない。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
トップグループと対等に走れるレベルになった
迎えた決勝日、「ドライでレースがしたい」という長島の思いが通じたのか前日までの雨も上がり青空の下、JSB1000のレースはドライコンディションで行われた。
ついに進化したこのタイヤが決勝日に投入されることになる。
2列目から得意のスタートダッシュを決めて1コーナーを2位で通過すると、翌周のメインストレートには長島の黄色いバイクがトップで帰って来る。ここまでは今シーズン、もう見慣れた光景だ。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
しかし今までのそれとは全く違う。“長島ダム”と言われた“前に出て後続をせき止める”感じは一切ない。このレース、ライバルと対等に戦えているのは、序盤の何周かを見ていれば誰の目にも一目瞭然だ。
2周目には中須賀選手にかわされるも、その後は終始2番手を争う。そして自らこのバトルをコントロールしているように見えた。
この時の心境を聞くと「いつもよりもアベレージが刻めていたのはテストの時から確認出来ていました。ただ、どちらかというとブリヂストン勢が前に来た時の方が速いところが違うので走りづらいんです。だから2位を走って、このまま淡々と走って終わりたいという感じでした。そう、淡々と走っていましたね。この順位をキープするのに、このリズムで淡々と走るしかない。とにかくこのタイムを維持しようとしていました」と、振り返る。
何度も出て来る“淡々と”と言う言葉。念願の表彰台を目前にしながらも、この時、気持ちは全く高ぶる事なく常に冷静でいたのだと言う。
しかしそれとは裏腹に、身体の方は全力でマシンを攻め立てていた。
「雨上がりでコースが埃っぽくて、テストの時よりグリップしなかったんです。なので、そこを“いかにタイヤを食わして走れるか”をずっと試しながら20何周レースをしていました。具体的には、フロントブレーキのかけ方からブレーキの引きずり方、重心の位置、ずっと足で踏ん張ってリヤにトラクションをかけて、というのをコース全周に渡ってやってたので足が攣ってしまったんです」
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
コースサイドで見ていても分からなかったら長島の頑張り。レース後、コースに座り込んでいたのは、そのためだった。冷静な心と全力を尽くしたフィジカル面。
全てを出し切った。しかし今回のレース、決してダンロップタイヤも長島の体力も終わっていたわけではなかった。残念ながら転倒したバイクがコース上に残ってしまった影響で最終ラップはレッドフラッグで終わってしまったが、最後に2位ホンダの野佐根選手に、もう一度仕掛けるつもりだったという。
「野佐根が前に出ても、そんなにぶっちぎられる感じはなかったし、後半セクションは自分の方が速かった。だから最終ラップに勝負しようかなと思っていたんです」と話す。そして「その余力はあった?」との問いには「ありました」と即答した。
最後までバトルを続けて正真正銘、実力でもぎ取った3位であった。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
いいものが出来たら、それを表彰台まで運ぶのが仕事
2位には惜しくも届かなかったが、念願の表彰台を獲得した。皆が待ちに待ったこの時がやってきた。
チーム、そしてダンロップのスタッフがメインストレートに帰って来た長島を満面の笑顔で迎え入れる。
この時の気持ちを長島は「いやぁ、嬉しいですよね」と答え、その言葉に続けて「ホッとした」と話す。
「自分もみんなと一緒に戦ってきてるんで。でも結局最後はライダーじゃないですか。開発の人たちが頑張ってくれて、チームが頑張ってバイクを作ってくれても、最後に走らせるのはライダーの仕事。みんなから託されているわけじゃないですか。いいものを作っても乗り手がダメだったらダメだし、転んだら結果は出ないし……それをちゃんとあそこの場所に運べたというのが嬉しいですよね」
皆の期待を一身に背負い大きなプレッシャーの中で長島が戦ってきていたことが、この言葉から伺える。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
昨年から始まったこのプロジェクトも、ほぼ2年を掛けて、やっとこの場所まで辿り着いた。ここまで苦難の連続だったように思う。
「長かったですね。めちゃくちゃ。でも始める前から厳しいだろうなとは感じていました。ブリヂストンの良さも知っているので、『そんな簡単じゃないでしょ』とは思っていました。でも去年しっかり問題点を洗い出して『今年は表彰台に乗りましょう』という、チームと組み立てた目標がちゃんとその通りになっています」
昨年はタイヤのベースを作るために実戦の中でもいくつものタイヤをテスト繰り返した。そして周囲の期待の中で、なかなか残らない成績。この状況を長島は、どのようにして乗り越えて来たのだろうか。
「常に全力で走る以外なかったですね。走るからには全部速く走る。『何位でいい』なんで一回も思ったことはないですし、諦めかけた事は一度もないです」
しかし辛いことも多かったと言う。
「成績が低迷していた去年の後半戦は『開発の方向性がこれで合っているのか』とか『自分のコメントは間違っていないのか』など迷いが生じていた時期もありました。でも、結果が出ることによって『自分の求めている物は間違っていない』と実感することが出来ました。そして今日表彰台に登れたことによって、より確信に変わった感じです。
今までは『いいレースだったね』『惜しかったね』だったのが、ようやく表彰台という形にできて、これで納得してもらえる。ましてやレース内容的にも(タイヤは)タレなかったですし、“明らかにタイヤ良くなってるよね”って見てもらえたと思うんです」
この言葉の通り、その日の長島+ダンロップは、ライバルと最後まで対等に戦い抜き、ダンロップタイヤの大きな進化を周囲に形として見せつける事に成功した。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
最後に、この初表彰台まで約2年。今までの努力が少しは報われたかと聞いてみた。
「どうですかねぇ。このプロジェクトを進めるにあたって、たくさんの人たちの協力が必要で、その人たちにようやく目に見える結果を手に入れることが出来た。これからより一層頑張ってもらえると思いますし、自分の努力というよりはダンロップの努力がようやく報われた。ここからさらに開発が加速して行くんじゃないかなと思います」
長島は、“自分ではなくダンロップの努力が報われた”そう語るが、レース後、彼を包み込んだスタッフと観客席から届くファンの「おめでとう」の言葉は何より長島の努力が報われた瞬間だったのではないだろうか。
皆の頑張りがついに形になってきた。昨年は遠かった表彰台。ここ岡山でついに赤い帽子が3つ並ぶのが当たり前になっていたJSB1000表彰台の一角にダンロップの黄色い帽子が並ぶ。次戦鈴鹿、そして3年目のシーズンへ。一歩一歩確実に目に見えて前に進み始めた長島とダンロップ。この光景が当たり前になる日が現実味を帯びてきた。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
【真弓 悟史 Satoshi Mayumi】1976 年三重県生まれ。鈴鹿サーキットの近くに住んでいたことから中学時代からレースに興味を持ち、自転車で通いながらレース写真を撮り始める。初カメラは『写ルンです・望遠』。フェンスに張り付き F1 を夢中で撮ったが、現像してみると道しか写っていなかった。 名古屋ビジュアルアーツ写真学科卒業。その後アルバイトでフィルム代などの費用を作り、レースの時はクルマで寝泊まりしながら全日本ロードレース選手権を2年間撮り続ける。撮りためた写真を雑誌社に持ち込み、 1999 年よりフリーのフォトグラファーに。現在はバイクや車の雑誌・WEBメディアを中心に活動。レースなど動きのある写真はもちろん、インタビュー撮影からファッションページまで幅広く撮影する。
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