
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第149回は、MotoGPの2025年シーズン前半戦を振り返ります。
Text: Go TAKAHASHI Photo: Red Bull
欲をかきすぎると自滅する
快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン展開になっています。
あまりにも強い、ドゥカティ・デスモセディチGP25+マルク・マルケスのパッケージ。マルクとしてはめちゃくちゃ気持ちいいシーズンを送っているでしょうね。元レーシングライダーとしてはうらやましい限りです(笑)。
本来なら同チームのフランチェスコ・バニャイアがトップ争いに絡み、うまくすれば4度めのチャンピオンも目論んでいたはずです。マルケスはファクトリーチーム1年目という(普通なら)不利な状況でしたからね。それにドゥカティはイタリアンメーカー。イタリアンライダーであるバニャイアのチャンピオン獲得を望むのはごく自然なこと。しかしフタを開けてみれば、マルクはバニャイアをまったく寄せつけていません。
全22戦中15戦を終えた時点で、マルクとバニャイアのポイント差は250点にまで開いていますから、残り全戦をバニャイアが全勝し、マルクがすべて0点にでもならない限り、逆転はほぼ不可能でしょう。ここまでの強さを目の当たりにすると、マルク以外のライダーはランキング2位狙いに絞らざるを得ないのが現実です。
浮上したかに見えても次レースで沈むなどして復調の波に乗れていないバニャイア。
第15戦カタルニアGPで弟のアレックス・マルケスが自身2勝目を挙げましたが、彼としては今シーズンのチャンピオンはもう諦めているでしょう。ただし、ランキング3位のバニャイアとのポイント差は63点。ここはまだ逆転されてしまう可能性があります。
弟アレックスもMotoGPにステップアップして早6シーズン目。ドゥカティに移籍してからのランキングは’23年9位、’24年8位と上り調子ですから、ここでファクトリーチームのバニャイアに勝って評価を固めたいところでしょう。しかし、ランキング2位への欲が強すぎると、逆にバニャイアに追い込まれてしまうかも……。
レーシングライダーにとって、「欲」はレースをする上でもっとも大切なモチベーションです。「速く走りたい」「勝ちたい」と思うからレースをする。当たり前ですよね。しかし欲をかきすぎると自滅するのもまた事実。欲と抑えのバランス取りが本当に難しいんです。
MotoGPライダーは、各国選手権やMoto3、Moto2を勝ち上がってきた天才的なライディング能力の持ち主ですが、やはりメンタルは大きく影響します。MotoGPライダーなんて良くも悪くも欲まみれですから(笑)、勢いは間違いなくある。でも、安定した成績を残すのはなかなか難しい。
弟マルケスとともに勝利を祝う赤マルケスこと兄マルケス。
今年、小椋藍くんとともにMotoGPライダーになったフェルミン・アルデゲルには、かなり注目しています。弟アレックスのチームメイトである彼は、第6戦フランスGPですでに表彰台に立っており、ポイントもしっかり積み重ねてルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得しそうな勢いです。彼の強みはブレーキングですが、正直、まだチャンピオン争いをするだけの安定感はありません。
KTMのペドロ・アコスタもそうですよね。MotoGP2年目の彼の実力は誰もが認めるところですし、表彰台の常連になりそうな勢いですが、チャンピオン候補というにはまだ早い。やはり経験を積み重ねることで、「抑え」の術を手に入れなければならないでしょう。
タイヤのグリップをどれだけ残せるか
特に最近のMotoGPは、タイヤマネジメント能力がレースの行方に大きく影響します。ただ速いだけではまったく足りず、レース終盤までどれだけタイヤのグリップを残せるかが勝負のカギになっています。さらに今はタイヤの内圧も監視されていますから、本当に大変です!
MotoGPのタイヤ内圧問題については皆さんもよくご存じだと思いますが、超簡単に説明すると、よりグリップさせるために内圧(空気圧)は下げたい、でも下げすぎるとタイヤが破壊される恐れがある、だからレース中も内圧をモニタリングし、規定内圧以下になったらペナルティーを科す、ということになっています。
これがかなりシビア! レースでトップを走ると走行風によってタイヤが冷やされ、内圧が下がってしまいます。だからあえてライバルを先行させてその後ろに着き、タイヤの内圧が下がりすぎないようにコントロールする、なんてシーンも見られるようになりました。
それがレースを面白くしているのか、逆につまらなくしているのかは僕には分かりませんが、ライダーの立場からすれば、考えなければならないことが増えたのは確か。「つくづく大変だよなぁ……」と思いますし、今、自分が現役でなくて本当によかった(笑)。
現役時代、レース中のタイヤの内圧なんて考えたことがありませんでした。タイヤの空気圧は、あくまでもセッティング要素のひとつ。1発タイムがほしい予選では「ちょっと下げようか」なんて調整はしましたが、正直、そこまでシビアな事柄ではありませんでした。
恐らく当時のタイヤと今のタイヤでは、設計の考え方や構造が違うのでしょう。ざっくり言えば技術レベルがものすごく上がっていて、その分、シビアになっているのだと思います。ギリギリのハイパフォーマンスを狙っているからこそ、すべてがギリギリの設計になっている。だから内圧もシビアにコントロールしなければならない。レース中に限らず、内圧の管理は厳格になっています。
いかにグリップを保つか。マシン側でも大きなファクターとなっている。
こんなことを言うと今のMotoGPライダーに笑われてしまうかもしれませんが、僕自身、現役時代にグリップレベルの変化こそ感じていましたが、内圧の変化までは感じていませんでした。かつてバニャイアは「レース中、内圧の変化を感じている」とコメントしていましたが、僕には信じられません。あれだけのライディングをしながらわずかな内圧の変化を感じ取っているなんて、神業です。
では、最強の男であるマルク・マルケスは? 圧倒的な速さだけのライダーなのでしょうか? 次回はその辺りを深掘りしてみます。
でも、今までと違う何かをした誰かが、突破口を見つけるかもしれない。そのことに期待しながら、8月17日の第13戦オーストリアGPを待ちたいと思います。……結構すぐですね……。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
MotoGPライダーが参戦したいと願うレースが真夏の日本にある もうすぐ鈴鹿8耐です。EWCクラスにはホンダ、ヤマハ、そしてBMWの3チームがファクトリー体制で臨みますね。スズキも昨年に引き続き、カー[…]
決勝で100%の走りはしない 前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたこ[…]
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない 第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか[…]
ヨーロッパラウンドで欧州勢が本調子に MotoGP第8戦イギリスGPが行われた週末は、「モータースポーツ・ウィークエンド」で、なんだか忙しい日々でした(笑)。まずはMotoGPですが、娘がモータースポ[…]
最新の関連記事(モトGP)
2ストGPマシン開発を決断、その僅か9ヶ月後にプロトは走り出した! ホンダは1967年に50cc、125cc、250cc、350cc、そして500ccクラスの5クラスでメーカータイトル全制覇の後、FI[…]
タイヤの内圧規定ってなんだ? 今シーズン、MotoGPクラスでたびたび話題になっているタイヤの「内圧規定」。MotoGPをTV観戦しているファンの方なら、この言葉を耳にしたことがあるでしょう。 ときに[…]
2009年に移籍したのに「GP8」にも乗っていた?! 2003年にホンダからモトGPにデビューしたニッキーでしたが、2009年にはドゥカティ・コルセへと移籍。2007年にケイシー・ストーナーがデスモセ[…]
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
MotoGPライダーが参戦したいと願うレースが真夏の日本にある もうすぐ鈴鹿8耐です。EWCクラスにはホンダ、ヤマハ、そしてBMWの3チームがファクトリー体制で臨みますね。スズキも昨年に引き続き、カー[…]
人気記事ランキング(全体)
“グローバルカラー”をうたうマットパールホワイト インディアヤマハモーター(IYM)は、水冷単気筒エンジンを搭載するフルカウルスポーツ「R15 V4(V4=第4世代の意 ※日本名YZF-R15)」の新[…]
9/10発売:スズキ アドレス125 まずはスズキから、原付二種スクーターの定番「アドレス125」がフルモデルチェンジして登場だ。フレームを新設計して剛性を高めつつ軽量化を実現し、エンジンもカムシャフ[…]
20年ものロングランは、ライバルに気をとられない孤高を貫く開発があったからこそ! カワサキは1972年、DOHCで900ccと先行する初の量産4気筒のCB750フォアを上回るハイクオリティなZ1を投入[…]
9月上旬~中旬発売:アライ「RAPIDE-NEO HAVE A BIKE DAY」 旧車やネオクラシックバイクにマッチするアライのラパイドネオに、新たなグラフィックモデルが登場した。グラフィックデザイ[…]
イタリア魂が込められたフルサイズ125ccネイキッド 2018年デビュー以来、その美しいスタイリングと俊敏なハンドリングで世界を魅了してきたキャバレロは、今回の2025年モデルで「クオーレ・イタリアー[…]
最新の投稿記事(全体)
LCDメーターがTFTにグレードアップ、外観も一新! リーニングマルチホイール=LMW採用の原付二種/軽二輪スクーターとして独自の地位を築いているヤマハの「トリシティ125」「トリシティ155」がマイ[…]
新基準原付、その正体とは? まずは「新基準原付」がどんな乗り物なのか、正しく理解することからはじめよう。これは2025年4月1日から、第一種原動機付自転車(原付一種)に新たに追加される車両区分だ。 導[…]
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
ギボシ端子取り付けのポイントをおさらい バイクいじりのレベルやセンスは、その人が手がけた作業の跡を見れば一目瞭然。電気工作なら配線同士をつなぎ合わせる際、芯線をねじってビニールテープでグルグル巻きにし[…]
高級感漂うゴールドカーキのデザイン 「IQOS ILUMA PRIME ゴールドカーキ」は、その名の通り落ち着いたゴールドトーンとカーキを組み合わせた洗練デザインが特徴です。手に取った瞬間に感じられる[…]
- 1
- 2