
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第31回は、鈴鹿8耐で思い知らされたMotoGPライダーのポテンシャルについて。
●監修/写真:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真EWC、Honda、佐藤寿宏
MotoGPライダーのポテンシャルが剝き出しになったトップ10トライアル
今年の鈴鹿8耐で注目を集めたのは、MotoGPおよびスーパーバイク世界選手権(SBK)ライダーの参戦だ。Honda HRCはMotoGPライダーのヨハン・ザルコを、YAMAHA RACING TEAMは同じくMotoGPライダーのジャック・ミラーとSBKライダーのアンドレア・ロカテッリを招集し、華やかな顔ぶれとなった。
ザルコは昨年に引き続き2度目の参戦だ。そしてロカテッリは普段SBKでYZF-R1に乗っている。一方のミラーは、初めてのR1で7年ぶりの鈴鹿8耐。どんな走りを見せるのかとワクワクしていたが、とんでもなかった(笑)。
アンドレア・ロカテッリ(左)とジャック・ミラー(右)。
鈴鹿8耐とR1に慣れるべく、レースウィークを通して比較的慎重な走りだったミラーだが、ひとりずつ1周のピュアなタイムアタック合戦となるトップ10トライアルでは、MotoGPライダーのポテンシャルを剥き出しにした。
見ていて分かるのだが、完全にライダーの能力がマシンの限界を超えてしまっているのだ。ガチのブレーキングではフロントサスペンションが底突き寸前となり、どのコーナーでもライン取りお構いなしでバッチバチにスロットル全開! 気持ちいいぐらいアグレッシブなライディングは、今年の鈴鹿8耐で最大の見どころだったかもしれない。
あわや2分3秒台かという凄まじい速さだったミラーだが、最後の最後、アステモシケインで転倒……。フロントが最大の武器であるブリヂストンタイヤの威力を理解していたミラーとしては、「フロント滑った! でも持ちこたえるかな〜あ〜ダメか〜」という感じだったと思う。ギリギリリカバリーできそうだったが、クランクカバーが接地してリヤも滑ってしまい、万事休す、だった。
ブリヂストンのフロントタイヤは世界最高レベルで、「MotoGPタイヤよりスゴイ」と言っても差し支えないと思う。その限界域までアッサリと到達し、どうにか使い切ろうとしてしまうのだから、MotoGPライダーってヤツは本当にとんでもない連中だ。
常識外れのライン取りでタイムを出す
ライン取りもスゴイ。我々のようにさんざん鈴鹿サーキットを走っているライダーからすると、「ええっ!? そこ走っちゃうの!?」という常識外れのラインを走るのだ。今回、ミラーもロカッテリも1コーナーは「あーっ、ライン外した!? アウトに膨らみすぎでしょう」と思ったが、しっかりタイムを出してくる。
「マジでワケが分かんねーなー」と笑いつつ、外国人ライダーの衝撃を懐かしくも感じた。1990年、鈴鹿で行われた日本グランプリ250ccクラスにスポット参戦した時、ドミニク・サロンがS字でえらいアウト側のラインを通っていた。鈴鹿を走り慣れていたワタシは、「それじゃ遅いはず…………速いじゃん!」とビックリしたものだ。
ドミニク・サロンとNSR250(写真は1986年)。
同じサーキットを延々走っていると、ライン取りの精度が上がる一方で、アイデアが凝り固まりがちだ。サロンの走りに「あっ、そのラインでもイケるんだ」と衝撃を受けたが、マネすることはなかった。どう考えても理想的なラインではなかったからだ(笑)。
しかし外国人ライダーがスゴイのは、1周の中でどうにかこうにか帳尻を合わせて、タイムを出してしまうことだ。リスクが高いラインだし、それゆえに定着もしないのだが(笑)、なんとかまとめ上げてしまう火事場の馬鹿力は見習うべきだと思う。
ミラーとロカッテリの1コーナーも、決して理想的なラインではない。にも関わらず、結果、速い。ここに、ワタシたち日本人ライダーが学ぶべき何かが潜んでいるような気が、しないでもない。
決勝レース序盤の1コーナーへの進入。
こちらは1コーナーから複合になっている2コーナー。コース幅が広く、一見するとライン取りの自由度は高いのだが……。
地味に見えて壮大なトライをしているスズキ
もうひとつ注目していたのは、Team SUZUKI CN CHALLENGEだ。昨年は8位だったが、今年はアルベルト・アレナスの転倒があり、33位。結果は残せなかったが、「CN(カーボンニュートラル)CHALLENGE」の名にふさわしい挑戦をしていた。
それは、燃料だ。昨年は40%バイオ由来燃料を使ったのに対し、今年は100%サステナブル燃料を選んだ。トタルエネジーズの「Excellium Racing 100」というもので、バイオエタノールから製造された炭化水素で構成されている……と、トタルのWEBサイトに書いてある。
この燃料、現時点では単純にそのまま使えばいい、というわけにはいかない。通常のガソリンでもわずかながらの燃え残りが発生し、エンジンオイルが希釈されてしまう。皆さんもご存じ、エンジンオイルの乳化現象というヤツだ。
通常、エンジンオイルの乳化はごくごくわずかなので、問題になることはない。しかし、バイオ燃料の場合は燃え残りが多く、乳化が問題になりかねない。これを克服するために、水温を意図的に高めて、燃え残りの水分を蒸発させるのだそうだ。
しかし温度を上げすぎると、パワーは落ちる。かと言って温度を下げすぎるとエンジンオイルの乳化によって燃費が悪化したり耐久性に問題が出たりする。そのギリギリを探りながらの開発であり、鈴鹿8耐参戦なのだ。
ちょっと地味で分かりにくい話ではあるが、間違いなく将来に生きる技術的チャレンジ。ほんの2、3年前まで「モビリティの動力は電気だ!」と言われていたのに、今はだいぶトーンダウンして、バイオ燃料を使っての内燃機関に注目が集まっている。
そんな中、2輪レースにもいろいろな思いを乗せて走っているチームがいるのだ。Team SUZUKI CN CHALLENGEは、全日本ロード第4戦もてぎ大会にも参戦するとのこと。普通に速いのでなかなか分かりにくいのが難点だが(笑)、実は未来に向けての壮大なトライをしていることに注目してほしい。
転倒によりマシンが破損したものの、修復してレースを完走したチームスズキCNチャレンジ。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 青木宣篤の上毛GP新聞)
KTMの進化ポイントを推測する 第17戦日本GPでマルク・マルケスがチャンピオンを獲得した。ウイニングランとセレブレーションは感動的で、場内放送で解説をしていたワタシも言葉が出なかった。何度もタイトル[…]
15周を走った後の速さにフォーカスしているホンダ 予想通りと言えば予想通りの結果に終わった、今年の鈴鹿8耐。下馬評通りにHonda HRCが優勝し、4連覇を達成した。イケル・レクオーナが負傷により参戦[…]
電子制御スロットルにアナログなワイヤーを遣うベテラン勢 最近のMotoGPでちょっと話題になったのが、電子制御スロットルだ。電制スロットルは、もはやスイッチ。スロットルレバーの開け閉めを角度センサーが[…]
φ355mmとφ340mmのブレーキディスクで何が違ったのか 行ってまいりました、イタリア・ムジェロサーキット。第9戦イタリアGPの視察はもちろんだが、併催して行われるレッドブル・ルーキーズカップに参[…]
運を味方につけたザルコの勝利 天候に翻弄されまくったMotoGP第6戦フランスGP。ややこしいスタートになったのでざっくり説明しておくと、決勝スタート直前のウォームアップ走行がウエット路面になり、全員[…]
最新の関連記事(鈴鹿8耐)
アメリカで僕もCB1000Fが欲しいなと思っている ──CB1000Fの印象から教えてもらえますか? 前日はHSR九州のサーキットをかなり本気で走行しましたが、その感想も含めてお願いします。 フレディ[…]
ヤマハが6年ぶりにファクトリー復帰! ホンダHRCが迎え撃ち、スズキCNチャレンジが挑む! 2025年8月1日~3日に開催された「”コカ·コーラ” 鈴鹿8時間耐久ロードレース 第46回大会」では、4連[…]
『鈴鹿8時間耐久ロードレース選手権』を初めて観戦した模様を動画に収録 この動画では、若月さんが鈴鹿サーキットの熱気に包まれながら初めて目の当たりにするロードレースの“速さ”や“迫力”に驚き、感動する姿[…]
路面温度が70度に迫るなか、2人で走り切った#30 Honda HRC 鈴鹿8耐が終わってからアッという間に時が過ぎましたが、とにかく暑いですね。鈴鹿8耐のレースウイークも日本列島は、史上最高気温を更[…]
15周を走った後の速さにフォーカスしているホンダ 予想通りと言えば予想通りの結果に終わった、今年の鈴鹿8耐。下馬評通りにHonda HRCが優勝し、4連覇を達成した。イケル・レクオーナが負傷により参戦[…]
人気記事ランキング(全体)
EICMAで発表された電サス&快適装備の快速ランナー ホンダが年1回のペースで実施している『編集長ミーティング』は、バイクメディアの編集長のみが参加するもので、ホンダの開発者らと一緒にツーリングをしな[…]
前バンクはクランクリードバルブ、後バンクにピストンリードバルブの異なるエンジンを連結! ヤマハは1984年、2ストロークのレプリカの頂点、RZシリーズのフラッグシップとしてRZV500Rをリリースした[…]
「マスダンパー」って知ってる? バイクに乗っていると、エンジンや路面から細かい振動がハンドルやステップに伝わってきます。その振動を“重り”の力で抑え込むパーツが、いわゆるマスダンパー(mass dam[…]
GSX-S1000GT 2026年モデルは新色投入、より鮮やかに! スズキはスポーツツアラー「GSX-S1000GT」の2026年モデルを発表した。新色としてブリリアントホワイト(ブロンズホイール)と[…]
[プレミアム度No.1] エボリューション集大成モデル。スプリンガースタイルがたまらない!! ストック度の高さはピカイチ!! 取材時に年式が最も古かったのが1998年式ヘリテイジスプリンガー。この車両[…]
最新の投稿記事(全体)
「天然のエアコン」が汗冷えを防ぐ 厚着をしてバイクで走り出し、休憩がてら道の駅やコンビニに入った瞬間、暖房の熱気で生じる汗の不快感。そして再び走り出した直後、その汗が冷えて体温を奪っていく不安。ライダ[…]
ウインカーと統合したDRLがイカス! X-ADVは2017年モデルとして初登場し、アドベンチャーモデルとスクーターのハイブリッドという新しいコンセプトで瞬く間に人気モデルになった、ホンダ独自の大型バイ[…]
上旬発売:アライ アストロGXオルロイ アライヘルメットからは、ツーリングユースに特化したフルフェイス「アストロGX」のニューグラフィック「ORLOJ(オルロイ)」が12月上旬に登場する。この独特なネ[…]
最強のコスパ防寒着か? 進化した「GIGA PUFF」 まず注目したいのが、「GIGA PUFF フュージョンダウンフーディ」だ。価格は驚異の4900円。このフーディの肝は、中わたの量にある。従来製品[…]
フランスヤマハのチームカラーが全世界で人気に! ヤマハファンならご存じ、フランスの煙草ブランドであるゴロワーズのブルーにペイントしたレーシングマシンやスポーツバイクたち。 その源流はワークスマシンのY[…]
- 1
- 2









































