
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第139回は、第2戦アルゼンチンGPまでの小椋藍についてロリス・カピロッシと語り合いました。
Text: Go TAKAHASHI Photo: Michelin
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍
モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・カトウやテツヤたちが活躍していた時代があったよね。あの頃の日本人ライダーが戻ってきた感じだよ」と言っていました。
僕の名前を出したのは、ロリスなりの気遣いでしょう(笑)。でも大ちゃん(故・加藤大治郎さん)は、間違いなくMotoGPチャンピオンになれた逸材でした。常にMotoGPの最前線でレースを見ているロリスが、大ちゃんと並び称したわけですから、藍くんの実力はいよいよ本物です。
第2戦アルゼンチンGPでも、初戦と変わらず落ち着いたレース運びを見せ、8位でフィニッシュしました。レース後にレギュレーション違反が発覚し、残念ながら失格となってしまいましたが、これはあくまでもチームの問題。藍くんに責任はありませんし、決勝ゴールまでの組み立てはやはり素晴らしいものでした。15番手からスタートして8位でフィニッシュと7ポジションアップですから、さらに自信も付けたことと思います。
ロリスは「去年のペドロ・アコスタよりもすごいね!」とも言っていました。これは僕も同意します。ライダーの実力はそう簡単に測れるものではありませんが、デビューして2戦という現時点では、藍くんの方がうまくやっていることは確かです。
実際、アルゼンチンGPでもアコスタとのブレーキング競争が見られましたが、藍くんはとても落ち着いていました。無理に突っ込んできたアコスタに対して、絶対に減速し切れないことを見越し、焦ることなくクロスラインで刺し返す。幼い頃からのレース経験の豊富さと、持って生まれたレースIQの高さが垣間見えるシーンでした。
アルゼンチンGP決勝レースでは、アコスタ(#37)と競り合いも見られたが──。
次第に離れて勝負あり。※ただし小椋藍はのちにマシンの規定違反で失格
このコラムでは何度も書いていることですが、レースとは、速く走ることが目的のスポーツではありません。1シーズンを通してより多くのポイントを獲得することが目的のスポーツです。1発のタイムを出せば、一瞬の注目は集めるかもしれません。でもチャンピオンシップ全体を考えた時には、リスクを負うだけでほとんど意味がないんです。
MotoGPライダーは誰でも速く走れるが──。
速く走るだけなら誰でも──とは言うと語弊がありますが、少なくともMotoGPライダーなら、誰でも速く走れます。でも、決勝レースに照準を合わせて最大限にレースウィークを使えるかどうかは、速さとは別の素質です。もちろん決勝レース中も、最終的にもっとも高い得点を得られるように考えなければなりません。
具体的に言えば、「コンスタントに、ハイペースで走り抜く」ということになりますが、これが想像以上に難しい。周回を重ねるごとにタイヤのグリップは落ちていきますし、コースコンディションも変わる。バトルもありますから、思うように走ることはなかなかできない。そういった状況の変化に臨機応変に対応しながら、限界値を見極めてコンスタントに走り続けるのは、並大抵のことではありません。
どのサーキットでも、どんな状況でも、的確に状況判断しながら、今、自分が取れる最大ポイントを取る。これが難しいからこそ、いかに速さを持っているMotoGPライダーでも、チャンピオンになれるライダーは限られてしまいます。そして藍くんは、その「限られたライダー」になれる可能性を持っています。
僕も何度かポールポジションを取っていますが(編註:原田さんは世界グランプリで通算21回のポールポジションを獲得)、自分が速いライダーだと思ったことはありません。僕より速いライダーはたくさんいました。でも、’93年に世界チャンピオンとなり、その後も何度かチャンピオン争いに絡めたのは(編註:原田さんは’95年と’01年にランキング2位、’97年と’98年にランキング3位となっている)、レースとはどんなスポーツかを多少なりとも理解できていたからだと思います。
藍くんは、自分の中でのプライオリティがハッキリしているように見えます。あくまでも決勝レースに照準を合わせているため、僕はまだ、彼が予選で本気の全力アタックをしているようには見えていません。そして実際のところ、現時点で彼より速いライダーはたくさんいます。
でも速さなんて、MotoGPマシンに慣れれば自然と発揮できるものです。藍くんも、マシンへの理解が深まれば、どこかで自分の本能を解放して本気のアタックをしたくなる時が来るでしょう。でも、それは今ではないということを、彼は深く理解している。それがロリスを始め、レース関係者の「アイ・オグラはすごい」という評価につながっています。
「すごい」という評価は、速さではなく、レースIQの高さを指している。つまり多くのレース関係者が、アイ・オグラにMotoGPチャンピオンの器を見いだしています。本当に楽しみです。
MotoGPにF1、若い日本人が活躍する今だからこそ
それにしても、今年は去年まで以上にドゥカティの強さが際立っていますね。ドゥカティ以外のメーカーは、それぞれに伸びているところもあるものの、ドゥカティには届いていません。ここまで完勝を続けているマルク・マルケスを、誰が止められるのでしょうか? 現状ではあまり想像がつきませんが……。
こればっかりは、他メーカーに頑張ってもらうしかありません。ホンダ一強時代や、ヤマハが強い時代もあったわけですから、各メーカーがどれだけ本気で取り組むかに尽きるでしょう。
そういえば、鈴鹿8耐にヤマハがファクトリー体制で臨むことが発表されましたね。これはこれで楽しみですが、僕が気になるのは来年以降です。やはりレースはメーカーが本気で取り組んでこそ面白い。「今年限り」と言わず、ぜひ継続してほしいものです。それがレース界の盛り上げに大いに役立つはずです。
小椋藍くんが活躍しているのと同時に、F1では角田裕毅くんが素晴らしいレースを見せ、どうやらレッドブル入りが確実視されています。今週末はMotoGP第3戦アメリカズGP、そして来週末にはF1第3戦日本GPが開催され、モータースポーツが(多少は)注目を集めるでしょう。
こういう「いい波」を逃さず、より大きく育てて行くためにも、メーカーがより本気でモータースポーツに取り組むことに期待したいものです。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
全日本、そしてMotoGPライダーとの違いとは 前回は鈴鹿8耐のお話をしましたが、先日、鈴鹿サーキットで行われた鈴鹿サンデーロードレース第1戦に顔を出してきました。このレースは、鈴鹿8耐の参戦権を懸け[…]
予選PP、決勝2位のクアルタラロ MotoGPもいよいよヨーロッパラウンドに突入しました。今はヘレスサーキットでの第5戦スペインGPが終わったところ。ヤマハのファビオ・クアルタラロが予選でポールポジシ[…]
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
マルケスがファクトリーマシンを手に入れたら…… MotoGP開幕戦・タイGPで優勝したマルク・マルケスは、圧巻の強さでしたね。7周目に、タイヤの内圧が下がりすぎないよう弟のアレックス・マルケスを先に行[…]
『状況によって』と予想はしたが── 前回のコラムで「状況によってはトップ5に入る」と予想していた、小椋藍くん。MotoGP開幕戦・タイGPで、本当にやってくれました! 土曜日のスプリントレースが4位、[…]
最新の関連記事(モトGP)
全日本、そしてMotoGPライダーとの違いとは 前回は鈴鹿8耐のお話をしましたが、先日、鈴鹿サーキットで行われた鈴鹿サンデーロードレース第1戦に顔を出してきました。このレースは、鈴鹿8耐の参戦権を懸け[…]
予選PP、決勝2位のクアルタラロ MotoGPもいよいよヨーロッパラウンドに突入しました。今はヘレスサーキットでの第5戦スペインGPが終わったところ。ヤマハのファビオ・クアルタラロが予選でポールポジシ[…]
1位:スズキ『MotoGP復帰』&『850ccで復活』の可能性あり?! スズキを一躍、世界的メーカーに押し上げたカリスマ経営者、鈴木修氏が94歳で死去し騒然となったのは、2024年12月27日のこと。[…]
XSR900GPとの組み合わせでよみがえる”フォーサイト” ベテラン、若手を問わずモリワキのブースで注目したのは、1980年代のモリワキを代表するマフラー、「FORESIGHT(フォーサイト)」の復活[…]
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
人気記事ランキング(全体)
トレッドのグルーブ(溝)は、ウエットでタイヤと接地面の間の水幕を防ぐだけでなく、ドライでも路面追従性で柔軟性を高める大きな役割が! タイヤのトレッドにあるグルーブと呼ばれる溝は、雨が降ったウエット路面[…]
新型スーパースポーツ「YZF-R9」の国内導入を2025年春以降に発表 欧州および北米ではすでに正式発表されている新型スーパースポーツモデル「YZF-R9」。日本国内にも2025年春以降に導入されると[…]
実は大型二輪の408cc! 初代はコンチハンのみで37馬力 ご存じ初代モデルは全車408ccのために発売翌年に導入された中型免許では乗車不可。そのため’90年代前半頃まで中古市場で398cc版の方が人[…]
北米にもあるイエローグラフィック! スズキ イエローマジックといえば、モトクロスやスーパークロスで長年にわたって活躍してきた競技用マシン「RMシリーズ」を思い浮かべる方も少なくないだろう。少なくとも一[…]
アルミだらけで個性が薄くなったスーパースポーツに、スチールパイプの逞しい懐かしさを耐久レーサーに重ねる…… ン? GSX-Rに1200? それにSSって?……濃いスズキファンなら知っているGS1200[…]
最新の投稿記事(全体)
イベントレース『鉄馬』に併せて開催 ゴールデンウィークの5月4日、火の国熊本のHSR九州サーキットコースに於いて、5度目の開催となる鉄フレームのイベントレース『2025 鉄馬with βTITANIU[…]
ロングツーリングでも聴き疲れしないサウンド 数あるアドベンチャーモデルの中で、草分け的存在といえるのがBMWモトラッドのGSシリーズ。中でもフラッグシップモデルのR1300GSは2024年に国内導入さ[…]
カラーバリエーションがすべて変更 2021年モデルの発売は、2020年10月1日。同年9月にはニンジャZX-25Rが登場しており、250クラスは2気筒のニンジャ250から4気筒へと移り変わりつつあった[…]
圧倒的! これ以上の“高級感”を持つバイクは世界にも多くない 「ゴールドウィング」は、1975年に初代デビューし、2001年に最大排気量モデルとして登場。そして2025年、50年の月日を経てついに50[…]
カワサキ500SSマッハⅢに並ぶほどの動力性能 「ナナハンキラー」なる言葉を耳にしたことがありますか? 若い世代では「なんだそれ?」となるかもしれません。 1980年登場のヤマハRZ250/RZ350[…]
- 1
- 2