
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第131回は、チャンピオンを獲得したホルヘ・マルティンの強さを紐解きます。
Text: Go TAKAHASHI Photo: DUCATI, MICHELIN, RED BULL
ポイントを取りこぼしたバニャイアと、シーズンを通して安定していたマルティン
MotoGPの2024シーズンが終わりました。1番のサプライズは、ドゥカティ・ファクトリーのフランチェスコ・バニャイアが決勝レースとスプリントレース合計で全40戦中18勝、45%もの勝率を挙げながら3連覇を達成できなかったこと。ドゥカティ・サテライトチームであるプラマックのホルヘ・マルティンが、勝率25%でチャンピオンになりました。
これはつまり、バニャイアがいかに多くのポイントを取りこぼしてしまったか、ということ。そして逆に、昨年はポイントの取りこぼしでチャンピオンを逃したマルティンがいかにシーズン通しての戦い方を研究し、実践したかということです。
このコラムで何度か書いていますが、チャンピオンを獲るためにもっとも必要なのは、我慢です。目先のレースで勝つことを意識しすぎて転倒してしまっては、意味がありません。時には勝つことを諦めて、ポイントを取ることに徹する。そういう我慢が、結果的にタイトルを引き寄せるんです。
ライバルがレースに勝つと、もちろんこちらは焦ります。でもここで大事になるのが、シーズン全体を見渡す目です。目の前のひとつひとつのレースではなく、スプリントレースを含めて全40戦を見据える目。今シーズンに関しては、バニャイアよりマルティンの方がそういう冷静な目を持っていた、ということになります。
超ハイレベルなマシンを乗りこなす、超ハイレベルなライダーたち
レースは、競技としてはすごくシンプルです。よーいドンでスタートして、誰が1番先にゴールするかを競うだけですからね。駆けっこと何も変わりません(笑)。でも実際は、とても複雑で繊細で、難しい。コースコンディション、マシンセッティング、タイヤコンディション、自分のコンディション、そしてライバルの動向などが絡み合って、100%思い通りになることはありません。
ちょっと話は逸れますが、今のMotoGPのシビアさは、僕が現役時代の比ではないと思います。かつては曖昧だったり、よく分かっていなかったり、ライダーの腕次第だったところが、かなり技術論として確立しています。
ある意味ではF1化しているところがあって、「こうすれば速いから、こう走れ」とか「こうすればタイヤが保たせられるから、こう走れ」とライダーが指示され、その通りに走ることが求められているように感じます。そしてそこから外れると、一気に大外れになってしまう。
特に空力デバイスの影響力はかなり大きいようです。サスペンションやシャシーといったメカニカルなエクイップメントが行き着くところまで行き着いて、今のMotoGPマシンは空力で止めよう、曲がろうとしている。
さらに、車高が変化するライドハイトデバイスのような機構も備えられて、それと空力の兼ね合いはどうなるんだ、とか、もう昭和のライダーにはお手上げです(笑)。でも各メーカーのファクトリーチームは、そういう超シビアなところまで踏み込んだ開発をしているのが現状です。
昭和のおじさんライダーとしては、つい「2スト500cc時代は……」と言いたくなってしまうのですが、実際、今のMotoGPマシンは技術的なレベルが極めて高い分、かつての2スト500ccマシンに比べるとライダーの腕でカバーできる領域が減っているのは確かでしょう。
これは、「今のMotoGPライダーの腕が下がっている」ということではありません。まったく逆。超ハイレベルなマシンを、超シビアな指示の通りに乗りこなさなくてはいけないのですから、ライダーのレベルは恐ろしく高くなっている。今のMotoGPライダーのスキルなら、2スト500ccマシンを難なく乗りこなせると思います。
でも、あまりにシビアゆえに、ライダーの凄さが見えにくくなっているんです。そこはちょっと残念に感じますが、エンジニアリングの進歩を止めてはプロトタイプの意味もなくなってしまいますし、バランス取りが難しいところですよね……。
プラン遂行と修正能力が問われる現代のMotoGP
話を戻すと、それだけシビアな今のMotoGPでは、100点を取ることにこだわればこだわるほど、リスクが高まります。それよりも、いかに減点を減らすかを考えるべきなんです。でも一方で、とにかく速く走りたいのがレーシングライダーという人種。つい100点を狙いたくなってしまう。「減点を減らす」という考え方になれる人が少ないからこそ、チャンピオンになれる人がだいたい決まってくるのだと思います。
特にMotoGPは、各国でチャンピオンを取るなどの活躍をし、さらにMoto3やMoto2でもチャンピオンになったような連中が集まっているクラスですからね。ライディングの技術はみんな素晴らしいものを持っているのですから、あとはもう、頭脳戦、精神戦です。
1戦1戦をどう組み立てて、1年のプランを立てられるか。予期せぬトラブルでそのプラン通りに行かなくなった時に、どうやって立て直すか……。今年のマルティンはスポーツ心理学者をのサポートを受け、今まで以上のコンスタントさを手に入れたそうですが、今は本当にそういう戦いなんだと思います。
来季、アプリリアに移籍するマルティンは、今年がチャンピオン獲得のビッグチャンスということが分かっていました。だから去年の二の轍は絶対に踏まないと強い決意を持っていた。だから我慢のレースも耐えることができたんです。
ちなみに「たられば」の極みですが、もしスプリントレースがなく、日曜日の決勝レースだけだったら、バニャイアがチャンピオンを獲得していたことになります。ということはつまり、スプリントレースという名の短時間のレースでさえ、しっかりとシーズンを通した組み立てを考えなくてはならない、ということ。
あのつらい我慢のレースを、年間に40回もこなさなければならないなんて……。つくづく、今の時代に現役でなくてよかった、と思います(笑)。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
『状況によって』と予想はしたが── 前回のコラムで「状況によってはトップ5に入る」と予想していた、小椋藍くん。MotoGP開幕戦・タイGPで、本当にやってくれました! 土曜日のスプリントレースが4位、[…]
伸び伸びとテストできるサテライト、開発が大変なファクトリー 前回は、「自分に合ったマシンを作ってもらえるかどうか」という話からずいぶん脱線してしまいました(笑)。「自分に合ったマシンを作ってもらえるか[…]
1発のタイムは狙っていない、それでもマルクはチャンピオン争いの中心になりそうな気配 今年のMotoGPは、多くの移籍によりライダー/チームのラインナップが大きくシャッフルされており、本当に楽しみです。[…]
チーム・ロバーツの誘いを断った唯一のライダー 年末年始に5泊6日でお邪魔した、アメリカ・アリゾナ州のケニー・ロバーツさんの家。家族ぐるみで仲良くさせてもらっていますが、実は僕、現役時代にケニーさんが監[…]
「おいテツヤ、肉を焼いてるから早く来い!」 年末年始は、家族でケニー・ロバーツさんの家に遊びに行きました。ケニーさんは12月31日が誕生日なので、バースデーパーティーと新年会を兼ねて、仲間たちで集まる[…]
最新の関連記事(モトGP)
開幕戦タイGP、日本メーカーはどうだった? ※本記事はタイGP終了後に執筆されたものです 前回はマルク・マルケスを中心としたドゥカティの話題をお届けしたが、ドゥカティ以外ではホンダが意外とよさそうだっ[…]
バニャイアの武器を早くも体得してしまったマルケス兄 恐るべし、マルク・マルケス……。’25MotoGP開幕戦・タイGPを見て、ワタシは唖然としてしまった。マルケスがここまで圧倒的な余裕を見せつけるとは[…]
『状況によって』と予想はしたが── 前回のコラムで「状況によってはトップ5に入る」と予想していた、小椋藍くん。MotoGP開幕戦・タイGPで、本当にやってくれました! 土曜日のスプリントレースが4位、[…]
Moto3、Moto2に続き、最高峰MotoGPクラスにも 昨晩(日本時間3月6日午後7時過ぎ)、レース関係者ならびにレースファンの間に激震が走った。 現在、ワールドスーパーバイク(WSBK)、ワール[…]
いよいよスズキの大逆襲が始まるかもしれない! スズキを一躍、世界的メーカーに押し上げたカリスマ経営者、鈴木修氏が昨年の12月27日、94歳で死去し騒然となった。そんな年末に、海外二輪メディアのMCNが[…]
人気記事ランキング(全体)
ファーストガンダムのアナザーストーリーをSHOEIプレミアムヘルメットで体感せよ! 『Z-8 機動戦士ガンダム THE ORIGIN』シリーズは、地球連邦軍とジオン軍のモビルスーツを模した全6種が期間[…]
“エフ”の姿で降臨した新世代フラッグシップCB 売れに売れているカワサキ「Z900RS」をホンダが黙って見ている時期はもう終わりだ。 2020年春に発表された「CB-F コンセプト」は、昨年現行ライン[…]
開幕戦タイGP、日本メーカーはどうだった? ※本記事はタイGP終了後に執筆されたものです 前回はマルク・マルケスを中心としたドゥカティの話題をお届けしたが、ドゥカティ以外ではホンダが意外とよさそうだっ[…]
ヘルメット装着式でさまざまなタイプに対応 今回、セールの対象となっているのがバイク用ドライブレコーダー”Driveman DD-1000″。セール期間は3月31日までで、最大6500円OFFとなる。 […]
かつてバイク乗りに親しまれていた「解体屋」文化 ボロボロのバイクが無造作に山に(比喩ではなく本当に山積み)なっていて、客は工具を片手にその山に登って部品を剥ぎ取ってきたり、バラした部品を集めてその場で[…]
最新の投稿記事(全体)
車両メーカーの純正バッテリーとしてもシェアを拡大 リチウムバッテリーは、同程度の容量の鉛バッテリーと比較すると、性能の指標であるCCA(コールドクランキングアンペア)値は2倍程度、寿命は3倍程度と、そ[…]
気にしてる? 結束バンドの切り方 結束バンド、便利ですよね。タイラップ、インシュロック…呼び名はいろいろあって、その人の呼び方で職業がわかっちゃうとかなんとか。某アニメのお陰で「結束バンド」という呼び[…]
扱いやすさ重視のターボエンジン【1982 スズキXN85】 GS650Gをベースにスズキが作り上げたターボ車、XN85。 後に油冷へと発展するオイルクーラーや、ピストンジェットクーリング、フューエルイ[…]
フルモデルチェンジで、乗りやすさ使いやすさともにアップ 2021年モデルが発売されたのは、2021年1月28日のこと。エンジンをはじめ、車体、外観と全面リニューアルし、4世代目に進化。 エンジンは新設[…]
“カスタマイズコンセプト”というわりにはライトカスタムで…… ヤマハは、大阪モーターサイクルショーで「オフロードカスタマイズコンセプト」なる謎のサプライズ展示を敢行。これがさまざまな憶測を呼んでいる。[…]
- 1
- 2