
2025年11月から原付一種の排出ガス規制が強まることを受け、各メーカーが原付を存続させるのか新しい原付を生み出すのか、さらには125ccの出力を制御することによって50cc相当とする新基準原付もあり、二輪メーカーは対応に追われている。その源にはカーボンニュートラル(CN)戦略があるわけだが、スズキはその回答ひとつとして電動モペッドの「e-PO」を開発。プロトタイプではあるがメディア向けの試乗会を開催した。
●文:Nom(埜邑博道) ●写真:長谷川徹 ●外部リンク:スズキ
2025年11月の規制を睨み、2021年頃に開発の話が持ち上がった
ご存知のように、バイクの世界にもカーボンニュートラル(CN)の波は激しく押し寄せていて、国内外の二輪メーカーはその対応に追われているのが現状です。
さらに、日本ではもっとも手軽な交通手段で、免許のハードルも低い50cc原付一種が来年11月からの新排気ガス規制に対応するのが非常に困難ということで、代替モデルとして110~125ccクラスのモデルをベースにして最高出力を4kWに抑えた「新基準原付」(原付免許及び四輪免許で運転可能)が来年4月1日から認可されることで話が進んでいます。
一方、短距離の移動の手段として、電動キックボードのような今までなかった乗り物も現れていて、少々混然とした状態になっています。
そんななか、プロトタイプの試乗会が開催されたスズキ・e-POは、パナソニック製の折り畳みタイプの電動アシスト自転車をベースに「フル電動走行モード」、「アシスト走行モード」、「ペダル走行モード」の3つの走行モードを可能にしたモデルで、道路交通法上では原付一種に相当します。
佇まいは小径ホイールの電動アシスト自転車。しかし、実は原付なのだ。
しかも、内燃機関=エンジンではなくモーターとバッテリーで駆動させているので走行時に排ガスは出ないためCNも実現しています。
実際、2021年頃にこのモデルの開発の話が持ち上がったきっかけは、来年11月から施行される新排ガス規制にどう対応するかということだったそうです。
新排ガス規制に対応した新たな原付をどうすべきか、という議論から生まれたのがe-POだと森下さん。潔い割り切りが、新たな乗り物を作り出した。
アシスタントチーフエンジニアの森下さんによると、エンジンで新排ガス規制に対応するとなると燃焼のさらなる改善や、もっと大型の触媒が必要になるなど、コストがものすごく膨らんでしまい、手軽で便利で低コストが持ち味の乗り物である原付一種が、そういうコンセプトから大きく外れたものになってしまう。単に排ガス規制をクリアするのであれば電動=EVにするという手段もあるけれど、今度はバッテリーが大きく重たくなるし、何よりコストが格段に上がってしまう。
そこで着目したのが電動アシスト自転車。原付の代替モデルとして、ユーザーに納得してもらえるレベルの性能を持たせることが可能だと判断して、開発を進めたのだそうです。
性能の目標は、フル充電状態で航続距離が20㎞。最高速は原付なので30㎞/h。さらなる性能を望むのなら、人間がペダルを漕いで動力をアシストすればいい。これまでの電動アシスト自転車とは真逆の発想と言っていいでしょう。
かつて、最高出力2ps、リヤはリジッドという極限まで装備を簡略化し、ちょっとそこまでというユースに割り切った「Choinori」(チョイノリ)を5万9800円(税抜き)という価格で発売したことがあるスズキならではの発想というか、面目躍如というか……。
では、実際に走らせてみてどうだったか。
詳細は編集部(ヨ)の試乗記を参照していただきたいですが、筆者が乗った感想は従来の原付ほどのパワーや運転感覚はありませんが、確かに電動アシスト自転車以上の動力性能を実現していました(テストコースで記録したフル電動モードでの最高速は39㎞/h)。しかし、ハンドリングや走行安定性はバイクと言うより自転車のもの。したがって、バイク、自転車のどちらカテゴリーにも明確に分類されない「新しい乗り物」という印象を持ちました。
つい習性で、フルスロットルで何キロ出るか試してしまったが、e-POにはそんな走り方は似合わなく、もっと気楽にイージーに走らせるのが正解。
バイク、自転車のどちらにも明確にカテゴライズされず、しかし運転するには免許が必要。道交法も厳格に守らないといけない。最高速は、原付の法定速度の30km/hはクリアできるけれど、フロント:18インチ(ベースモデルより太いタイヤに変更されている)、リヤ:20インチの小径タイヤなりの走行性能。こうやって事実を並べると、e-POのメリットはどこにあるんだ? と思う向きもいらっしゃるでしょう。
しかし、スズキはそんなことは十分分かっていて、このモデルを開発したのです。
バイクに乗ったことがない人がターゲット
ターゲットは、原付に乗った経験のない層(特に若年層)、電動アシスト自転車の利用層でもっと楽に乗れたらいいなと思っている層。逆に、バイクの経験がある層は、特段ターゲットにしているわけではないし、バイクに乗っていた人たちを満足させることができるとも思っていないようなのです。
それよりも、電動アシスト自転車のバッテリーとパワーユニットによる軽量さ、小径ホイールによる取り回しのよさとコンパクトさ、さらには折り畳みも可能。
価格も、21~23万円と現在の原付よりもはるかに安い価格で提供されるのではと編集部では予測しています。
そういうメリットというか、e-POならではの特性によって従来の原付には不可能だったことを可能にしています。
たとえば、最近、都会の集合住宅はバイクの駐車スペースがないところも増えています。しかし、そんな住宅にも自転車置き場はたいていありますから、e-POはそんなバイク禁止の集合住宅でも(おそらく、スペース的には)停めることができるでしょう。あるいは、23㎏という重量ですから、自分の部屋の玄関まで運んで保管することもそう難しいことではありません。
さらに、バイク用駐車場が絶対的に不足している都心部でも、このコンパクトさなら駐車スペースを見つけることも可能でしょう。
また、折り畳んでクルマに積載できるという点も、e-POの使い勝手を広げます。
ガソリンもオイルも漏れないし、軽自動車の荷室にもスッポリ収まるコンパクトさ。レジャーの道具としても十分使える。
たとえば、モーターサイクルショーなどのビッグイベントの際、会場直近の駐車場はすぐに満車になり、一駅、二駅離れた駐車場にクルマを停めて電車などで会場まで行くなんていうことも多々あります。そんなとき、e-POを積載していれば、多少離れている駐車場(その分、空いていて待ち時間などもない)にクルマを停めて、会場までe-POで行くなんていう芸当もできてしまいます。
そして忘れてはいけないのが、e-POはフル電動で走行可能な「原付」だということ。従来の原付ほどの走行性能はありませんが、電動アシスト自転車をはるかに超える性能を持っているので、ある程度の距離を走っても身体への負担は格段に小さくなります。つまり楽チンです。
しかも、現在の大きな課題であるCNもしっかり実現した乗り物であるということは、新しい価値観を提供しているとも言えるのではないでしょうか。
試乗会場に参加していたスズキ二輪の濱本社長は、「いままでにないまったく新しい乗り物ですから、バイクに触れたことのない人たちに知ってもらって、e-POのメリット、魅力を感じて欲しいと思います。ですから、発売されたら東京などの大きな都市で試乗会を積極的に行って、e-POの周知を徹底したいと考えています。そして、販売店の店頭に並べて実際に見て、触ってもらいたいと思っています」と語ってくださいました。
コロナ禍以降、自転車通勤をする若いビジネスマンが増えているが、e-POなら汗だくになって会社に到着、なんてことも防げる。
e-POは一例で、CNという難題をクリアするために、いま各メーカーのエンジニアは日夜、頭を悩ませ、さまざまなアイデアを思い浮かべながらチャレンジしていることと思います。
それは、従来のバイクの枠や価値観を超えた「新しい乗り物」を生み出す大きな力になっていくのではないか。e-POを目の前にしてそんなことを思いました。
また、いま東京などではナンバーも付けず、ヘルメットもかぶらないまま堂々と公道を走る「違法電動モペッド」が見受けられます。安全性ももちろんですが、バイクという乗り物が社会に適正に受け入れられるためにも、法に則った乗り物の存在感が大きくなって欲しいと強く思います。
e-POが正式発表され、それが人々にどのように受け止められるのか。いまからそれが、とても楽しみです。
SUZUKI e-PO[Prototype]
発売時期や価格については未発表。市販することを前提に開発を進めているという。
e-PO(公道走行調査車両) | |
全長×全幅×全高 | 1531×550×990mm |
軸距 | 1144mm |
最低地上高 | 173mm |
シート高 | 780-955mm |
装備重量 | 23kg |
モーター形式 | 直流ブラシレスモーター |
定格出力 | 0.25kW |
変速機方式 | 外装7段シフト |
バッテリー | NKY594B02・リチウムイオンバッテリー(25.2V-16Ah) |
バッテリー質量 | 約2.5kg |
充電器 | スタンド型 交流100V |
充電時間 | 約5.0時間 |
充電器質量 | 約1.0kg |
タイヤサイズ前 | 18-2.125 |
タイヤサイズ後 | 20-2.125 |
ブレーキ前 | ディスクブレーキ(ワイヤー式) |
ブレーキ後 | ローラーブレーキ |
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