
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第121回は、頂点で争うライダーだからこそわかるアコスタの凄みについて。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Aprilia, Michelin, Red Bull,
あのスタイルは好きじゃない、でもあれがマルケスらしさ
引き続き、MotoGP第2戦ポルトガルGPについて。前回は、冷静なはずのフランチェスコ・バニャイアがマルク・マルケスとのバトルでちょっと熱くなった……というところまで書きましたが、「ちょっとバニャイアらしくなかったな」と感じましたね。
レースをご覧になった方はご存じだと思いますが、決勝レース残り3周の5コーナーで、ふたりは5位争いを繰り広げていました。そして5コーナーで、マルケスが先行していたバニャイアのインを差します。マルケスがちょっとはらんだインを、今度はバニャイアが差し返しますが、マルケスも引かず、接触。ふたりとも転倒してしまいました。
いわゆるクロスラインが交錯してしまったわけです。バニャイアはリタイヤでノーポイント、マルケスも16位でノーポイントと、ふたりにとっては大きな代償となったバトルでした。
5位争いの位置でもチャンピオン同士の意地が交錯する。
レーススチュワードの裁定は「両者おとがめなし」。僕もそれには同意で、あれはどっちが悪いとも言えないレースアクシデントの範疇だったと思います。ただ、バニャイアがなぜあそこで意地を張ったのか、ちょっと意外でした。
ドゥカティに慣れつつあるマルケスは、さっそく他車との接触が目立ち始めていました。僕が好きなスタイルではありませんが、常にギリギリを狙うマルケスらしさが戻ってきた、と言えるかもしれません。そしてバニャイアは、マルケスがそういうライダーだということは十分に分かっていたはずです。
ああいうバトルになった時、マルケスがどういう動きをするか、そしてどういう結果になるかも理解していたでしょう。それなのに持ち前の冷静さを失い、意地を張ったように見えたバニャイア。やはりファクトリーライダーとして、サテライトチームのマルケスには負けられない、という思いがあったのかもしれません。
今まではバニャイアがドゥカティ、マルケスがホンダと別メーカーでしたが、今シーズンは両者とも同じドゥカティ。バニャイアにしてみれば、マルケスは自分の存在価値を脅かす相手ということになるでしょう。「早いうちに叩いておこう」と考えても無理はありません。
マックス・ビアッジ、加藤大治郎に対するライバル心の違い
やっぱりそういうライバル意識を持つ相手って、いるんですよね。僕にとっては、前回のコラムにも登場した超一流? 一流? の、マックス・ビアッジがそうでした。
僕は初めて海外グランプリを視察した時、縁石の外側を土埃を上げて走るビアッジを目の当たりにして、「世界にはすげえヤツがいる! こりゃあ全日本で満足してる場合じゃないぞ」と、世界GP行きを本気で考えるようになりました。ビアッジへの憧れがGPライダーの出発点だったようなものです。
年齢的にも、ビアッジの方が1歳若い同世代で、「コイツにだけは絶対負けたくない」という思いを強く持っていました。まあ、僕はクリーンなレースをするタイプだったので、ガチガチにぶつけ合うようなことはありませんでしたが、ビアッジを意識していたことは確かです。
ちょっと話は逸れますが、加藤大治郎くんが出てきた時は、もうライバル心を持つこともありませんでした。僕より6歳の年下の大ちゃんは、’00年に世界GP250ccクラスにデビュー。その年、僕は500ccクラスを走っていましたが、いきなりの速さには驚かされたものです。
翌’01年は、僕が250ccクラスにスイッチし、大ちゃんと直接対決をしたシーズンでした。どうにか食らいついて、何度かはいい勝負ができたとは思いますが、自分としてはほとんど勝負になりませんでした。
2001年GP250、バレンシアGPにて。#74加藤大治郎と#31原田哲也がトップを争い、このとき加藤が勝利。全16戦中の第15戦マレーシアGPで加藤がチャンピオンを決定した。
大ちゃんが鮮やかにチャンピオンを獲得し、僕はランキング2位。16戦中13戦で表彰台に立ったし、3勝を挙げましたが、僕としては完全にボロ負け。「大ちゃんにはもう勝てないな」と、素直に思いました。
そう思ってしまうこと自体、完全に僕のメンタルが折れたということになります。前回のコラムにも書きましたが、大谷翔平選手に言わせれば「そのメンタルをどうにかするのも自分の技術」で、僕にはそれが足りなかったのでしょう。その翌年、’02年を持って僕は引退することになりますが、大ちゃんの存在は大きかったです。
これは一緒に走ったライダーじゃないと分からない感覚かもしれません。ライバル心を持つどころか、「あ、もうダメだ」と思わされるぐらい圧倒的な差を感じるんです。’01年も、リザルト上では大ちゃんがチャンピオン、僕がランキング2位となっていますが、その隔たりは途方もなく大きなものでした。
改めてペドロ・アコスタの化け物ぶりに震撼
……と、大ちゃんを思い出したのは、ポルトガルGPでのペドロ・アコスタの3位表彰台獲得を見たからです。彼は、化け物ですね。カタールGPでもポルトガルGPでも、ストレートエンドの1コーナーなど、ブレーキをかけながらのターンインが抜群にうまい! 普通なら曲がり切れずにコースアウトしてもおかしくないような場面でも、しっかりとマシンを減速させてコーナリングしています。
ポルトガルGPでマルケスを抜いた時などは、完全にフロントが切れ込んでいましたよね。気付いた人なら「転ぶぞ!」とヒヤヒヤするシーンでしたが、アコスタはしっかりとコントロールし、マルケスを押さえ込みました。
僕が思うに、アコスタは前後荷重に関するセンサーとバランス感覚がものすごく優れているのだと思います。ギリギリのブレーキングをしていると、「これ以上ちょっとでもフロントブレーキをかけすぎると、リヤが浮いて減速度が下がってしまう」とか「これ以上フロントブレーキをかけすぎると、フロントが切れ込んで転んでしまう」という場面が出てきます。ちょうどマルケスを抜いた時がそうでしたね。
そういう瞬間に、うまくブレーキ圧をコントロールして、行き過ぎないようにしています。恐らくブレーキをリリースしたりかけ足したり……とものすごく繊細な微調整を行っているのだと思いますが、僕にはちょっと想像がつかない世界です(笑)。
ただ、アコスタのマシンの挙動は極めてスムーズで、あれほどのブレーキングでもフロントフォークが沈むスピードはゆっくりにさえ見えるので、相当に丁寧な操作をしていることは間違いありません。短時間でのハードブレーキングですから、言葉にすれば「ガーンとかける」となりますが、その「ガーン」の中でもめちゃくちゃ丁寧な操作をしている、というイメージですね。
続けざまにフランチェスコ・バニャイアに襲いかかったアコスタは、1回目のアタックはミスしてはらんでしまいます。彼にとってもそれぐらい高度な操作、ということですね。でも2回目にはキッチリとバニャイアをパスしました。マルケスとバニャイアは両者とも偉大なチャンピオン。そのふたりを1レースで抜き去ってしまったのですから、まさに化け物です。
はらんでもタイムロスを最小限にとどめる技術もお見事。
たぶんマルケスとバニャイアは、僕が大ちゃんとの戦いで感じたような「圧倒的な差」を見せつけられたのでないでしょうか。ふたりとも今はまったく認めないと思いますが、一緒のレースを戦う者同士だからこそ分かる差を感じ、メンタル面に少なからず影響があったでしょう。
まだ19歳のアコスタですが、間違いなく近い将来チャンピオンになる器。マルケスもバニャイアも、アコスタに抜かれた時にそのことを痛感したはずです。それにしても、マルケスがデビューした時には「もうこれ以上のライダーは出てこないんじゃないか」と思ったものですが、そのマルケスを超えようという若手が出てくるのが本当にすごい。
レースのレベルが上がって、それが基準になる。そこに追いつこうとして、若者が頑張る。若者には可能性がありますから、頑張っているうちに基準を超えて、新しい基準を創り出していく。そうやって、どんどんレベルアップしていくんですね。世界最高峰のレースはやっぱりすごい、と改めて思いました。
次回は、「世界は本当にすごい。でも、これからの時代、レースって……」という、ちょっと厳しいお話をさせていただこうと思います。
チームにも愛されている様子のアコスタ。近い将来が楽しみ!
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍 モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・[…]
マルケスがファクトリーマシンを手に入れたら…… MotoGP開幕戦・タイGPで優勝したマルク・マルケスは、圧巻の強さでしたね。7周目に、タイヤの内圧が下がりすぎないよう弟のアレックス・マルケスを先に行[…]
『状況によって』と予想はしたが── 前回のコラムで「状況によってはトップ5に入る」と予想していた、小椋藍くん。MotoGP開幕戦・タイGPで、本当にやってくれました! 土曜日のスプリントレースが4位、[…]
伸び伸びとテストできるサテライト、開発が大変なファクトリー 前回は、「自分に合ったマシンを作ってもらえるかどうか」という話からずいぶん脱線してしまいました(笑)。「自分に合ったマシンを作ってもらえるか[…]
最新の関連記事(モトGP)
XSR900GPとの組み合わせでよみがえる”フォーサイト” ベテラン、若手を問わずモリワキのブースで注目したのは、1980年代のモリワキを代表するマフラー、「FORESIGHT(フォーサイト)」の復活[…]
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
マシンの能力を超えた次元で走らせるマルケス、ゆえに…… 第2戦アルゼンチンGPでは、マルク・マルケス(兄)が意外にも全力だった。アレックス・マルケス(弟)が想像以上に速かったからだ。第1戦タイGPは、[…]
なんと“MotoGP全サーキット”を100均ハンガーで再現! 筆者はまったく門外漢なのですが、なんでも鉄道ファンには「乗り鉄」「撮り鉄」「模型鉄」など、趣味や嗜好によって、たくさんの棲み分けがあるんだ[…]
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍 モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・[…]
人気記事ランキング(全体)
従来の理念をさらに深化させた「Emotional Black Solid」 今回注目したのは、新たなステップワゴン スパーダ専用に用意された、これまた新たなアクセサリー群です。その開発コンセプトは、従[…]
ヤマハXJ400:45馬力を快適サスペンションが支える カワサキのFXで火ぶたが切られた400cc4気筒ウォーズに、2番目に参入したのはヤマハだった。 FXに遅れること約1年、1980年6月に発売され[…]
126~250ccスクーターは16歳から取得可能な“AT限定普通二輪免許”で運転できる 250ccクラス(軽二輪)のスクーターを運転できるのは「AT限定普通二輪免許」もしくは「普通二輪免許」以上だ。 […]
最短2日間で修了可能な“AT小型限定普通二輪免許”で運転できる バイクの免許は原付(~50cc)、小型限定普通二輪(~125cc)、普通二輪(~400cc)、大型二輪(排気量無制限)があり、原付を除い[…]
レストア/整備/カスタム/販売など絶版車に関するすべての分野でサービスを提供 古いバイクを海外から輸入して販売する場合、車両によって程度の違いはあれ必ず整備が付随する。 元々のコンディション次第ではレ[…]
最新の投稿記事(全体)
B+COM専用キャリングケースをプレゼント! 株式会社サイン・ハウスは、オートバイ用インカム「B+COM SB6XR/ONE」を全国の2輪用品店で購入された方にかぎり、持ち運びに便利なサイン・ハウスの[…]
なぜ大型シートバッグが必要なのか? バイクには様々な種類のバッグを取り付けることができるが、大型シートバッグには、他のバッグにはない魅力がある。 高い積載能力 大型シートバッグは、その名の通り、非常に[…]
Honda E-Clutchに興味津々 バイク漫画『トップウGP』で知られる漫画家の藤島康介さんは、さまざまなバイクを乗り継いできたライダーです。 スポーツバイクを中心にいろいろなバイクを所有していま[…]
フレーム/スタンドの別体構造と自在キャスター装備で自由に移動できる 向山鉄工のオリジナル製品である「ガレージREVO」は、バイクスタンドに自在キャスターを取り付けることで、スタンドアップしたバイクを前[…]
36年の“時間”を感じる仕上がり カウルが紫外線で退色し、くすんだトーンだが、じつは緑青を用いたペイント。擦れて色が剥げ落ちた箇所も塗装だ。車体右側のエンジンケースカバーやサイドカバー、マフラーには転[…]
- 1
- 2