
スズキのターボコンセプト「リカージョン」と、その進化型として発表されたエンジン「XE7」をご記憶の方は多いだろう。ミドルクラスをターボ過給するというコンセプトには当時、大いにワクワクさせられたが、その後に新たなアナウンスはなく、残念ながらお蔵入りしたものと思われていたが…、意外なカタチで世に出ていたことが明らかになった!!
●文:ヤングマシン編集部(マツ)
市販を目前に消えたスズキのターボコンセプト
2013年の東京モーターショーで発表されたスズキのターボコンセプトモデル「リカージョン」を記憶している人も多いだろう。
斬新なハーフフェアリングの車体に588ccの並列2気筒エンジンを搭載し、インタークーラーとターボを装着。100psを発生しつつも車重は174kgと250cc並みの軽さで、かつ省燃費も追求したという、時代を先取りしまくったとても魅力的な1台だった。
【2013 SUZUKI RECURSION CONCEPT MODEL】ミドルクラスをターボ過給することで、走行能力や燃費など総合的な性能の向上を狙ったスズキのコンセプトモデル。ターボはもちろん、シート下に配されたインタークーラーやOHC2バルブの弁配置などのメカニズムも独特だが、流麗なハーフカウルのスタイリングも話題をさらった。この翌年にはカワサキがニンジャH2/H2Rを発表し、「2輪に過給器ブームが再来か?!」と賑わったのだが…。
そしてスズキは、その2年後の東京モーターショーで再度ターボコンセプトを世に問う。ブースの片隅にポツンと、しかし妙なリアリティを漂わせる「XE7」という2輪用ターボエンジンを単体展示したのだ。
出力や排気量などエンジン詳細は非公開(名前から700〜750ccと考えられるが)だったが、リカージョンからぐっと現実性を増した仕上がりに、「市販間近か!!」とメディアは盛り上がったものの…。このXE7を最後に、スズキミドルターボに関するアナウンスはパタリと途絶えてしまった。
2021年に3代目ハヤブサが登場した際に、ターボエンジンも試作したことがスズキの公式動画で明かされたりはしたものの、リカージョン〜XE7の流れに関わるモデルは、新たな情報がないままに5年以上が経過。普通に考えれば“お蔵入り”だ。
このままスズキのターボは幻と化してしまうのか…。悲嘆に暮れていたヤングマシンの前に、1台のマシンが現れたのは2022年のことだった。
2015年の東京モーターショーに展示されたスズキの2輪用ターボコンセプトエンジン・XE7(撮影:真弓悟史)。当時の開発者インタビューでは「量産性をふまえてリカージョンのエンジンを再構築した」と語られており、DOHC4バルブ化やインタークーラーの配置変更などに加え、ダクト類も何かを逃げている(=搭載されるフレームが決まっていた?)ような、妙に現実感のある形に。排気量や出力など、具体的な数値は未回答だった。
このエンジン、妙にXE7に似てないか?
そのマシンとともに登場した775ccの並列2気筒エンジンは、クランクシャフトの前と真下に90度で配した2軸1次バランサーに「スズキ クロスバランサー」という、戦隊ヒーローの必殺技みたいな名前を付けて登場した。
そう、2022年のGSX-8SとVストローム800DEで登場し、その後は2023年のVストローム800無印、そしてフルカウルスポーツのGSX-8Rと立て続けに搭載された、スズキ久々の新開発エンジンである。
そしてこのエンジンを見た瞬間から、我々はずっとモヤモヤしていたのだ。「コレって、ターボを外したXE7ではないのか?」と…。
スラリと背が高く、しかし前後長はギュッと圧縮されたバランスのいいプロポーション。800ccクラスとしては妙にたくましく、ボリューム感のある腰下やクラッチまわり。細かなパーツの配置やエンジンマウントの位置などなど…。そこかしこに“血統”を感じるのだ。
前置きが異様に長くなってしまったが、GSX-8S/8R系のエンジンは、ヤングマシンが睨んだ通り、やはりXE7をベースに開発されたエンジンということが今回判明した。
基本的なレイアウトはXE7を踏襲しており、最大の特徴となるスズキクロスバランサーも、XE7の時点ですでに採用されていたことが、スズキの開発者から語られたのだ。
写真は2枚とも、左がGSX-8S/8Rで右がXE7。ダウンドラフトだった吸気系こそホリゾンタルに改められているが、とてもよく似ている。
XE7の基本構成が8S/8R系に活かされた!
これは2月29日にスズキが開催したメディア向けの技術説明会で「8S/8RのエンジンはリカージョンやXE7と関係はあるのか?」という筆者の質問に対し、8S/8R系エンジンの設計を担当した八木慎太郎さんが回答してくれたもの。
挙手した質問者に対し開発者が回答する、いわゆる質疑応答の場だったため、メーカーの公式回答として差し支えないだろう。
スズキはGSX-8Sの登場前からXE7をノンターボ化したような特許図版を公開していたため、”XE7と8S系には何らかのつながりはある”と思われていたが、「XE7≒8S/8R説」は晴れてスズキの公認となったわけだ。
ただし、XE7と8S/8R系に共通の部品などはなく、エンジンとしてはまったくの別物。XE7の基本コンセプト、いわゆる骨格や軸配置などを踏襲しつつ、8S/8Rに合わせて各部を作り込んでいった…というのが実際の姿。
なので、“XE7からターボを外して一丁あがり”的なエンジンなどとは間違っても思わないでほしい。排気量も変更されているそうだから、当然ながらボア・ストローク(両方か、あるいはどちらか)も異なる。
排気量の話が出たので、「XE7は何ccだったのか?」と訪ねてみたものの、こちらは教えてもらえなかった。
とはいえ、8S/8R系エンジンの775ccという数値は、「もともと750ccぐらいのエンジンを排気量アップして“800”と呼べるギリギリのラインに持ってきたのでは?」などと、我々に邪推をさせるにふさわしい中途半端さ(笑)に満ちている。
8S/8R系エンジンの解説では、「低速からの太いトルクと立ち上がりを重視し、カテゴリーとしてはストロークを長めに設定」などという話もあり、これは”XE7をストロークアップ方向で排気量アップさせた”という意味だったのかもしれない。
このあたりはXE7の排気量やボアストが公開されないかぎり、鈴菌たちの妄想ネタとして楽しまれていくのだろう。
スズキの屋台骨となるエンジンには、ターボの遺伝子が息づく
少々話は脱線するが、筆者は「最高性能や出力を追求した過去を持つエンジンは、たとえデチューンされても、独特の面白さや味わいを持ち、長く愛されることが多い」という話を某メーカーのエンジニアから聞いたことがある。
技術者が魂を込めて最高性能を追求したその”思い”は、時代を超えて伝わるのだ…と。
それをスズキに当てはめれば、古くは名機の誉れ高き油冷エンジン、現在で言えば2005年型GSX-R1000”K5型”を祖とする、GSX-S1000系の水冷直4が該当するだろうか。
純粋に最高出力を追うことが難しくなった今では、そうしたエンジンを未来に遺すことは難しくなったように思えるが、ターボという過去を持つ8S/8R系の並列2気筒は、やや変化球ながらもその資格を持っているのかもしれない。
ともあれ、リカージョンからXE7へと続いたスズキターボコンセプトの系譜が、じつは途絶えておらず、自然吸気へと姿を変えつつ日の目を見ていた…という事実はなんとも感慨深い。
前出の八木さんは「今後20年かそれ以上にわたって愛される、名機と呼ばれるエンジンへと進化させていく」とも語っており、リカージョン&XE7のターボ遺伝子は、今後のスズキミドルの屋台骨となるエンジンに受け継がれていくことになる。
いや待て。20年、もしくはそれ以上か…。それだけ長く作り続けるのならば、状況次第ではもうワンチャンあってもおかしくないな。
筆者「…で、もう1回ターボが付くのはいつですか?」
スズキ「それはお答えできません(笑)」
説明会で聞いた! GSX-8Rのワンポイント解説
XE7からの変更点でも挙げたホリゾンタル吸気は、燃焼室に流れ込む空気に強い渦を発生させることで、アイドリング〜スロットル微開度の燃焼安定性を向上させる効果を持つ。エアクリーナーボックスはシート下に置かれて、燃料タンクの容量確保(兄弟車のVストローム800では20L!)に貢献しつつ、前後に長い形状として車体のスリム化にも配慮。シートを外せばエアクリーナーにアクセスでき、整備性も良好だ。
GSX-8S/8Rのプラットフォームは、Vストローム800系との共用が前提。ロードスポーツとアドベンチャーを両立させるため、どんなカテゴリーでも美しく見えるプロポーションを、ストリップの状態から徹底追求。アドベンチャー系に必要なロングホイールベースは許容しつつ、上屋をコンパクト化し、踏ん張り感のあるシルエットを実現した。サブフレームやエンジンなどの機能部品も外観要素とし、カバー類を排除して車体のスリム化にも貢献。ケーブル類や配管の美しいレイアウトにも拘っている。
チーフエンジニアの加藤幸生さんは、「街中からロングツーリング、時にはサーキットまで、多様な状況のライディングを高次元で両立させたスポーツバイクの新機軸」と8Rのコンセプトを説明。8Sのパイプからアルミ製セパレートに変更されたハンドルは、8Sより60mm低く、6mm前方とされて、さまざまなシチュエーションに対応可能なライディングポジションを構築。
サスペンションは、前後KYB製の8Sに対し、8Rは前後ショーワ製とし、フロントフォークには低速時のしなやかさと高負荷時の安定感の両立を求めて、大径ピストンのSFF-BPを投入。スプリングのシングルレート化などサスセットも別物で、アンダーブラケットも掴み部を8Sの54→57mmに拡大し、剛性も向上。車体担当の岡村拓哉さんが「100を超すセッティングを試し、軽快でニュートラルなハンドリングを作り込んだ」と自信を覗かせれば、テストライダーの佐藤洋輔さんも「とても自然で乗りやすく、竜洋もかなりのハイペースで走れる。理想に近い1台に仕上がった」と、こちらも自信たっぷり。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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