元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」今回で9回目。MotoGP開幕前に押さえておきたい現代ライダーのテクニックについてお届けしよう。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Michelin, MotoGP, YM Archives
軽くホイールスピンさせたほうがタイヤに優しい……?!
マレーシア・セパンサーキットと、カタール・ロサイルサーキットでMotoGP公式テストが行われ、いよいよ2024シーズンも開幕が近付いてきた。テストについて触れる前に、基礎知識的な話をしたい。それは、「超天才と、それに近付く天才たち」の話だ。グイーンと大回りする話なので、ぜひ着いてきてください。
今のMotoGPは、タイヤを滑らせて走ることが大前提になっている。ちなみに、ここからの「タイヤを滑らせる」は主にリヤタイヤの話であり、ブレーキングから立ち上がりまで、コーナリングのすべてのパートに関わり、テールスライドからホイールスピンまで含んだ話だと思っていただきたい。
ワタシが世界グランプリやMotoGPを戦っていた’90年代~’00年代初頭は、「グリップ、グリップ、グリップ!」。何がなんでもグリップ命であり、グリップさせることこそが正義だった。グリップすればタイムが出ると信じて疑わなかった時代だ。
しかし4ストMotoGPマシン及びその特性に合ったタイヤの開発が進むにつれて、「リヤタイヤはある程度ホイールスピンさせた方がいい」と、常識が覆った。ワタシどもライダーは、「やってみたら速ければ、それでOK」という人種。詳しい理屈はよく分からなかったが(笑)、軽くホイールスピンさせた方がタイムは出るし、決勝のロングランでもタイヤに優しいよね、という事象が明らかだったのだ。
グリップ絶対主義から、「タイヤを滑らせろ。話はそれからだ」に大きくシフトしたのは、’09~’11年あたりのことだ。あの頃、MotoGPマシンは800ccで、マシンの要であるECUが各メーカーごとに自由に開発できた。ライダーとしては、「思い切ってスロットルを開けてリヤタイヤを滑らせる」という壁さえ乗り越えてしまえば、あとはトラクションコントロール任せでよかった。
’16年からECUが共通化され、タイヤはそれまでのブリヂストンからミシュランにスイッチ。リム径は16.5インチから17インチとなった。それらの影響でリヤタイヤはホイールスピンさせやすくなったが、今度はずーっとスピンしっぱなしになりやすくなった。
さて、現状のMotoGPマシンでホイールスピンをコントロールしているものは何か。もちろんトラコンも多少は利いているが、主にはライダーの右手、つまりテクニックである。しかし、コーナリング中から立ち上がりにかけてのホイールスピンをコントロールするのは、至難の業だ。しかもトレーニングが難しい。少なくとも舗装されたサーキットでの練習はリスクが高すぎる。そこで今、もっとも効果的とされているのが、ダートトラックだ。
改めて注目したいダートトラック
年明け早々、VR46のコースでバレンティーノ・ロッシ主催の「La 100km dei Campioni」が行われたのをご存知の方も多いだろう。ロッシを始め、現役MotoGPライダーが多数参加したこのレース、ダートトラックの100kmレースだ。彼らは土の上でさんざんタイヤを滑らせ、その滑り量をコントロールするかを徹底的に体に覚え込ませている。
ダートトラックと言えば、かつて世界グランプリを席巻したアメリカンライダーたちが思い出される。ケニー・ロバーツ、フレディ・スペンサー、ウェイン・レイニー、そしてエディ・ローソン……。みんな「ダートトラック上がり」で、卓越したスライドコントロール技術の持ち主だった。
だが、2スト時代のスライドコントロールは、割と瞬間芸だった。2ストエンジンのピーキーな特性上、リヤを滑らせるためには恐ろしく高い集中力と精細な操作が求められた。一方、今のMotoGPでは、もはや進入から立ち上がりまで、そしてレーススタートからフィニッシュまで滑らせるのが当たり前だ。2スト時代ほどの極度の集中力は必要ないが、レースラップをほぼフルにスライドコントロールさせて走り続けるのは、精神的にも体力的にも並大抵のことじゃない。
よくファンの皆さんの間では「昔のライダーの方がスゴかった」「いや今の方がスゴい」という議論になるが、「昔もすごけりゃ今もスゴい」というのがワタシの見解である。世界一のマシンを与えられ、それを世界一の速さで走らせるのだから、時代に関係なくGPライダーはスゴい。
しかし、今の方がより高度で幅広いスライドコントロール技術が求められているのは確か。滑らせることは(MotoGPライダーなら)誰でも当たり前となった今、そこで差を付けなければならないのだから、より大変になっていることは間違いない。
そして、ロッシのライディングアカデミー、VR46がトレーニングに採り入れているダートトラックである。本場のダートトラックマシンはフロントブレーキが取り外されているのが普通だが、VR46での使用マシンはフロントブレーキを装備。コースも本場のように左回りのオーバルではなく、右コーナーもあればアップダウンもある。よりロードレースに近い操縦感覚でタイヤスライドを鬼のように経験しているのだ。
これは非常に強い。VR46出身のライダーが軒並み活躍しているのは、ダートトラックトレーニングの影響がかなり強いとワタシは見ている。そしてここのあたりからようやく本題に入っていくわけだが(笑)、ダートトラックトレーニングを重ねることで、「天才でも超天才に勝てるようになる」のだ。
ハッキリ言って、MotoGPライダーは全員が天才級だ。各国の国内選手権を勝ち上がり、さらにMoto3、Moto2でもチャンピオンを獲るような連中がゴロゴロしている。つまりMotoGPでチャンピオンになるには、選りすぐりの天才ライダーたちの中で勝つ、「超天才」である必要がある。
しかし近年のMotoGPは、誰が勝ってもおかしくない。もちろんマシンパフォーマンスの均衡化も大きな要因だが、もうひとつ、ダートトラックを始めとしてトレーニングの質が上がったことで、天才でも超天才に勝てるようになったことも無視できない。
言い方はアレだが、マルコ・ベゼッキがMotoGPで3勝もするなんて、誰が想像しただろう。いや、もちろんベゼッキもいい選手だし、MotoGPライダーになれた時点で天才的と言える。だがMoto3で3勝、Moto2でも3勝だけで、チャンピオンを獲っていない彼が、最高峰のMotoGPで’23年は3勝を挙げ、ランキングも3位になったのだ。
いくらドゥカティに乗っているとは言え、である。ワタシは、彼がVR46の卒業生であり、今もなおダートトラックトレーニングを重ねていることが大きく影響していると思う。〈後編に続く〉
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