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1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第112回は、日本GPの話題の後半です。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Michelin, Toshihiro SATO
レースウィークはミシュランタイヤや日本テレビのトークショーに
(Vol.111の話題の続きです)
モビリティリゾートもてぎでの日本GPは、僕にとって仕事の一環ですが、いちレースファンとしても日本で行われる世界最高峰のバイクレースを思いっ切り満喫してきました。
サーキット入りしたのは9月29日、金曜日の夕方です。今回はミシュランタイヤ主催のトークショーに参加するので、スタッフの皆さんと打ち合わせをしたり、チームに声をかけて情報収集したり……。
夜には、車中泊エリアであるN5駐車場のオーバーナイトスクエアで日本テレビのトークショー。夜9時ぐらいまでお客さんと盛り上がり、ホテルに戻ったのは10時半過ぎでした(笑)。
岡田忠之さんとミシュランマン(正式にはビバンダム)を挟んで。
30日(土)は朝からサーキットへ出向き、ミシュランのトークショーです。岡田忠之さんや多聞恵美さんと楽しい時間を過ごしました。観客の皆さんにも楽しんでいただけたのではないかと……。その後、いくつかのチームを回ってスタッフやライダーたちとコミュニケーションを取りました。
アプリリアでは、お互いにほぼ初対面のアレイシ・エスパルガロと挨拶。意外にも彼の方が先に僕に気付き、「ハラダサン!」と声をかけてくれました。走行直後だったのに、いいヤツです(笑)。「元気?」「調子はどう?」ぐらいの簡単な会話でしたが、明るい人柄が伝わってきました。
ドゥカティではゼネラルマネージャーのジジ・ダッリーリャに「おおテツヤ、来てたのか! マシンを見て行ってくれよ」とファクトリーチームのピットに案内されました。ジジは、僕がアプリリアで戦っていた当時のチーフエンジニア。今でも仲がいいんです。
ドカのピットにはちょうどフランチェスコ・バニャイアがいて、「Piacere!(ピアチェーレ。イタリア語で「初めまして」)」とご挨拶。彼も走行直後でしたが、ニコニコしていてナイスガイでしたよ(笑)。
チャンピオンを獲るのはファクトリーのバニャイアか、プラマックのマルティンか
……皆さん、もしかしたら「せっかくMotoGPライダーや関係者たちと触れ合ってるのに、もっと突っ込んだ話はしないのか!?」とお思いかもしれません。でも、そんなものなんですよ(笑)。
お互いにレースが当たり前の環境に生きているので、いざ会うと逆にレース以外の話ばかりだったりするんです。この後もいろんな人が登場しますが、「え〜っ、もっといろんな話を聞かせてよ〜」と、肩透かしを食らうかもしれません。あしからずご了承を(笑)。
ドゥカティのサテライトチーム、プラマックでは、チームマネージャーのジーノ・ボルゾイに会いました。「調子いいじゃない!」と言うと、「いやぁ、ウチはライダーがいいからね」とホルヘ・マルティンのことを持ち上げてました。
ドゥカティをトップマシンに押し上げたジジ・ダッリーニャさん。
ドゥカティのファクトリーチームとプラマックの間には、Moto2・イタルトランスのピットがありました。イタルトランスでテクニカルディレクターのジョバンニ・サンディさんと話していたら、ちょうどジジが通りかかったんです。ジョバンニが、「チャンピオンを獲るのはファクトリーのバニャイアか、プラマックのマルティンか」という意味で「どっちかな〜?」と茶化すと、ジジは「両方ともドゥカティだから、どっちが勝ってもいいの!」と笑ってました。
イタルトランスで見かけたのは井手翔太くん。彼は去年、僕が監督の鈴鹿8耐チーム・NXCC RACING with RIDERS CLUBのライダーを務めてくれた若手です。「ドゥカティのピット、見てみたい?」と言うと「見たいッス!」とテンションアップしていたので、ドカのスタッフにお願いしてピットに入れてもらいました。
「スゴイ、スゴイ!」と感動している翔太くん。全日本ST600クラス参戦中の彼は、Moto2ライダーの走りを目の当たりにして、やっぱり「スゴイ!」と繰り返してました。そういえば、やはり去年僕の鈴鹿8耐チームで走った南本宗一郎くんにも会いました。彼は今年、Moto2にスポット参戦しましたが、改めて今回も「ヤツらの走りはスゴイ!」と(笑)。翔太くんと宗一郎くんには「スゴイスゴイと感動してるばかりじゃダメだよ。『ココに来て勝つ!』ってぐらいの気持ちでいなくちゃ」と言いながら、みんなで大笑いです。
こんな風に、日本GPには若手ライダーたちがたくさん足を運び、刺激を受けていました。みんな普段からそれぞれに自分のレースを頑張ってはいるんですが、やはり高いレベルの走りを目にするほど、モチベーションが高まります。日本のモータースポーツファンの皆さんにとってはもちろん、若手ライダーたちにとっても非常に大きな意味を持つ日本GPなんです。
ヤマハのピットでは吉川和多留くんや中須賀克行くんに会い、コースサイドでは一緒に走りも視察しました。でも、話した内容はあまりにもオフレコすぎて、申し訳ありませんがとうてい書けません……。
ヤマハと言えば、Moto3で活躍している佐々木歩夢くんが、来季はヤマハ契約でMoto2にステップアップすることが決まりましたね。今回のもてぎでは歩夢くんと直接話すことはできませんでしたが、Moto3でもチャンピオン争いを繰り広げている実力の持ち主ですから、期待しています。
ヤマハ契約とはいえ、いわゆるファクトリーチームではないので難しいこともあるでしょう。昔と違ってテスト時間も限られているので、Moto2マシンへの適応にも苦労するかもしれません。でも、来季のMoto2はワンメイクタイヤがダンロップからピレリに替わります。みんな改めて同じスタートラインに着くことになる。歩夢くんにとってはチャンスになるかもしれません。
スタート直後の1コーナーでのクラッシュが多いのは……
土曜の夜はミシュランの皆さんと食事をしました。二輪部門のマネージャーであるピエロ・タラマッソさんが来てくれていろんな会話をしましたが、やはり書けないことばかり……(笑)。書けることとしては、「来年の夏は一緒に海に遊びに行くか!」みたいな与太話ばかりで……。
さすがに申し訳ないので、ドカのジジから聞いた空力の話など。このコラムでも以前指摘しましたが、最近のMotoGPはスタート直後の1コーナーでのクラッシュが多いですよね。僕は「空力パーツによる強力なダウンフォースで、操作が重くなったからではないか」と推測しましたが、それは実際に事実のようです。
でも、それだけではありませんでした。ジジによると、空力を重視している最近のMotoGPマシンは、レース中のパッシングが非常に難しくなっているそう。前走車に接近するとタービュランス(乱気流)が発生して、不安定になるんだとか。だからスタート直後の1コーナーでのポジション取りが今まで以上に熾烈になってるんですね。空力がかなり支配的だということがよく分かりましたが、くれぐれも大きな事故が起きないことを祈るばかりです。
そしていよいよ10月1日(日)の決勝ですが……、残念ながら雨。そして雨でもマルティンが速かったですね! 前回のコラムにも書きましたが、マルティンは雨でもマシンを加速させるのがうまい。コースアウトしてからのリカバリーでも、加速力を生かしていました。
また、雨は途中で止む可能性もあり、状況の先読みが難しい。今回は、スリックタイヤでのオープニングラップはもちろん、レインタイヤ装着マシンに乗り換えてからもハイペースで走り、先手を打ったマルティンの勝ち。早めに前に出ておくのは大事ではありますが、当然リスクも高まります。守るものがないマルティンには有利だったかもしれません。
日本メーカーの復調にはもう少し時間が必要?
’95年、雨の鈴鹿で行われた日本GPを思い出します。雨量が少なかった決勝レース序盤はフィーリングがもうひとつで、思い切った走りができませんでした。そして徐々に雨量が増えるとフィーリングがよくなり、ポジションを上げていったんです。ひどい土砂降りの中、前走していた匹田禎智さんが転んで3位になりましたが、その直後にマックス・ビアッジが転倒して赤旗……。そこでレースは終了し、匹田さんを抜く前の周の順位、4位となってしまいました。
そりゃあ、「もう少し早くペースを上げておけば表彰台だったのに……」と後悔しました。でも、無理にペースを上げていたら転倒リタイヤしていたかもしれない。雨のレースの判断は、本当に難しいんです。
マルケスはもともと雨で速いライダーですが、早々にピットインしてレインタイヤ装着マシンに乗り換えたのが功を奏し、3位となりました。一方、1周待ったファビオ・クアルタラロ(ヤマハ)は10位。でも、今回はたまたまそういう展開になっただけ。何がどう明暗を分けるか分からないのが雨のレースだけに、マルティンの勢いが強みになりました。
Moto3では歩夢くんが、Moto2では小椋藍くんが2位につけ、もてぎを日の丸で飾ってくれました。ふたりとも本当に素晴らしい! 藍くんは体調不良だったにも関わらず表彰台に立ち、チームアジアは優勝したソムキャット・チャントラとともに1-2フィニッシュを見せてくれました。
改めて自分の目で見た日本GPを振り返ると、やはり日本メーカーと欧州メーカーの差は広がっていることを痛感しました。日本メーカーはまだいろいろな問題を解決している途中で、復調にはもう少し時間がかかりそうです
また、海外、特にアジア圏からのお客さんが多かったことにも気付きました。円安が大きく影響しているのかもしれませんが、日本GPの今後を見据えるという意味では、海外からのお客さんへの対応も重要になりそうです。
日本には、4大バイクメーカーがあります。立派なサーキットもあるし、やる気も実力も十分な日本人ライダーもいる。どんな形であれ、日本GPはもっと盛り上がってもいいんじゃないか──。そう思った3日間でした。
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