1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第111回は、インドGPと日本GPの2連戦について。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Michelin, Toshihiro SATO
スポーツ庁長官の室伏広治さんが日本GPに
今回はMotoGP第13戦インドGPと、モビリティリゾートもてぎに僕も足を運んだ第14戦日本GPの前編をお届けします。まずは初開催となったインドGPから。
舞台となったブッダインターナショナルサーキットは、たくさんのお客さんが入ってましたね! 9月22〜24日の3日間で11万1000人以上とのこと。直接比較するものではありませんが、今年は鈴鹿8耐が3日間で4万2000人でしたから、うらやましい限りです。
さすが、人口世界一の国ですよね。バイクユーザーが多く、インドメーカーもたくさんあり、各国のメーカーが生産拠点を置いていて、バイク生産台数は世界一。バイクレースの世界最高峰であるMotoGPが盛り上がる要素が山盛りです(笑)。
でもMotoGP・日本GPは3日間で7万6000人となかなか健闘しましたし、四輪ですがF1日本GPに至っては22万2000人。日本のモータースポーツ、まだまだ可能性があるのではないかと期待したくなります。
少し話は逸れますが、日本GPでは元F1ドライバーで今は自民党・モータースポーツ振興議員連盟事務局長を務めている山本左近くんと会えましたし、スポーツ庁長官の室伏広治さんがチェッカーフラッグを振る予定でした。
残念ながら赤旗でレースが終了してしまい、室伏さんのチェッカーフラッグは見られませんでしたが、僕らの側からすると、スポーツ庁長官がMotoGPの現場に足を運んでくれただけでも、大きな意味があると思います。
室伏さんは、モータースポーツにもかなり理解を示してくださっている様子。そういう方が要職に就いていることを、モータースポーツ業界全体として追い風にしたいものです。日本でモータースポーツを文化として根付かせるためには、こういった政治活動も重要になるはずです。
ライダーの地力が出る初開催サーキット
さて、話をグイッとインドGPに戻しますが、ライダー仲間たちの間では「ブッダインターナショナルサーキット、面白そうだから走ってみたいよね!」と話題になってました。
最近多いストップ&ゴースタイルではなく、ちょっと昔っぽいレイアウト。10〜12コーナーにかけてはすり鉢状のロングコーナーになっているなど、チャレンジングな箇所もあって、ライダー心がくすぐられます。
そしてインドGPで目立ったのは、ファビオ・クアルタラロ(ヤマハ)、ジョアン・ミル(ホンダ)、そしてマルク・マルケス(ホンダ)というチャンピオン経験者の3人でした。日本メーカーの不振により苦戦が続いている3人ですが、初開催のコースではいきなり躍進し、さすがの実力を見せつけました。
初めてレースが行われるサーキットでは、どのチームも満足なデータを持っていません。だからライダーの力量が結果に大きく影響します。みんなが走り慣れてくるとマシンの差が出てきますが、それまではライダーの腕の差が分かりやすく出るものです。
初めてのサーキットの攻略に苦労した記憶はない
ありがたいことに、「世界GP参戦初年度にいきなりチャンピオンを獲った原田哲也は、やっぱりすごい」なんて言っていただけます。確かに’93年は初めて走るサーキットばかりだったので、自分でも「よくやったなぁ」と思いますね(笑)。
でも実際のところは、攻略に手こずったコースはなかったんですよね。これにはふたつの要因があったと思います。ひとつは、自分で作ったマシンで戦い、僕の走りを理解してくれていたエンジニアの鈴木健さんが帯同していたことです。
100%理解できているマシンなので、何かが起きても、すぐに対処できます。例えば後輪にチャター(微振動)が出ても何が原因かがすぐに特定できるし、ケンさんが僕の走りに合った解決法を見つけてくれます。マシン面で困ることがほとんどなかったので、コース攻略に集中できました。
「攻略」とは言うものの、本当に苦労した記憶がないんですよね……。新しいコースでも、どう走ったらいいかがすぐに“見えてしまう”んです。これはたぶん、幼少の頃からポケバイやミニバイクでいろんなレイアウトのコースを走りまくったからこそ身に付いたのではないかと思います。
「いやいや、ポケバイやミニバイクコースだって数に限りがあるじゃないか」と思いますよね。今はどうか分かりませんが、当時はコースを逆回りしたり、パイロンを使ってレイアウトを変えたり、とにかくいろんなシチュエーションで走っていたんです。しかも練習なしでいきなりレース、なんてこともザラ(笑)。否応なしに短時間でコース攻略するしかないわけです。
だから僕に限らず、当時のポケバイやミニバイクのライダーはみんなコースの適応能力は高かったと思います。条件さえ揃えば、世界でも通用するライダーがゴロゴロしていました。実際、同世代のGPライダーが何人かいますしね。
その中でも、僕が参戦初年度でチャンピオンを獲れたのは、自分のスタイルを曲げなかったからかもしれません。これがもうひとつの大きな要因かな、と。全日本ではだいぶ苦労して、いろんな人からいろんなアドバイスをもらいました。人とは極端に違うセッティングにするものだから、「それじゃうまく行かないよ」と言われることもあった。
でも僕は、自分を貫きました。その方が速く走れるのが分かっていたからです。セッティングやライン取りがいくら人と違っても、何とも思いませんでした。「人は人、オレはオレ」。世界GPに行ってもそのスタンスはまったく変わらず、他のライダーのことはまったく気にしませんでした。
コースサイドで他のクラスのライダーの走りを見ることはありましたが、せいぜい「うわー、レイニーさんだ! すげ〜」と思うぐらい(笑)。レイニーさんの走りを鵜呑みにするのではなく、「自分だったらこうやって走るかな」なんて考えてました。
だって、クラスが違えばマシンも違うし、体格もライディングスタイルも違う。そのままマネすることなんか絶対にできません。「人は人、オレはオレ」は、舞台が日本だろうが世界だろうが変わりようがないんです。
いつもそういう取り組み方だったので、よく「原田はワガママだ」と言われました。でも、僕からすればこれはワガママじゃなくて“自己中”(笑)。似ているようですが、だいぶ違います。自分のことは自分が1番分かっている。だから自分を押し通す。その代わり、絶対に結果を出す。その責任感は誰よりも強かったと思います。
まただいぶ話が逸れましたが(笑)、インドGPで優勝したのはマルコ・ベゼッキ(ドゥカティ)。2位には最近好調のホルヘ・マルティン(ドゥカティ)がつけました。彼は雨の日本GPで優勝し、今季3勝目。ドゥカティ・ファクトリーチームで2年連続チャンピオンを狙うフランチェスコ・バニャイアよりも明らかに勢いがありますね!
日本GP終了時点で、首位バニャイアと2番手マルティンのポイント差はわずか3点。バニャイアがシーズン中盤に築いたアドバンテージを、マルティンが突き崩しています。
マルティンの走りはもてぎでも生チェックしましたが、彼はマシンを加速させるのが非常にうまいですね。最近はどのライダーもトラクションコントロールをほとんど利かせていないと言われているので、スロットルワークやマシンの起こし方がうまくハマッているのだと思います。
じゃあこのままの勢いで、今シーズンはマルティンがチャンピオンになる……かと言えば、そんなに話は簡単ではありません。「流れ」という、自分ではどうにもならないものがあるんです。
いい流れと悪い流れ、コントロールできるものなら……
今は確かにマルティンがいい流れに乗っています。逆にバニャイアは悪い流れの中にあるようです。でも、ここまでの14戦を振り返るだけでも、バニャイアにはいい時と悪い時があり、逆にマルティンにもいい時と悪い時がありました。
「流れ」は自分ではどうすることもできません。悪い流れの時は、良かれと思ってやったことがことごとく失敗に終わるし、逆にいい流れの時は、何だかよく分からないうちに勝ててしまったりします。いい流れ、悪い流れの差がなぜ生じるのかは、僕には分かりません。それが分かっていれば、何度も世界チャンピオンを獲っていたと思います(笑)。
ただ、残りはまだ6戦もありますからね……。もてぎではドゥカティのスタッフとも会話しましたが、バニャイアは今うまく行っていない理由をしっかりと把握しているようですから、これから再びいい流れをたぐり寄せるかもしれないし、たぐり寄せられないかもしれない(笑)。本当にレースは分からない。だから毎戦、目が離せないんですけどね……。
次回は、もてぎでの交遊録を中心に、日本GPについてもう少し詳しくお話します。それでは!
……なんて言っていたら、「マルク・マルケスが2023年をもってホンダとの契約を終了」というニュースが飛び込んできました。これについての僕の感想は……、いいんじゃないですか?(笑)
MotoGPで求められるのは、ライダーもメーカーも結果です。思うような結果が出せない時には、思い切った環境の変化を求めるもの。だから、マルケスとホンダの離別にあまり驚きはありません。
はっきり言ってマルケスとホンダが今のままの状態でいても、いいことはありません。お互いに煮詰まってしまっていますからね。ここで関係を見直し、お互いに新たな道を歩むことは、双方にとってプラスになるのではないでしょうか。
マルケスは、ドゥカティのサテライトチームであるグレシーニ入りが濃厚と言われています。グレシーニは現在、型落ちのマシンで戦っていますが、マルケスは当然ファクトリーマシンを要求するでしょう。そうなればすぐにチャンピオン争いをしてもおかしくありません。
ホンダはマルケスの穴を誰が埋め、誰をエースに据えるのか分かりませんが、いずれにしてもマルケス以外の誰かを中心にしてゼロから開発することになります。マルケスがいた11年間とは違うアプローチが求められるはずなので、ホンダにとってもポジティブなチャレンジになるはずです。
ということで、次回の日本GP・後編もお楽しみに。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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