ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、その当時を振り返ります。今回、冒頭の話題は「レーシングタイヤの“皮むき”は必要か、否か」について。山田さんは「気持ちの問題も大きい」と語ります。そしてなぜか最後は、ゴルフの話題に……。
TEXT: Toru TAMIYA PHOTO: DUCATI, HONDA, YAMAHA
タイヤの皮むきは気持ちの問題!?
「ライダーのために、より安心安全に」と毎戦のようにアロケーションなどを見直しているうちに、年間で生産するタイヤのスペック数も1レースに用意するタイヤ数も増えていた2012年。これは、我々ブリヂストンの準備が大変になったことを意味しますが、同時にライダーやチームも、タイヤの使用計画や決勝に向けての準備に気を遣うようになったということでもあります。
例えばタイヤに関する準備として個性が表れるのは、「皮むき」をするかしないか。皮むきとは、新品タイヤを1~2周走らせてトレッドの表面ゴムを馴染ませていくことを指しますが、実際のところタイヤに皮があるわけではありません。パターン付きタイヤの場合、昔は製造過程で熱を加える加硫後に型から外れやすくするためにシリコンをタイヤ表面に噴霧していたので、その時代は表面のシリコンを除去する効果があったのですが、現在はその必要はありません。
レースの世界では、「輸送途中についたホコリや汚れを、走行することで事前に落としておくと、スタート直後の1コーナーで滑りづらい」とライダーたちは言うのですが、ロードレースの場合はスタート前にサイティングラップとウォームラップラップがありますし、MotoGPに限らずレーシングサービスが供給するタイヤはホコリまみれとか古いなんてことはないので、皮むきは気持ちの問題が大きいのではないか……というのが、私の個人的な見解です。実際には、トレッドゴム表面の状態より、トレッドゴムが適正な作動温度になることのほうが重要です。
当時のライダーだと、ケーシー・ストーナー選手は気にしないタイプでしたが、バレンティーノ・ロッシ選手やアンドレア・ドヴィツィオーゾ選手などはていねいに皮むきするタイプでした。しっかりやるライダーの場合でも、新品タイヤを履いてコースインして、1周走ってホームストレートを走らずコースイン……というパターンが一般的。もちろん、この行為がまったく意味がないということではなく、予選や決勝で使うタイヤに、振動などの不具合がないか確認しておくという意味はあるでしょう。また別の意味として、一度タイヤに熱を入れて冷やすと、トレッドゴムが若干硬化して耐久性が良くなることもあるので、耐久性の厳しいレースの場合にプラスとなる場合もあります。また、事前に皮むきしないライダーは、サイティングラップやウォームアップラップで、より最初から作動しやすいようタイヤに荷重をかけているのかもしれません。
ちなみに2013年からは、現在のようなQ1、Q2という予選方式が導入され、いずれも予選時間は15分に。そうなると、コースインした2~3周目にいきなりベストタイムを狙わなければならなくなり、プラクティスの段階でタイヤの皮むきをしておくライダーは増えたように記憶しています。「気持ちの問題」と言いながらも、このような状況だと、皮むきは実際のタイヤ性能あるいはラップタイムに影響を与えるような気もしてきますね。いずれにしても、データとして有用性を検証したわけではないですし、はっきり言ってデータ化できるような事象でもないのですが……。
最終戦のサプライズは、中須賀克行選手の2位
さて、2012年シーズンの話題に戻りましょう。この年は、ヤマハワークスチームのホルヘ・ロレンソ選手とホンダワークスチームのダニ・ペドロサ選手のチャンピオン争いとなり、ラスト2戦となった第17戦オーストラリアGPでペドロサ選手が転倒リタイヤに終わったことから、このレースで2位となったロレンソ選手のシリーズタイトル獲得が決定。ロレンソ選手にとっては、2010年以来となる自身2度目のMotoGPクラスチャンピオンでした。
そして迎えた最終戦の第18戦バレンシアGPで、驚きのレースが待っていました。ウェットレースが宣言された決勝は、雨は止んだもののハーフウェット状態で、ラインが少しずつ乾きはじめたころにレースがスタート。ウォームアップラップ後にピットインしてスリックタイヤを装着したマシンに乗り替えてピットスタートするライダーが複数いるなど、かなり混乱のレースでしたが、ここで中須賀克行選手がなんと2位に入賞したのです。中須賀選手はヤマハワークスマシンYZR-M1の開発ライダーで、このときはベン・スピーズ選手の代役としてスポット参戦。天気と状況が味方してくれた結果とはいえ、条件はみんな同じですし、日本人選手の表彰台登壇は久々でしたから、本当にうれしい気持ちでいっぱいになり、レース後すぐにパークフェルメへ行き祝福しました。
それからこの年は、ストーナー選手の引退も大きな話題のひとつ。これは第4戦フランスGPの木曜日に実施された記者会見で早々と発表されたのですが、本当に衝撃的でした。この会見には他に、ロッシ選手やロレンソ選手、カル・クラッチロー選手も同席していたのですが、彼らもまったく知らされていなかったのか、驚きの表情を見せていました。前年に2度目のMotoGPクラスシリーズタイトルを獲得し、このときまだ26歳という若さ。会場の記者たちも騒然とし、途中で何人も席を立っていたので、どうやら速報を流しに行っているようでした。
ストーナー選手は、ブリヂストンに最初のチャンピオンをもたらしてくれたライダーですから、私にも特別な想いがあります。もちろんこのときには、彼が近年になって公表した病気のことは知りませんでしたが、彼の性格からしてレーサーを長くは続けないだろうとは思っていたのですが、まさかこの年で……と私もかなり驚かされました。
誰かに聞かれたら「長いタイヤレバーです」と……
その他に2012年の話題としては、レースやタイヤとは直接関係ないのですが、第11戦インディアナポリスGPが開催されたレースウィークの木曜日に、ブリヂストン主催でゴルフイベントを実施しました。ブリヂストン・アメリカはPGAゴルフツアーのオフィシャルスポンサーになっていて、世界ゴルフ選手権シリーズではブリヂストン・インビテーション(招待選手権)という大会をアメリカのオハイオ州で開催。ブリヂストンのゴルフボールはアメリカでのシェア2位に浮上するなど、ゴルフ界での知名度が上がってきているところでした。
そのような背景もあり、MotoGPとゴルフでコラボレーション企画をしようという話が以前からあり、それがこの年に実現。本来はライダーだけでなくプロゴルファーやインディのドライバーも呼んで大きなイベントにしたいというアイディアだったのですが、スケジュール調整が大変なので、この年はまずやれる範囲で……ということになりました。結局、MotoGPライダーたちも木曜日から他のイベントなどがあり時間が取れないことが多かったのですが、それでもドヴィチオーゾ選手やコーリン・エドワーズ選手、ジェームス・エリッソン選手、ダニロ・ペトルッチ選手が参加してくれました。さらに、MotoGPを運営するドルナスポーツのカルメロ・エスペレータ会長、ブリヂストン・アメリカや関連会社のスタッフ、地元メディアなどが集結。ドヴィツィオーゾ選手とペトルッチ選手はゴルフ初心者だったこともあり、ライダーをリーダーとした4チーム対抗戦を実施し、優勝チームのリーダーを務めたエドワーズ選手にはゴルフクラブのフルセットをプレゼントしました。
ちなみにエドワーズはかなり上手で、ドヴィツィオーゾ選手はほとんど経験がないながらも上手にボールを捉えていました。ゴルフは集中力が大切なスポーツですが、やはりMotoGPライダーの集中力は並大抵のものではないのだと思います。この年に引退したストーナー選手もゴルフは上手で、彼の現役時代にも水曜日や木曜日あたりに時間があるとよく一緒にラウンドしていたことは、このコラムの第52回で紹介したとおり。あ、もちろん私もインディアナポリスのイベントでは一緒にプレーしましたよ。嫌いじゃないもんで!
エスペレータ会長とは、向こうにいるときにしょっちゅう一緒にラウンドしていました。水曜日か木曜日に電話がかかってきて、「おい、いまから行くぞ!」と。ハナからそのつもりなので、日本から海外に向かうときは、フルセットではなくハーフくらいにクラブを厳選して、練習用バッグに入れて持って行っていました。水曜日だとサーキットに行く前だし、月曜日だとラウンド後にはサーキットの荷物は撤収されているので、あまり現地にクラブを預けておくことはできませんでした。
ゴルフクラブを、空港でMotoGP関係者が多数いるときにターンテーブルで受け取るのが、ちょっと恥ずかしいんですよねえ……。そこでいつの頃からか、保護をかねて真っ黒なケースを製作して、その中にバッグとクラブを入れて預け荷物にしていました。誰かに「何ですか、これ?」と聞かれたら、「うちのタイヤは固いから、長いタイヤレバーじゃないとダメなんだよねえ」なんて冗談を言って。まあ、エスペレータ会長とのゴルフも、コミュニケーションを取るための大事な仕事だった……ということにしておいてください!
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