1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第36回は、半年ぶりの日本で遭遇した出来事と、今年のモトGPについて。
油断できない新型コロナウイルスですが、MotoGPはいよいよ開幕へと動きが!
どうしても外せない仕事をこなすために、モナコから日本にやってきました。この時期、ヨーロッパから日本にやってくることにはリスクがありますので、最大限の注意を払いながらの移動となりました。
モナコを出発したのは6月27日。まずはフランス・ニースからドイツ・フランクフルトへのフライトです。意外にもヨーロッパの国内線は満席で、みんなマスク着用! 当たり前ですよね。ただ、列に並ぶ時に僕はソーシャルディスタンシングを意識して間を空けるのですが、そこにガンガン割り込まれるのには閉口しました。さすが、割り込み文化……(笑)。
フランクフルト到着が50分遅れ、羽田へのフライトに間に合わないかと焦りましたが、きれいなお姉さんが迎えに来てくれたし、手荷物検査もなく、比較的あっさりと日本への便に乗り継ぐことができました。国際線とは思えないほど機内はガラガラで、快適でしたよ。
大変だったのは、羽田に到着してからです。PCR検査が痛い……! 10〜15cmほどもある長い綿棒を鼻の穴から突っ込まれ、5回もグリグリされるんです。あまりに痛くて涙は出るわ、くしゃみをガマンしなくちゃならないわ……。その他なんだかんだで、パスポートコントロールを通過できたのは羽田に到着してから2時間ほど経ってからと、なかなかの経験でした。
今年1月以来の日本で、こんなに離れていたのも最近では珍しく、10年ぶりぐらいかな。ようやく……という感じですが、2週間は自宅隔離で、人に会うことももちろんできません。生きていくために最低限必要な買い物に出かけることは許されていますが、行動はすべてメモに残しておく必要があります。
ルールを守らなかった場合は偽証罪相当の罪に問われるそうで、逮捕、罰金というものものしい言葉も聞きました。でも、そんな決まりがなくても、自分が罹るのもイヤだし、何よりも人に迷惑を掛けるわけには行きませんからね。2週間はひたすら自宅の掃除に励むつもりです。昨日はトイレ掃除をしたから、今日はキッチンまわりかな(笑)。
……といった感じで、まだまだ油断できない新型コロナウイルスですが、MotoGPはいよいよ開幕に向けて動き出しましたね……と言おうとした矢先に、アンドレア・ドヴィツィオーゾがモトクロスのレース中にジャンプの着地で転倒し、鎖骨を骨折した、というニュースが飛び込んできました。
これはもう、しょうがないかな……。僕の現役時代はマシン開発のためのテスト走行が許されていたので、もうほとんど毎週のようにGPマシンを走らせていました。だから常にバイクに乗る体ができていたんです。その代わり、スキーやバイクライディングなどリスクのあるスポーツは契約上禁じられていました。
でも今は、開発コストを抑えるためにテスト走行も最小限。いくらGPライダーと言えどもバイクに乗らないことには体も感覚も衰えてしまいますから、モトクロスもやむを得ないと思います。実際、ドヴィツィオーゾのモトクロスレース参戦もチームとの契約で許されていたようですしね。オフロードは非常にいいトレーニングになるのも確かです。ただ、個人的にはジャンプはしない方がいいかな、と思いますが……。
MotoGP開幕前なのに、なぜか来シーズンの話題が賑やかで……
一方、まだ1レースもしていないのに、なぜか来季の契約に関する動きも激しくなってきました。ダニロ・ペトルッチがドゥカティからKTM(テック3)に移籍し、兄弟同チームで注目されたアレックス・マルケスはレプソルホンダからLCRホンダヘ。LCRから押し出されるかたちになったカル・クラッチローは、スーパーバイク世界選手権へのスイッチが噂されています。そして空いたレプソルホンダには、現KTMのポル・エスパルガロが収まることが確実視……。
あまり先のことが決まってしまっていると、観ている側としては消化シーズンのような印象になってしまいますよね。今季の活躍次第で来季のシートが決まるようだと、もっとワクワクしながら応援できると思うのですが……。
ただ、どんなシーズンであっても、ライダーは「勝ちたい!」という強い思いを持って目の前のレースに臨む生き物です。7月19日のスペインGPからMotoGPは開幕しますが、熱いレースになることは間違いありません。僕も今から本当に楽しみです。
レースが行われないなんていう想定外の時を過ごして改めて思いますが、やっぱりレースは面白いですよね!「不要不急か」と問いただされてしまえば、開催の中止や延期もやむを得ないのかな、と思いますが、楽しみもないと生活に張りが出ません。ないと寂しいものですし、「スポーツ観戦って、ストレス発散にもなっているんだなあ」とも思います。
何が起こるか分からないレースの緊張感と興奮は、他では味わえません。だって、予選までぶっちぎっていたマルク・マルケスだって、必ず勝てるとは限らないんですよ!? まさに筋書きのないドラマ。レースは本当に面白い!
それに、自分にはできない限界のライディングでモンスターマシンを操る姿には、感動してしまいますよね。レースって、日常とはまったく違うエキサイティングな時間なんだな……と改めて気付きました。
僕はゴルフも好きなんですが、先日も女子プロゴルフのアース・モンダミンカップをYouTubeで観戦し、素晴らしいショットの数々に「スゴイな〜!」と純粋に感動しました。今回は無観客試合でしたが、通常なら多くのお客さんに観られている中での試合です。みんなの視線を感じながら最高のショットを決めるメンタルの強さって、どんなにスゴイんだろう!
え? レーシングライダーのメンタルもスゴイって? いやあ、ライダーはヘルメットを被って直接は顔を見られないから、全然マシですよ! やっぱり顔を見られるか、見られないかって、集中力を高めるにあたって大きな差だと思います。
まぁ、このあたりはかなり個人差がある話だと思いますが、僕は顔を見られていてはちっとも集中できません。だからサーキットでも、ヘルメットのシールドを上げている間は全然集中していませんでした。ちょっと余談になりますが、500ccの時はスターティンググリッドにいる間はヘルメットを脱いでいることが義務付けられていました。選手紹介でテレビに映るからです。だからグリッドにいる間は、意外とリラックスしているんです。
いよいよスタート直前、サイティングラップに出て行くためにシールドを下ろした瞬間に、パチンとスイッチが入ります。そこから40〜50分間はもちろん集中しっぱなしですが、時間的にはまぁそんなものですよね。プロゴルファーは4〜5時間ものプレー中は集中し続けているわけですから、うーん、やっぱりスゴイ!
注目されていないがゆえに伸び伸びと走れる面も
MotoGP開幕戦で個人的に注目したいのは、ファビオ・クアルタラロですね。去年はルーキーとして伸び伸びと暴れ回ってくれましたが、さて2年目の今年はどうでしょう? レースでは2年目のジンクスというものがあって、注目去れ始めるととたんにプレッシャーを感じ。スランプに陥るケースがよく見られます。
僕も1993年の世界GP参戦初年度にいきなりチャンピオンを獲りましたが、ルーキーということでさほど注目されていなかったことも大きかったように思います。自分自身、「ランキング10位ぐらいになれればいいや」と思ってましたから。ラッキーも重なってチャンピオンになりましたが、今振り返ればやっぱり「2年目のジンクス」はありましたね。
事前テストでエンジンが壊れて、思うようにセッティングが煮詰めきれないまま臨んだ開幕戦。「タイムが出ていない」と焦っていました。しかもストレートが伸びないから、どうにかコーナーで頑張らないといけない。そして、ハイサイドで大ケガ……。シーズン全体に響き、ゼッケン1を付けていながらランキング7位に終わってしまいました。前年のチャンピオンとしていい走りを見せないといけない、というプレッシャーを、知らず知らずのうちに感じてたんです。
初年度が目論見通りランキング10位前後で迎えた2年目なら、多少エンジントラブルがあったりセッティングが煮詰まっていなくても、伸び伸びと戦えたような気がします。まぁ、だからってチャンピオンを獲れるかどうかはまた別の話ですが(笑)。
さて、一気に注目が集まり、ライバルの包囲網も狭まる2年目のクアルタラロはどうでしょうか。マルケスを倒せそうな最有力候補だけに、若者らしい伸びやかな戦いっぷりを見せてもらいたいものです。
TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:YOUNG MACHINE Archives, KTM ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
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