「原田もジジイになったな」……なんて言われちゃう?

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.15 「あの時、本能で体が動いた」

  • 2019/8/15

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第15回目は、「本能で体が動いた」あの時と、けっして本能任せにはしない現在だからこそわかるバイクの楽しみ方について。

TEXT:Go TAKAHASHI

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ギリギリの攻防でもラインを残す、クリーンで美しいバトル

MotoGP第11戦オーストリアGPでは、Moto2クラスの長島哲太くん(ONEXOX TKKR SAG Team)がポールポジションを獲得しました。前戦ぐらいから波に乗っていましたが、僅差で競われるMoto2での予選トップは本当にスゴイ!

哲太くんは今年、鈴鹿8耐に参戦していましたが、これがいい影響をしたのかもしれません。パワーも車重もある1000cc耐久マシンに乗った後だと、Moto2マシンは軽くて扱いやすく感じたはずです。

決勝では、後ろにいたチャビ・ビエルヘ(EG 0,0 Marc VDS)のブレーキングミスに巻き込まれてリタイヤとなりました。「たられば」ではありますが、何事もなくレースできていれば表彰台には立てたはず。残念です。

レースで勝つには強運も必要なんですよね。哲太くんが所属するONEXOX TKKR SAG Teamは、チームメイトのレニー・ガードナーもアレックス・マルケス(EG 0,0 Marc VDS)と接触してリタイヤ。ちょっとツキがなかったですね。

ただ、厳しいバトル中でも、もう少し競い合っているライダーに対してリスペクトがあってもいいのかな、とは思いました。特にマルケスとガードナーの件は、ガードナーがはらんでしまったとはいえ、マルケスももう少しスペースを残しておいてもよかったと感じました。4スト765ccのMoto2マシンは、僕が乗っていた2スト250ccマシンに比べて重いので、挙動に余裕がないのは分かるんですが……。

そういう意味では、MotoGPクラスでアンドレア・ドヴィツィオーゾ(Ducati Team)とマルク・マルケス(Repsol Honda Team)が見せたバトルは、とてもクリーンで美しいものでした。

最終ラップ、最終コーナーを立ち上がるドヴィツィオーゾとマルケス。よく見るとマルケスのRC213Vのブレーキレバーガードが無くなっているのが分かる(トップ写真のパッシングで接触、レバーガードが破損した)。

マシンが接触するほどのギリギリの攻防にも関わらず、お互いにちゃんとお互いのラインを残していました。さすがは最高峰クラスという見応えのあるバトルでしたね。最終コーナーの突っ込みでトップを奪ったドヴィツィオーゾですが、あれはもう作戦ではなく、闘争心から来る本能的な動きだったと思います。

僕も’97年第9戦ドイツGPで、本能的な動きで勝ったことがあります。最終ラップ、僕はマックス・ビアッジ、オリビエ・ジャック、そしてラルフ・ウォルドマンに続いて4番手でした。最終コーナー手前のシケインで、前の方でガシャガシャのバトルになって、「これはインに飛び込むしかないな」と、頭で考えてはいるんですが、それより先に体が動いてました(笑)。

結果オーライで3人を抜いて勝つことができましたが、もちろん作戦などなかったし、とっさの判断……というより、本当にただ「体が動いた」としか言いようがありません。レーシングライダーですから、闘争心や本能任せで動くこともすごく大事。考えすぎてしまって体が動かず、後になって「あの時、絶対に仕掛けられたな……」と後悔することもしょっちゅうでしたからね。

無理をするよりも、老いたら老いたなりの楽しみ方を

そして今は、公道で車を走らせている時など、助手席の奥さんに「なんで今のタイミングで行かないの!?」と驚かれてしまうほど、ゆったり安全運転です。本能任せなんてもってのほか! 行けると思っても、そう簡単には行きません。十分に、助手席の奥さんが「……エッ!?」と思うぐらい待って、しっかり安全を確認しています。

というのは、若い頃に比べると反射神経が衰えているのが自分で分かっているからなんです。無理は絶対にしたくない。だからマージンをたっぷり取っている。10代の頃から僕の助手席に乗っている奥さんは、タイミングが遅くなったことがよく分かるんでしょうね。

こんな話をすると、「原田もジジイになったな」と言われてしまうかもしれませんね(笑)。でも、人間誰しもいつかは老いるものですから仕方がありません。老いを認めずに無理するよりも、老いたら老いたなりの乗り方、楽しみ方を見つけたいというのが僕の考えです。そして年を取った時ほど、「操作の行程が多い乗り物」、つまりマニュアルの方がいいと思っています。

バイクなんか最高ですよね! クラッチを握り、ギヤを入れて、半クラッチを当てながらアクセルを開ける。バランスを取りつつ車体を傾ける……。やるべきこと、気を付けるべきことが多いから、頭も体も強制的に使わざるを得ません。少しでも若々しさを保つのに最適な乗り物じゃないかと思います。

SP忠男の鈴木忠男社長なんて、74歳だけどバリバリに元気だし、体もスゴイ! 特に鍛えてるわけでもないのに腹筋、背筋、そして肩甲骨まわりの筋肉がちっとも衰えないのは、間違いなく毎日バイクに乗っているからです。

御年74歳にしてドリフトも軽々こなす忠男社長。2019年5月1日公開の当コラムVol.8より。

僕も忠さんのように末永くバイクに乗り続けたい。だから現役時代のように闘争心や本能に任せるのではなく、今の自分なりに無理のないライディングを、より安全な速度で楽しみたいと思っています。

……あ、ちなみにこれは公道での話。今でもたまに闘争心や本能任せにバイクを走らせたくなるので、そんな時は迷わずサーキットに足を運びます!

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原田哲也

原田哲也

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1993年ロードレース世界選手権(WGP)250の世界チャンピオン。1992年に全日本で同クラスのチャンピオンを獲得し、翌年に初挑戦のWGP250で戴冠した。現役当時のニックネームは「クールデビル」。'02年に現役を引退し、現在はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。