世界的に人気のアドベンチャーは、リッターオーバーの大柄なモデルが主流だ。そんな中、ヤマハ・トレーサー900とスズキ・Vストローム650は扱いやすい「ミドルクラス」として好評を博している。さて、その両車の実力やいかに!? ヤングマシン本誌でおなじみ丸山浩氏がプロ目線で、ライター高橋剛氏が一般人目線で徹底的に試乗インプレ!
同じ旅バイクでも旅の捉え方が違う。刺激的なトレーサー/マイルドなVストローム
いずれも、アドベンチャーというカテゴリーに属する、いわゆる「旅バイク」だ。ストロークが長いサスペンションで悪路走破性を高め、快適性に配慮することで、ロングツーリングにも対応している……という点では、同類と言える。
だが、旅の捉え方はトレーサー900とVストローム650ではだいぶ異なる。めざすベクトルは180度正反対、と言ってもいいぐらいだ。
トレーサーは「バイクを楽しみながら旅をする」。そしてVストロームは「旅のツールとしてバイクを使う」。この違いは大きい。主体は、ライディングなのか、旅することなのか。
トレーサーは、例えどんなシチュエーションでもただ走っているだけで楽しい。スロットルを開けるたびにワクワクやドキドキがあって、胸が高鳴る。並列3気筒エンジンのキャラクターも、4000rpmを境に大きく伸び上がろうとして、常にやる気に満ちているのだ。
一方のVストロームは、全体的にマイルドだ。V型2気筒エンジンはどの回転域からでも滑らかな加速を見せ、しかもトルクの出方もひたすらフラット。回転数を選ばないので、ゆったりとした走りに向いている。
エキサイティングで刺激的なトレーサー。ジェントルで穏やかなVストローム。エンジンキャラクターの明確な違いが、それぞれの個性を際立たせる。キャンプで例えてみれば、こんな具合になるだろう。
トレーサーは、今流行のグランピングのようだ。グラマラス(魅力的な)とキャンピングを掛け合わせたグランピングは、ホテル並の豪華なサービスが受けられる新たなアウトドアスタイル。オープンエアの心地良さとラグジュアリーさをいっぺんに楽しむ、贅沢なひとときだ。
Vストロームからは、スマートなテント泊がイメージされる。自分の好みの場所を見つけたら、気軽に、そして気ままにテントを張って、自由な時を味わう。シンプルでありながら自然と一体化することができ、奥深い喜びに満たされるだろう。
優劣をつけるものじゃない。バイクで、どういう旅がしたいか。バイクで、どういう時を過ごしたいか。自分の嗜好性によって、この2台のどちらを選ぶかが決まる。
徹底比較:トレーサー vs Vストローム
街乗りインプレッション
プロ目線(丸山) :街乗りもピリッと楽しいトレーサー
トレーサーはとにかく刺激的で街乗りも楽しい。「今日はバイクに乗るぞ!」とモチベーションを高めてくれる。短距離でもピリッとしたライディングができるから、チョイ乗りにもピッタリだ。一方のVストロームは、すんなりと体に馴染み、スルスルと落ち着きのある走り。ストップ&ゴーの繰り返しとなる市街地でも気疲れしないが、バイクらしいパンチには欠ける。
両モデルとも脚長系だけに足着き性は良好とは言えない。身長168cmの私だと停車時に半分オシリをずらす必要があった。
一般目線(高橋)
「スクーターのように」というと大げさだろうか。Vストロームはそれぐらい気遣いが無用で、乗り始めから馴染み感がある。
トレーサーは乗っているうちに目玉が三角になりがちなので自制が必要。街にも似合うスマートなデザインはさすがヤマハ。
高速道路インプレッション
プロ目線(丸山):正反対のキャラクターが浮き彫りに
69psのVストロームは、飛ばすつもりがなければ必要十分。走れば走るほど「これでいいや」と割り切れるようになるのが不思議だ。徹底的にロングツーリング向けの旅ツールと言える。下半身のあちこちに風当たりが感じられたのがやや気になった。
トレーサーは116psとVストロームのほぼ倍。速くて面白いに決まっている。しかも、並列3気筒エンジンは回転数によってさまざまな表情を見せるので、飛ばさなくても心地よく走れる領域があるのがイイ。途中で軽く雨に降られたが、腰下のウインドプロテクションが効果的に働き、あまり濡れなかった。
一般目線(高橋)
高速道路を一定速で巡航するなら、Vストロームがいい。ルルル…… と柔らかい排気音に包まれて、ゆったりと景色など眺めながら走るのに向いている。都会から離れ、交通量が少なくなるほどに、真価を発揮するタイプだ。前モデルに比べてシートがやや硬くなったように感じるのがちょっと気がかり。また、まったりタイプだからこそクルーズコントロールが欲しくなる。
交通量が多く、加減速やレーンチェンジを繰り返してキンキン走るならトレーサー。ちょっと気ぜわしさはあるが、都市高速にはズバリとハマる。シートの柔らかさは非常に好印象。ぜひともロングクルージングで試してみたいところ。
ワインディング・インプレッション:トレーサーが快足ぶりを発揮(丸山)
ワインディングを走らせると、両モデルともエンジンが顔なのだということがよく分かる。ただしその表情はまったく違う。
トレーサーの並列3気筒エンジンは言うまでもなく元気いっぱい。回すほどにノリがよくなり、車体もハイペースにしっかり応える。車速とコーナーのRがバチッとハマッた時にこそ素晴らしい走りを見せる。
VストロームのVツインエンジンは、難しいことを考えずにそこそこのペースで縫うように走れる。「ワインディングを狙って走りに行く」というより「ロングツーリングの途中でワインディングに差しかかる」といったシチュエーションが似合う。
ワインディング・インプレッション:噛むほどに味が出るVストローム(高橋)
ブレーキングして、シフトダウンして、車体を寝かせて……。ワインディングだからといって、そんな走りばかりをするわけじゃない。特にロングの場合は、スロットルのオンオフだけでスッ、スッとコーナーを駆け抜けるのが気持ちいい(し、疲れない)。Vストロームのジェントルさは、「噛めば噛むほど味が出る」という絶妙なバランスを感じる。意図して作り込んだとしたらスゴイ。短距離でパーッと走るなら断然トレーサーだが、そういう用途ならより軽快なMT-09かXSR900を選びたくなる。
乗るほどに違いが分かる両車のコンセプト
トレーサーは、完成度が非常に高い。MT-09、XSR900、そしてトレーサーは、エンジンと基本骨格を共有するヤマハ・プラットフォーム展開の代表格だが、中でもトレーサーは旅バイクとしての仕上がりが非常に高いレベルに達している。
エンジンも熟成が進められ、刺激と扱いやすさをバランス。エキサイトメント方向よりもユーザーフレンドリーさを重視しており、回さなくても心地良さが味わえる。
サスペンションも上質。ストロークの初期からよく動く脚長系でありながら、奥では踏ん張り感が効く。ワインディングでペースを上げてもまったく破綻せず、高剛性の車体、そして制動力の高いブレーキと相まって「快足」ぶりを発揮する。
あえて言うなら、「バイクの主張が強い」という側面があるのは否めない。これはライディングの楽しさと直結する個性の部分だから致し方ないのだが、長旅の相棒としては、やや急かされる感がある。
Vストロームは真逆だ。主張しすぎず、旅の裏方に徹してくれる。
率直に言えば、ものすごく秀でたもの、突出したものがあるわけじゃない。その分、長く乗れば乗るほど体に馴染んでいく。Vストロームに乗っていると、バイクに乗っていることよりも、その上に乗っている自分を意識するようになる。「自分が主体となって旅をしているのだ」という感覚だ。
真性の旅人であるほど、Vストロームがしっくり来るだろう。どこかに行き、好きな景色を眺め、土地の美味を堪能するといった、旅そのものを楽しむライダーにはまったりとしたVストロームがぴったりだ。
一方で、マニアックなバイク好きには、Vストロームは少々物足りなく感じるかもしれない。旅のツールには最適だが、バイクとしてのパンチが足りない。
同じカテゴリーではあるが、ヤマハとスズキの狙いは明確に異なる。バイクとしてのまとまりを重視しながら、ライディングする乗り物としての魅力を高めたトレーサー。旅の「道具」としての完成度を高めているVストローム。さて、自分はライダーなのか、旅人なのか……。
まとめ:「バイクに何を求めるか」。その答えがここに
「バイクとしてピシッと筋を通し、隅々まで配慮して設計されている」という印象のトレーサー。オン・オフを選ばずフィットするデザイン性の高さも含めて、考え抜かれている。刺激的な走りも含めて、「バイクにおけるオールマイティとはこうだ!」というヤマハらしい主張が見て取れる。
一方のVストロームは、やはり旅することそのものを主体に設計されているようだ。バイクとしてはルーズさがあって、細かい部分で煮詰まり切っていないようにも感じる。だが、そのルーズさがロングツーリングを快適にしてくれるのも確か。スズキがこの乗り味を狙って作り込んでいるのだとしたら、相当な熟成度合いと言える。
明確なキャラクターの違いを持ち合わせたこの2台、バイクに何を求めるかにより迷わず選び分けられるだろう。
全長:2160mm[2275mm]
全幅:850mm[910mm]
全高:1375mm[1405mm]
軸間距離:1500mm[1560mm]
シート高:850/865mm[835mm]
車両重量:214kg[215kg]
燃料タンク容量:18L[20L](ともに無鉛プレミアムガソリン)
エンジン種類:水冷並列3気筒DOHC4バルブ[水冷並列2気筒DOHC4バルブ]
総排気量:845cc[645cc]
最高出力:116ps/10000rpm[69ps/8800rpm]
最大トルク:8.9kg-m/8500rpm[6.2kg-m/6500rpm]
タイヤサイズ前:120/70ZR17[110/80R19]
タイヤサイズ後:180/55ZR17[150/70ZR17]
●まとめ:高橋剛 ●写真:山内潤也
●取材協力:ヤマハ https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/、SHOEI https://www.shoei.com