![優れたロードバイクでもあった? 第一次トライアルブームの申し子TL&TY[1973-]【柏 秀樹の昭和〜平成 カタログ蔵出しコラム Vol.26】](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2025/12/HY-trial_honda-tl_yamaha-ty.jpg)
ライディングスクール講師、モータージャーナリストとして業界に貢献してきた柏秀樹さん、実は無数の蔵書を持つカタログマニアというもう一つの顔を持っています。昭和~平成と熱き時代のカタログを眺ていると、ついつい時間が過ぎ去っていき……。そんな“あの時代”を共有する連載です。第26回のテーマは、最良のストリートバイクと言われた時代もある、先鋭化する以前のトライアル車TL&TYです。
●文/カタログ画像提供:柏秀樹 ●外部リンク:柏秀樹ライディングスクール(KRS)
国内4メーカーが公道トライアル車をラインナップ
今回は超スリム&シンプルメカの塊。日本のトライアル黎明期のヒーローとなった2台のバイクTLとTYのお話です。
トライアルは岩、砂、ぬかるみ、急斜面など自然の地形を利用した難所を走破する競技です。所定の区間で足を着かずに走り切ることで順位を決めるのですが、そのためにはできるだけ軽量かつスリムで扱いやすいマシンが必要になります。
1970年代前期、第一次オイルショックの頃に日本初のトライアルブームが訪れました。
ホンダが4サイクルOHC単気筒のバイアルスTL125を1973年1月に発売し、同年12月にヤマハは2サイクル単気筒のTY250Jを発売しました。それまで多くのトライアル選手はトレールバイクを改造して使っていたのですが、ホンダとヤマハが公道走行できるトライアル車両を発売し、純正や社外のキットパーツ普及により、多くのライダーがトライアルに関心を寄せたのです。
スズキは1974年にRL250の国内販売を開始。
カワサキは日本の他社より早めにトライアル活動に取り組み、1972年から英国選手権を舞台にニューマシン開発を進め、1975年に250TX(輸出専用)を市場投入しました。
国内のトライアル普及に大きく貢献したのはTLとTYでした。特にホンダは全国各地20か所以上に「バイアルスパーク」を開設。トップライダーやインストラクターの走りを「見て触れて学ぶ」楽しさを提供しました。
日本初のトライアルブームで活躍した各社代表ではホンダの近藤博志、ヤマハの木村治男、スズキの黒山一郎、そしてカワサキは加藤文博だったと思います。
わずか8psの4ストローク・122ccエンジンを搭載したTL125
まずはTL。ホンダは丸っこいタンク形状の4スト・トレールバイクSL125Sのエンジンをベースに専用のエンジンと車体を専用にセットしてバイアルスTL125を発売しました。バイアルスはバイクとトライアルスをもじった合成語です。
乾燥重量92kgの車体を5速トランスミッションで最高速度90km/hまで引っ張りましたが、そんな最高速度よりも軽量ゆえに林道ツーリングは至って快適。わずか8馬力なのに想像以上に速く走るのも得意。TL125を本格的なトライアル用に改造するライダーもいたけれど、普段はストリートの足として、週末にトライアルごっこや林道を気軽に楽しむライダーが大半だったと記憶しています。
バイアルスTL125 ■空冷4ストローク単気筒SOHC2バルブ 122cc 8ps/8000rpm 0.83kg-m/4000rpm 燃料タンク容量4L 乾燥重量92kg(1973年後期型では98kgと表記) ●1973年1月30日発売 ●当時価格:15万2000円 ──カタログは輸出仕様のもので、はTL-250とTL-125S(公道仕様という意味の“S”だろう)と表記された。
TL125は国産車で唯一の4ストロークトライアル車だったこともあり、他車が雪道や獣道などでスタックするところを悠々とグリップ走行してくれました。加えてわずか4L容量(後に4.5L)の燃料タンクながら一般速度なら50km/Lを超える低燃費でした。オイルショックによってレギューラーガソリンが170円以上に高騰し、ガソリンスタンドは夕方に早じまいし、日曜日休業が普通な状況でも、TLだけはガス欠の心配が少ないバイクでした。
初代TL125のカタログにはトライアルの世界的名手「サミー・ミラー」が登場していますが競技専用車TL250の開発が主たる任務だったようです。
もともとホンダは設計変更つまり設変(セッペン)のホンダと言われるほど日々改良を進める社風があり、TL125もブラッシュアップに余念がありませんでした。1974年にはアルミリム断面形状変更、ブレーキ系の防水性向上、リヤサス減衰力設定変更、初期型のハンドル切れ角50度を61度へ。燃料タンク塗装改良など。ハードな走りではフレーム各部が歪むことがあり、フレームの強度もアップしました。
しかし、1977年から1978年にかけての第一次ブームの終焉によってTL125は一旦生産中止となりました。
1981年にホンダは「イーハトーブTL125S」の名前で市場再投入。再び盛り上がってきた第2次トライアルブームへの対応でした。
イーハトーブでは価格が24万8000円に。
さらにホンダは完全新設計のTLR200とTL125を1983年に投入してロードモデル顔負けの販売数量を記録するほど大ヒット。1986年にはプロリンク式リアサス装備のTLR250Rへと発展。競技用車両を別に用意して、あくまでもツーリングトライアルと言う独自のスタンスを持つ機種でした。
DT-1からエンジンを転用したTY250J
一方のヤマハはTY250Jからトライアル市場参入。DT-1のエンジンをベースに圧縮比変更やフライホイールマス増大、ドッグクラッチのアイドル角を最小5度(1速)にせばめてスロットル操作に鋭くレスポンスさせてバランスがとりやすい設定、3速までをセクショントライ用ギヤレシオとするなどトライアル専用の設定としていました。
デビューはホンダに遅れること約1年でしたが、開発に関わったのは1971年、1972年の欧州チャンピオンのミック・アンドリュース選手でした。
TY250J ■空冷2ストローク単気筒 246cc 16.5ps/6000rpm 2.1kg-m/5000rpm 燃料タンク容量6L 乾燥重量97kg ●1973年12月発売 ●当時価格:28万円 ──写真はミック・アンドリュースによるライディング。
カタログとして面白いのは当時のトライアルはヘルメットではなくハンチング帽が一般的。ノーヘルで半袖OKとはまさに昭和を象徴するシーンでもあります。
TY250Jという日本国内向け車両のカタログのはずなのに、ミックが表紙の写真で乗っているのはTY250A。ヘッドライトガードと軽量小型のテールランプがセットされ、ヘッドライト上部左後方にマウントされたスピードメーターはフロントフォーク左側アウターチューブ脇に移設され、スコティッシュ6日間トライアルなどに使用できる輸出専用モデル。カタログ制作の許容範囲が広かった当時だからこそ許されたもの、とも解釈できます。
TY250Jはこの後の1975年のマイナーチェンジで「J」の文字が削除されてカラーリングも変更。TY250Jは非常に綺麗なパールホワイトとコンペティションイエローの組み合わせでしたがTY250は白とコンペティションイエローの組み合わせへ。
膨らみのあったクランクケースカバーは材質をマグネシウム合金製のスリムな形状となり、国内市場向けとして125ccのTY125も追加。1976年には125のボアアップモデルTY175も登場しました。
1976年にはTY175が追加されてシリーズ3車が揃う。
この後にリンク式リヤサスペンション装備のフルチェンジモデルTY250Rとナンバー付きのTY250スコティッシュが登場しました。
TYとTLの明確なデザインの違いが特に興味深く、TY250についてはミック・アンドリュースがヤマハへ移籍する前に走らせていたスペインOSSAのMAR(ミック・アンドリュース・レプリカ)の流れに近い伝統的なタンク&車体デザインに影響を受けたのではないかと想像します。
しかし、ヤマハにしてみれば国内外で大ヒット作となったトレールモデル250 DT-1の優れたデザインにならい、ティアドロップ型タンクをベースにしたトライアル車という必然性があったとも言えます。当時の世界的なデザイントレンドを取り込む姿勢とヤマハならではのカラーセンスという意味ではTY250Jならではの存在感は今なお極めて大きいと思います。
トライアル車として使いたいのに、転倒して小さな傷さえつけたくない自分がそこにいました。個人的にはオフロード車として本末転倒なことを思わせる美しき名車です。
空冷2ストローク単気筒車両は非常にレアな存在になりつつあります。固有の不整爆発音と白煙と匂いを放つTY250を代表とするTYシリーズの車体デザインはどれも魅力ありすぎ、という印象です。
対するTL125は他のどこにも誰にも似ていない直線基調のラインを使ったオリジナリティ溢れる車体デザインです。異様に細長く見える唯一無二の燃料タンク形状は一度見たら忘れられないもの。
ヤマハTYは美しい。しかし、インパクトならTL125は引けをとらない。両車は同じトライアル車両ですが造形は実に対照的です。
1973年のSSDT(スコティッシュ6日間トライアル)に成田省三、万澤康夫(後に安央)、西山俊樹がTL125で参戦しました。東洋から来たわずか8馬力の4ストロークOHC単気筒125ccの小排気量バイクがファーストクラス、セカンドクラスに入賞しただけでなく、伝統ある欧州車両の雰囲気をまったく漂わせていないTL125独自のデザインに対して観客や多くの関係者は驚いたのではないかと想像してしまいます。
最高にオールラウンドな公道マシンだった
初代バイアルスTL125がデビュー9か月後にマイナーチェンジを受けました。そのカタログには「真のトライアルマシンは優れたロードマシンでもある」とあります。
狭い下りの峠道ではオンロードバイク顔負けの運動性も披露した。
わずか8馬力なのに気負うことなく、ゆったり走行でもハイペースでも安心感の高い操縦性で気持ちよく走り続けられる。トライアルごっこであれば今なお十分に楽しめる作り。
速さ以外に、人を走らせ続ける素直なハンドリングと4ストローク単気筒ならではのスタタタタッとくる心地良い鼓動感、タフで低燃費な作りがそこにあるからでしょう。
実際に排気量122ccの初期型だけでなく、124ccになったマイナーチェンジモデルや、乾燥地帯での火災予防のためにスパーク・アレスター付きとなったイーハトーブTL125Sにもたくさん乗ってきましたが、ここまで優れたオールラウンド型125ccバイクは今なお見つからない、というのが本音です。
4ストローク単気筒のホンダTLか、2ストローク単気筒のヤマハTYか。
すでにいずれも手に入れることが難しい車両ですが優劣がつけられないし、優劣をつける必要のない独自の世界を持っています。
最新のトライアル競技車両は4ストローク&2ストローク車両ともに極限まで軽量スリム化した「戦闘マシン」。一方で70年代のTLとTYは「マシン」ではなく、ゆったりと自由に走る一台のバイクです。機械の進化も大事ですが、TLとTYを見ているとライダーをホッとさせる性能では頭抜けていると思います。
単なるノスタルジーではなく、若い人まで魅了する力がTLとTYに宿っていると思うのは私だけではないと思います。
1980年代に入るとエンジンの水冷化、リンク式リヤサスなどトライアル車も大きく進化しましたがその直前の1970年代末期のヤマハでは以下のようなやり取りもあったようです。
TYの開発で変形シリンダーをテストした際のレポート。掲載はもう時効……かな……? 当時からメディアで名が通っていた木村さん以外は伏字としました。
まったくの余談ですが、トヨタは1980年代に2ストロークエンジン自動車の可能性を探っていたことがありました。一般的な4ストロークエンジン車両にはできない魅力を肯定していたからでしょう。
ハードエンデューロやトライアルなどオフロードバイクの世界では今なお2ストローク車両が活躍しているシーンを見るにつけ、乗ることが可能であれば今のうちに体験しておくのも一考かもしれません。
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