
今年も埼玉県高校生講習の季節がやってきた。2018年に三ない運動から交通安全教育に転換した埼玉県が主催する「令和8年度 高校生の自動二輪車等の交通安全講習」の模様をレポートする。この春に施行した改正道路交通法に対応した実技のほか新基準原付で参加した生徒の姿も見られ、教える側、教わる側にも変化が見られたシーズンとなっている。
●文:ヤングマシン編集部
1.【背景・経緯】三ない運動から交通安全教育へ
2019年(講習会開始初年度)の大宮会場の様子。いわゆるやんちゃな子らも参加しているが、これこそが“誰ひとり取り残さない交通安全教育”の始まりだった。
講習会レポートの前に、埼玉県の三ない運動推進の背景と経緯を振り返っておこう。
バイク事故から高校生の命を守ると共に暴走族への加入といった非行を防ぐために、昭和56年2月(1981年)から三ない運動を推進した埼玉県。推進から35年を経て暴走行為は大幅に減り、その間に道交法は改正され、道路整備も向上して交通事故は減少した。
さらに選挙権年齢が18歳に引き下がるなど高校生への自主自律教育が強く求められるなか、元教員であった松澤正県議会議員による一般質問(2016年9月定例会)を契機に、県教育委員会が「高校生の自動二輪車等の交通安全に関する検討委員会」を設置(2016年12月)。1年以上にわたる議論を経て指導要項の改定(2019年4月施行)に至った。
以降の埼玉県は、保護者同意の上での学校への届け出制とし、必要とする子どもには免許の取得と乗車を認め、県内各地で開催される県主催の交通安全講習会に参加させることで「乗せて教える」教育を実践している。
2.【目的・対象】三ない運動に代わる指導と教育の充実
「第6回 高校生の自動二輪車等の交通安全に関する検討委員会」の様子(2017年9月・埼玉会館ラウンジにて)
検討委員会では「高校生が生涯にわたって事故の当事者とならないために必要なことは何なのか」という視点で議論や調査が行われた。県教育委員会はその結果を踏まえて指導要項を改定、県内各地の自動車教習所等で「高校生の自動二輪車等の交通安全講習」(以降、講習会)を開催し、三ない運動に代わる指導と交通安全教育の充実を図っている。
その目的は「自動二輪車等の運転免許を所持し運転している高校生に対して交通安全意識を啓発し、交通社会の一員となる自覚や資質向上を図り、必要な知識および技能を習得させること」とされている。
実際には講習会の参加対象はさらに広く、これから免許の取得を考えている生徒の参加も認められ、座学講義によるバイクの安全運転や安全のための装備品、道路交通法などついて広く学べる場となっている。
3.【概要】関係機関・団体が講習会に協力
開講式では参加する関係機関・団体からの挨拶も行われる(26年8月・秩父地区①秩父中央自動車学校にて)
講習会には多くの関係機関・団体が協力、参加している。建て付けと開催日時・会場は以下の通り。
主催:埼玉県教育委員会
共催:一般社団法人 埼玉県指定自動車教習所協会
後援:埼玉県警察本部
一般財団法人 埼玉県交通安全協会
一般社団法人 埼玉県二輪車普及安全協会
埼玉県高等学校安全教育研究会
埼玉県交通安全対策協議会
会場:①7/20(月)西部地区「東松山自動車学校」
②7/27(月)西部地区「セイコーモータースクール」
③8/6(木)東部地区「埼北自動車学校」
④8/10(月)秩父地区「秩父自動車学校」
⑤9/21(月)南部地区「大宮自動車教習所」
⑥10/4(日)北部地区「トラック総合教育センター」
⑦10/18(日)秩父地区「秩父中央自動車学校」
⑧11/23(月)南部地区「うらわ自動車教習所」
今年度は秩父地区で行われていた3年生限定講習会がなくなり、同地区の開催が2回になったこと(当初に戻った)、西部地区で2回開催されたことが変更点となっている。
4.【実技】改正道交法を反映した実技講習
実技講習・静的実技を始める前には参加者全員で準備体操を行う(26年7月・西部地区①東松山自動車学校にて)
講習会は2~3のグループが休憩をはさみながら実技講習(または静的実技)、座学講義、応急救護を受講していくという内容で3~4時間ほどで行われる。
バイクに乗ってきている生徒は実技講習を受けるが、バイクに乗ってきていない、免許はあるけどバイクに乗っていない、まだ免許を取っていない生徒はその時間に静的実技(座学)を受講する。
<実技講習>
コースに出て安全運転と運転操作のポイントについて学ぶ。講習時間は休憩をはさんでの90分(45分×2)。
乗車前には「ブタと燃料」の語呂合わせで学ぶ日常点検、乗車姿勢、ヘルメットなどの安全装具について埼玉県警の白バイ隊員からレクチャーを受ける。
ヘルメットのあごひもを正しく締めること、プロテクターを装着することの重要性を教わり、エアバッグベストの展開体験も行われた(26年7月・西部地区①東松山自動車学校にて)
準備体操をした後は、全員でコース上を歩きながら交通安全協会二輪車安全運転推進委員会所属の二輪車安全運転指導員(以降、二推指導員)による説明を受けつつ、白バイ隊員による課題のお手本を見せてもらう。
白バイ隊員は原付スクーターと大型バイク(白バイ)で課題のお手本を見せてくれる(26年7月・西部地区①東松山自動車学校にて)
課題は全部で7つあり、法規走行を加えると8つの項目を体験・練習することになる。
①千鳥走行
②坂道発進
③Uターン
④遅乗り
⑤スラローム
⑥全制動
⑦コーナリング
⑧法規走行
遅乗りに挑戦する参加生徒。足を着かずに枠内にいられた時間を計測し、上位者には二輪車普及安全協会から賞品(Tシャツ)も送られた(26年7月・西部地区①東松山自動車学校にて)
法規走行のコースに設置された右折待ちをするトラックの左脇を通るシーン。見通しが悪いなか、横断歩道を渡る歩行者、対向右折車との右直事故など交差点に潜む危険を安全に体験した(26年8月・秩父地区①秩父中央自動車学校にて)
法規走行では、この春に施行された改正道路交通法に対応した内容も盛り込まれた。道路交通法第18条に追加された条文「自転車などの交通事故防止のための規定の整備」に関するもので、コース内に自転車を置き、1m以上離れたところにパイロンを置いて、その横を車線変更をしながら減速(徐行)して通過する。
自転車からパイロンの端までで1m強が確保されている。障害物をよける時と同じようにウインカーを出して進路変更しながら通過する(26年8月・秩父地区①秩父中央自動車学校にて)
施行以降、問題視されることも多い条文だが、その際の運転操作や確認・合図のポイントについて高校年代からしっかり教わることができる内容となっている。
高校生は自転車で移動することも多い年代なので、自転車で抜かれる側(※)、バイクや車で抜く側の安全運転について学べるという点で実に頼もしい講習内容だ。
※自転車側も可能な限り道路の左側端に寄って通行することが求められている
5.【座学・講義・応急救護】バイクと安全運転の知識
「自宅から遠いなど当日バイクに乗ってこられなかった」「免許は取ったけどバイクに乗っていない」「これから免許を取ろうと思っている」といった生徒が受講した静的実技の様子(26年7月・西部地区①東松山自動車学校にて)
<静的実技>
静的実技も実技講習同様に休憩をはさんで90分間行われる。二推指導員による座学は、業界団体が制作した安全運転に関するビデオも見ながらの講習となる。
自宅から遠いなど、なんらかの理由で当日バイクに乗ってこなかった生徒のほか、これから免許を取ろうとしている生徒も参加しているため、運転特性の基本から安全運転のための実践的な知識までを網羅する内容となっている。
<講義>
講義は、講習会に参加する全ての生徒が受講する座学「二輪車安全運転講習 ~交通社会の一員としての自覚」となっており、埼玉県警察本部交通部交通総務課が担当する。
座学講義「二輪車安全運転講習」の様子。バイク事故の現状やバイクに乗ることの様々なリスクについても学ぶ(26年7月・西部地区①東松山自動車学校にて)
二輪車人身事故の発生件数と事故の傾向、死者の損傷主部位(頭部・胸部で約7割)を踏まえ、ヘルメットの安全規格とプロテクター、それらを正しく装着することの重要性を理解する。
また、交通事故を起こした際に負う「3つの責任」(刑事的責任・行政的責任・民事的責任)と事故発生時の救護義務についても教わった。
どのような「すり抜け」も何らかの交通違反になること、そして何より事故の要因となる可能性が高く危険な行為であることの説明も受けた(26年7月・西部地区①東松山自動車学校にて)
<応急救護>
事故発生時の応急救護についても全員が学んだ。カーラーの救命曲線(心停止から3分で死亡率50%、10分で100%)、救急車の到着時間(全国平均約10分)といった説明を受け、応急救護の重要性について理解したうえでビデオも視聴。
その後の実技では、訓練用の人形を使っての胸骨圧迫(心肺蘇生法)と心室細動の状態にある人に使う医療機器「AED」(自動体外式除細動器)の操作を体験・練習した。
教習所の指導員にコツを教わりながら胸骨圧迫を行う参加生徒(26年7月・西部地区①東松山自動車学校にて)
以上が講習会の主な内容となる。なお、都合により本講習会を受けられない場合は、ベーシックライディングレッスン(二輪車安全普及協会の主催)など他機関・団体が開催する安全運転講習を受講することで本講習の代わりとすることもできる。
6.【私感】学校は通学OK! 新基準原付での参加者も
学校までは片道25kmという県立秩父農工科学高等学校の3年生。50cc原付が壊れたときに「これからのことを考えて新基準原付にすべき」とお父さんから薦められたホンダDio110 Liteは「フルフェイスヘルメットがシート下に入らないのは残念だけど、ジュースが入るインナーボックスがあるし坂道を上るのがラクになりました」と好印象(26年8月・秩父地区①秩父中央自動車学校にて)
山間地の秩父地区は三ない運動の実施下でもバイク通学と安全運転講習が行われてきた。現在も県内で唯一、バイク通学が地域で認められており、通学車両には県が発行した統一許可証が貼られている。
県立秩父農工科学高等学校では、25年10月末のガソリン50cc原付の生産終了と新基準原付の登場により、通学許可車両を「原付免許で乗れる車両」と改めて定義した。
講習会には新基準原付に乗り換えたという女子生徒の姿もあり、そのメリットとデメリットも体感したうえで新しい通学車両に好印象を抱いていた。
新基準原付のホンダDio110 Liteで千鳥走行に挑む。親御さんも「前の原付より乗りやすくなったでしょう」とのこと(26年8月・秩父地区①秩父中央自動車学校にて)
今後の高校生の通学バイクは、原付免許で乗ることができる新基準原付、電動原付、電動モペッドなどが対象となるだろう。
安全の担保となりうる交通安全教育を学校、地域、関連機関が連携して施したうえで、移動に困っている子どもたちが地域や家庭の事情に合ったモビリティを選び、通学や塾、アルバイトに使えるようになってほしいものだ。
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