加藤大治郎に見た夢、それ以来の王者の資質

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.137「本当にやってのけた小椋藍、ここから増す厳しさの先に……」

原田哲也のバイクトーク|小椋藍

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第137回は、ルーキーイヤーの開幕戦で上々の成績を残した小椋藍選手にかける期待について。


Text: Go TAKAHASHI Photo: Michelin

ミシュラン パワーGP2

『状況によって』と予想はしたが──

前回のコラムで「状況によってはトップ5に入る」と予想していた、小椋藍くん。MotoGP開幕戦・タイGPで、本当にやってくれました! 土曜日のスプリントレースが4位、日曜日の決勝レースが5位という大殊勲です。

レースウィークに入ってからも、事前テスト同様に落ち着いた様子で取り組んでいた藍くん。無駄にタイムアタックせずに、レースを見据えた準備を行っていました。それでもダイレクトにQ2に進出しましたから、本当にすごい! 冷静さと同じぐらい、高いレベルの速さも持っていることを証明しました。

正直、良くも悪くもまだMotoGPマシンのことを完全には理解していないからこその勢い、という要素もあったと思います。そしてライバルたちがベースセッティングを煮詰めてくる次戦以降は、もっと難しくなるでしょう。

ただ逆に、藍くん自身のMotoGPマシンの理解度も進み、もっとうまく乗れるようになる可能性もあるわけですから、やはり楽しみでしかありません。昨年はペドロ・アコスタを見て「すごい新人だ!」と驚きましたが、現時点での藍くんはそれ以上のインパクトを残したと思います。

フリー走行から上位につけ、Q2にダイレクト進出したうえで予選5番手に。一時はフロントロー(最前列)の可能性も見せた。

度肝を抜かれたのは、パッシングシーンです。スプリントレースでは1周目、1コーナーのアウト側からフランコ・モルビデリを抜き、決勝はスタートで一瞬でしたが3番手を走り、序盤の混戦も落ち着いてこなしていました。気合いや根性ではなく、しっかりとまわりが見えているからこそできること。新人離れした冷静さは、藍くんの持ち味と言えるでしょう。

決勝では、スプリントレースで学んだスムーズなライディングでタイヤにも優しく、終盤にもあまりペースを落としませんでした。5位に入っただけでもすごいことですが、ギリギリトップが見える位置で走り切ったのは、とても大きな経験になったと思います。

スプリントレースでフランチェスコ・バニャイアの背後につけて4位を走行しながら、ずっとバニャイアのスムーズな走りを観察していましたね。それがキッチリと決勝にも生かされていました。

決勝レースでは5番手を走行しながらF.モルビデリの走りを観察。

一方で、5位という結果を冷静に考えると、「タイヤを残しすぎてしまった」という面もあると思います。2位になったアレックス・マルケスは、レース終盤にタイヤをほぼ使い切り、最後の方ではマシンがかなり暴れる様子が見られました。トップを目指すには、タイヤのグリップを残すのではなく、それぐらいになるまで使い切らなくてはならないんです。

もちろん、タイヤを使い切るのは簡単なことではありません。どのタイミングでどれぐらいのスパートをかければよいのかは、経験を積まなければ分かりませんし、当然、リスクも高まります。ただ、トップを狙うには、絶対に体得しなければならないことなんです。

タイGPで5位になった藍くんは、優勝したマルク・マルケスから7秒4離されてレースを終えました。この7秒の差は、こういったタイヤの使い方の差とも言えると思います。

ただ、まだ初戦ですからね(笑)。逆に言えば、26周のレースで7秒4しか離されなかったわけで、1周あたりの差はわずか0.2秒なんです。……わずかと言いたいところですが、この「1周0.2秒」がとてつもなく大きい。藍くんも、そのことに気付いたことと思います。

アプリリアへの移籍はひとまず大成功

それにしても、滑り出しとしては上出来すぎるほどのレースでした。メーカーを変わることは日本人ライダーにとって大きなチャレンジだったと思いますが、誰も助けてくれない状況に自分の身を置いたことは、大成功でしたね。

僕自身、もし現役時代にずっとヤマハにい続ければ、レースを引退してからも何らかの立場や仕事がもらえたのではないかと思います。でも、当時はそんなことを微塵も考えませんでした。とにかく結果だけを求めて、アプリリアに移籍した。

自分の力不足や不運もあり、アプリリアではチャンピオンを取れませんでしたが、自分の力だけで結果を追い求める厳しい世界に身を置いたことは、レーシングライダーとしては正解だったと今でも思っています。

現役時代の僕と同じように選んでいるだけに、藍くんの気持ちはよく分かりますし、これからどんどん厳しくなることも分かります。でも、「結果がすべて」というのは、ある意味めちゃくちゃシンプル。常に決勝レースでチェッカーフラッグを見据えて組み立てる冷静さを持ってすれば、いい未来が待っていると思います。

ピット内でも落ち着いた様子。

今回のタイGPでは見事な結果を残した藍くんは、完全にチームを自分に向けることに成功しました。もともとは、MotoGP3年目のラウル・フェルナンデスがエース、藍くんはセカンドという位置づけだったようですが、現時点でチーム内の雰囲気は完全に逆転しているでしょう。

でも、逆に結果が残せないレースが続くと、コロリとチームの見方も変わってしまいます。ヨーロッパのチームは、そこが本当にドライ。結果がすべて、なんです。もう自分で頑張って道を作って行くしかありません。

本当に、ここからが厳しいんですけどね……。世界にこれだけ「アイ・オグラ」の名が轟くと、次戦以降はみんな徹底的にマークしてくるでしょう。トップの連中の後ろを走ろうにも牽制されてしまうなど、各セッションで思うように走らせてもらえなくなるでしょう。決勝レース中も、あるいはシーズンを通して、いろんなことが起きてくるはずです。

藍くん自身も、MotoGPマシンの理解が進むにつれて、かえって迷路に迷いこむ場面も出てくると思います。セッティングに手をつけていく中で、いわゆる「ドツボにはまる」状態に陥ることも、きっと。ヨーロッパラウンドが始まれば、違った路面に苦戦もするはずです。

でも、彼が大ちゃん(故・加藤大治郎さん)以来の逸材であることは、間違いありません。大ちゃんとバトルをした僕は、「コイツには敵わないな……」と思ってしまった。「最高峰クラスのチャンピオンになるのは、大ちゃんだ」と。それが現役引退の大きなきっかけになったほどでした。

常々言っていることですが、素晴らしいライダー、チャンピオンになれるライダーは、早い段階からその片鱗を見せるものです。そして藍くんは、MotoGP初戦から、冷静なレース運びと速さで、十分に王者の資質を見せてくれた。これはもう、期待しかありません。

最高峰のMotoGPでチャンピオンになることは、本当に厳しい。でも藍くんなら、それも決して不可能ではないと思います。最高峰クラスだけあって、1周だけ速い人はいくらでもいます。でも、冷静に、高いレースIQで決勝を、そしてシーズンを戦い抜ける人は、そう多くない。実際、チャンピオンになる人は限られています。

藍くん自身は「期待しないでください……」と言うでしょうね(笑)。でも僕は、大ちゃん以来の「日本人MotoGPチャンピオン」を夢見ています。

その先に見える景色は──。

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