元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第21回は、カタルニアテストで見えてきた各ライダーの現在地について。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Ducati, Michelin
まったく本気を出していないマルク・マルケス
11月18日(日)に最終戦ソリダリティGPを終え、翌18日(月)〜19日(火)には、同じカタルニアサーキットで2025年に向けてのテストが行われた。チームやメーカーを移籍した各ライダーたちが新たなマシンに乗る初めての機会ということで、非常に注目度が高いテストだ。ワタシもワクワクだった。
特に注目されていたのは、ドゥカティのサテライトチームからファクトリーチームに移籍し、ついにファクトリーマシンを手にしたマルク・マルケスだ。そのマルケス、ワタシが見たところでは、真っ赤だった(笑)。
走り自体は、様子見という感じで、まったく本気は出していなかった。興味深かったのは、ハンドルを切って曲がろうとしていたことだ。そういえば2024年最初のマレーシアテストで、マルケスのドゥカティの走らせ方について、フランチェスコ・バニャイアが「まだホンダ乗りだね」とコメントしていたことを思い出す。ワタシが今回のテストで見たマルケスも、ハンドルを切って曲がろうとする点において、まさにホンダ乗りだ。
ライディングスタイルは、そう簡単に変えることができない。ハンドルを切って曲がる人種は、恐らく一生そのままだろう。ホンダ全盛期は、マルケスのその走りを許容するマシンを提供できていたが、果たしてドゥカティではどうだろうか。
2024年のマルケスはランキング3位と、大活躍だった。ホンダ乗りでも十分に速さを発揮することを見せつけたわけだが、いよいよチャンピオン争いとなると、さらにもうワンランク上の走りを追求することになる。マルケスならではの特殊なホンダ乗りに合わせたマシン造りとなると、今のドゥカティの開発姿勢とマッチするかどうかが大きな問題になる。
友人のイタリア人ジャーナリストが、「マルケスは、レースをする前に、まずガレージ内の勝負に勝つ必要がある」と言っていたが、まさにその通りだとワタシも思う。自分に合ったマシンを用意してもらうためには、スタッフを味方につけることが非常に重要だ。そして彼はホンダ時代、それをうまくやってのけていたのだ。
そういえば、最終戦決勝日の前日、マルケスはパンダの着ぐるみを着て大騒ぎしていた。そうやって人を喜ばせて、自分の味方を増やそうとしているのだ。そのためには何でもやるという、ド根性。それにしても、決勝日の前日である。「コイツはやっぱりスゲー」と思わされた。人を取り込んでいく素質を、生まれながらにして持っている。
’24年は、サテライトチームだったため型落ちの’23年型マシンで戦ったマルケスだが、今回のテストでは’24年型と’25年型を走らせていた。彼のコメントからすると、’23年型と’24年型の間には大きな開きがあり、’24年型と’25年型はほぼ同じという印象を持ったようだ。
今年は基本的に’25年型で戦うことになるだろうから、昨年までとは違うマシンの特性をうまく掴みながら、さらに自分好みの方向性に持っていくことができれば、最強だろう。キモは、チーム内の覇権争いということになる。
すぐに限界域まで持っていくマルティン、苦戦しそうな日本メーカー
チャンピオンを獲るだけの実力がありながら、ドゥカティのファクトリーチーム入りが見込めなかったため、アプリリアのファクトリーチームに移籍したホルヘ・マルティンは、アプリリアRS-GPを1周目からいきなり全開(笑)。3周目には早くも限界領域まで持って行った。
これは彼の能力の高さを示すと同時に、今のMotoGPらしさでもある。メーカーが変わってもタイヤとECUが同じだから、限界値もだいたい同じ、ということなのだ。だからマルティンほどのライダーなら、さほどの違和感もなく瞬く間に限界点まで持ち込むことができる。
もっとも、勝負を決めるのは「限界の先」だ。いかにリヤタイヤの無駄なホイールスピンを抑え、チェッカーフラッグまでタイヤのグリップを残すか、という作業が必要になってくる。そのわずかな差が、大きな成績の差となって表れるのだ。マルティンと言えども、やはり苦労は避けられないだろう。
期待したい日本メーカーだが、まだまだ苦戦は続きそうな印象だ。ヤマハはチョビチョビとアップデートしていたようだが、見た目にはほとんど分からない程度。ファビオ・クアルタラロはまずまずの結果だったが、KTMから移籍してきたジャック・ミラーはKTM時代のスロットル開け開け走法が抜けておらず、リヤのトラクションが不足気味のヤマハではうまく前進できていなかった。
ホンダは、ジョアン・ミルの走りを見ている限りでは、まだまだフロントを信じ切れていないようだ。フロントタイヤからのインフォメーションが薄いのだろう。ヨハン・ザルコがそこそこうまく乗れているのが、ミルの立場を微妙にしてしまっているが、そのザルコも含め、抜本的な解決はまだ見出せていないように感じた。
小椋藍くんは、想像以上にいい走りをしていた。さすが、Moto2でチャンピオンを取るだけのことはある。去年までのMoto2マシンと違い、MotoGPマシンには電子制御やライドハイトデバイスなどが備わっている。これらをじっくりと確認しながら、理解しようとしている姿勢も見て取れた。これはかなり期待できそうだ。
それにしても、MotoGPマシンは本当にスゴい。ストレートの速さもさることながら、驚かされるのは何と言ってもブレーキングだ。ブレーキングポイントそのものは、実はワタシの現役時代とさほど変わらない。しかし最高速は当時より50km/hも速く、車重は40kgも重いのだ。しかも空力でマシンを押さえ込み、減速度を高めている。
その減速Gたるや! ブレーキシステムへの負担はもちろん、ライダーの体への負荷も想像を絶する。なおかつ彼らはブレーキをかけるだけではなく、シフトダウンして足を出して……と、やること盛り沢山である。
恐ろしい……。「自分が今まさに現役だったら」と思うと、身の毛がよだつ。「2月のマレーシアテストが楽しみだなぁ」なんてのんきなことを言っていられる幸せよ……。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
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