「我々はスーパースポーツを見捨てない」そう豪語するヤマハが放つ、久々の本格的スーパースポーツがYZF-R9だ。ミドル最強のトラックパフォーマンスを謳い、2025年からはYZF-R6に代わって世界スーパースポーツ選手権(WSS)にも参戦を開始する。今もっとも注目の次世代SS機についての開発者インタビュー、エンジンや足まわりについてお伝えする。
●インタビュー&まとめ:松田大樹 ●写真:箱崎太輔/ヤマハ発動機
YZF-R9の開発者・お二人にインタビュー
ステップアップの階段・R7の成功が生んだR9 YZF-R9の開発者・お二人にインタビュー 編集部:まずはYZF-R9(以下R9)の企画経緯や狙いを教えてください。 兎田:他社さんを含めてスーパースポー[…]
スピンフォージドホイールを非採用の理由とは?
編集部:エンジンですが、内部部品や吸排気系も含め、基本的にはMT-09と共通です。YZF-R9はスーパースポーツ(以下SS)ですし、変更を加えてパワーアップさせてもいいと思うのですが。
津谷:そこは性能とコストのバランスです。120psが十分かどうかはお客様にもよりますが、我々としてはサーキットのスポーツ走行レベルなら十分だろうと。ならば変更点は点火時期や燃調、スロットルバタフライの開度特性程度に留め、コストを抑えて価格に反映させようと考えました。
※編集部注:津谷さんは一般向けのトークショーで「アフォーダブル(お手頃)は意識した。海外では価格が発表済みだが、国内もそれを裏切らない価格で出す」と明言している。北米ではMT-09SP(国内では144万1000円)とほぼ同価格なので、日本でも150万円を切る価格が期待できる?
編集部:ラムエアが非装備なのもコストでしょうか?
津谷:はい。ノーマル状態ではダクトにはヘッドライトと吸気の温度を下げる機能を持たせています。ただしレース車ではラム圧機能を追加し、加えてカムプロフィールなどの変更で性能アップを図っています。
編集部:前後のサスペンションはKYB製の新作です。ここはお金をかけてらっしゃる場所だと思うのですが。
津谷:仕様としては全日本JSB1000クラスで中須賀克行選手が駆る、ファクトリーYZF-R1に使っているものとほぼ同じなのですが、たとえばMT-09のSPに装備されるフルアジャスタブルのフロントフォークよりすごく高いかと言うと…そうでもないんです。
09SPのフォークは左右ともに伸びと圧縮のダンパーを持っていますが、R9のフォークは左右で伸側と圧側のダンパーを独立させていて部品点数が少ないんです。ただしベースバルブには良いものを付けたので、値段を下げつつ上げたようなイメージで、コスト的には09SPと大きくは変わらない。それでいて性能的にはYZF-R1でも十分に使えます。
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編集部:あのフロントフォークは2025年型R1と同じものですか?
津谷:バネ定数と減衰が違うだけで製品としては一緒です。R1にも使えるよう設計して、開発はR9で行っています。私はもともとR1のプロジェクトリーダーなので、R1の進化も止めたくなかったんです。ちなみにリヤショックにはKYBさんが特許を持つ、ピストンスピードの遅いところでも減衰力を出す構造を入れてあり、こちらの性能はR1より上です。これもR1に入れたかったのですが、フレームの変更が必要なので残念ながら無理でした。
で、せっかくいいサスができたのだから…ということで、今回はKYBさんにステッカーを貼ってもらいました。これも、ロゴのカラーに赤を試してみたり、サイズも大小を検討したりして今の仕様に落ち着いています。
編集部:足まわりでいうと、現在ヤマハさんはリムの圧延加工で高強度と軽量を両立する「スピンフォージドホイール(以下SFW)をMT−09系を中心に展開されていますが、R9はSFWではありませんね。
津谷:これはYZF-R6と同じホイールで、エアバルブを横向きにしただけです。
編集部:やや古いホイールを、わざわざ履いているのはなぜですか?
津谷:まず、これはコストダウンではありません。あえてR6のホイールを選んでいるのは、R9にふさわしい性能を追求した結果です。SFWは鋳造のホイールを圧縮して鍛造のような組成にすることで、同じ形状でも強度が上がるのがメリット。MT-09用のSFWはその利点を活かし、リムを薄くすることで強度を保ちつつ軽量化を達成していて、良好なハンドリングに貢献しています。
ただ、このホイールはR9とはあまり相性がよくなかった。ストリートが舞台の09と、サーキットでの走りを追求するR9では前提とするスピード領域が異なり、コーナリング時にホイールにかかる荷重がかなり違います。要はR9にはもっと剛性の高いホイールが欲しくなるんです。
剛性は形状に左右されるため、リムの薄い09用のSFWだと、R9の要求値に対してはやや剛性が足りない。本当ならば剛性を上げたR9専用のSFWを作りたいのですが、それではコストが上がってしまう。そこでリムが厚くて剛性も高い、R6のホイールをあえて選択しています。
編集部:なるほど、R9らしい走りを優先させた結果なんですね。でも、ヤマハ全体としてSFWを推している中で、それを使わない事には反対も多かったのではないでしょうか。
津谷:はい。これはめちゃくちゃ反対されましたね(苦笑)。
ステップアップの階段・R7の成功が生んだR9 YZF-R9の開発者・お二人にインタビュー 編集部:まずはYZF-R9(以下R9)の企画経緯や狙いを教えてください。 兎田:他社さんを含めてスーパースポー[…]
当初からデザインに織り込まれたウイングレット
編集部:R9は空力性能にもとてもこだわったと聞いています。
津谷:はい。Cd・Aと言われる空気抵抗係数✕全面投影面積の数値はヤマハの歴代SSで史上最良。R1やR6よりも良いぐらいです。
編集部:ポイントはやはりウイングレットですか?
津谷:ウイングレッドはダウンフォースを生んでフロントを押し付ける力になりますが、そのぶん抵抗は増えるため、空気抵抗だけを考えたらない方がいいんです。でも、そんなウイングレットを付けた状態でもR9の空力性能はヤマハでナンバーワン。デザイナーには何回もデザインをやり直してもらったし、流体解析やクレイモデルでの風洞実験は何度行ったか覚えていないほど。アッパーカウルの形状ひとつでもいろいろやり倒しているし、ラジエーター前のカバー形状とか、ステアリングのアンダーブラケット下側に貼ってある板の形状とか、細かな部分の積み重ねで達成した空力性能です。
編集部:なるほど、ちなみにR9のウイングレットは、同時期に登場したR1とはだいぶ形状が違いますね。
津谷:ウイングレットは羽根の上側を流れる空気と、下側を流れる空気の流速の差により、圧力差が生じることでダウンフォースを生み出します。R9では車両前方から速い空気を取り込み、羽根の下の流速を上げることで効果を高めている。ウイングを当初からデザイン要件に入れたからこその形状です。対してR1用は何年か前のYZR-M1がベースの、いわば後からのポン付けゆえにあのような形状になっています。
さらに言うと、R9のウイングレットは効果をストリート向けに最適化してあります。欧州の高速道路などで多用される、130〜140km/h程度ならあってもなくても変わらない。そこで体感できるほどダウンフォースを付けてしまうと、強い横風が吹いたりした際に若干不安定になる時があります。で、150km/hを超えてレーシングの速度域に入ってくるとフロントの接地感が増えて安定してくれる…そんなレベルに調整してあります。
兎田:ヘッドライトがダクトの真ん中にあるのは、R1のような場所に置くとウイングレットへの空気の流れを邪魔してしまうから。ヘッドライトはあの位置に置く必然性があるんです。
編集部:空力のために、デザインもすべて理詰めで作られているんですね。
兎田:MT-09用のエンジンはSSとしてはベストではないかもしれませんが、逆にそれ以外の部分はすべて理詰め。どんなバイクよりも妥協してない…と私は理解しています。
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YZF-R9「M」や「SP」は存在しない?
編集部:電子制御がとても充実しているのもR9の特徴ですね。
津谷:トラクションコントロールやウイリー制御、リフトコントロールといった市販車の駆動力制御は、もともとはモトGPのロジックのコピーなんです。当時YZR-M1の制御開発をしていた人間が今は量産車を担当しているので。そのモトGPも今は共通ECU化で制御開発は行えませんが、我々は開発を続けているので、たとえば2024年型MT-09に採用されたバックスリップレギュレーター(滑りやすい路面での減速やシフトダウンの際、後輪のスリップやロックを抑制する)のような新機能もどんどん増えています。
編集部:では、ある意味R1よりも…。
津谷:多機能です。ある意味ではモトGPマシンを上回った内容(笑)。09がこれらを装備しているため、その資産が使えます。ラップタイム計測や走行データが可視化できるアプリ「Y-TRAC」への対応も同様で、もともとは専用のCCSと呼ぶ高価な別ユニットを使いコネクションするものでしたが、09がそれに近しいコネクティビリティ機能を持っているので、じゃあ入れちゃおうよ、と。
編集部:共通プラットフォームの強みが生きている部分ですね。
津谷:本当にそうです。良い資産は使い方次第で魅力を最大化できます。
編集部:R9でもそんな“良い資産”はたくさん生まれたと思いますが、それを活用した上級グレードや派生機種はどうでしょう?
兎田:え〜、お答えするのは難しいですが(笑)、これが今の我々が作ったベストのR9です。ヤマハって原理原則で、SSは飾りを許さない、スタンダードでやるべきことをやり切る。上級仕様を出すのはそれができていないからじゃないの?という社風があります。ということで察していただければと…。
編集部:なるほど。そもそもアフォーダブルも指向する車両で上級仕様というのは、原理原則から外れている気もしますね。では、先日MT-09やトレーサー9で搭載車が発表された、自動クラッチ&変速機構のY-AMTの搭載はどうでしょうか?
津谷:どうでしょうね〜(笑)。
編集部:R9のフレームを見ると、クランクケース上に置かれるY-AMTの補機類は収められそうな…って、これは僕の勝手な解釈ですが(笑)。ちなみにR9のフレームは、能力的にはSSに特化しているわけですよね?
津谷:そうですね。ただ、R1をベースにMT-10を作ったように、このフレームで別のモデルを作ることは不可能ではないと思います。
編集部:おっと、ヤングマシンにそんなことを仰って大丈夫ですか?
津谷:いやいや、これは使わないです。R9専用ですよ(笑)。それと、MT-09のフレームはダイキャスト製法なので生産のリードタイムが短いんですよ。短時間でたくさんの数を作れる。
編集部:溶かしたアルミ材に高圧をかけて、一瞬で金型に打ち込むからですね。
津谷:でもR9のフレームは重力鋳造といって、金型の上からアルミ材を流し込んでいく製法。時間をかけて一個一個のフレームを作るため、台数が多い機種には採用しにくい。能力的には他機種への展開も可能ですが、製造コストを考えるとR9以外には使えないフレームだろうなと。そこは贅沢させてもらっていますね。
編集部:ヤマハさんがこだわりを持っている鋳造など製造面も含めて、さまざまな所からR9をSSとして成立させるための、怨念のようなものを感じますね。
津谷:そうですね。ただ、怨念というのは…(笑)。こだわりとか信念、執念と言い換えていただけたら幸いです。(終)
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