「我々はスーパースポーツを見捨てない」そう豪語するヤマハが放つ、久々の本格的スーパースポーツがYZF-R9だ。ミドル最強のトラックパフォーマンスを謳い、2025年からはYZF-R6に代わって世界スーパースポーツ選手権(WSS)にも参戦する、注目の次世代SS機の開発者にインタビューする機会を得た。前/後編の2回に分け、まずは企画意図や車体について触れていく。
●インタビュー&まとめ:松田大樹 ●写真:箱崎太輔
ステップアップの階段・R7の成功が生んだR9
YZF-R9の開発者・お二人にインタビュー
編集部:まずはYZF-R9(以下R9)の企画経緯や狙いを教えてください。
兎田:他社さんを含めてスーパースポーツ(以下SS)の需要が下がっていますが、ヤマハとしてはこのジャンルを今後も大事にしていきたい。そんな思いから発売したのが2022年のYZF-R7です。YZF-R1まで繋がるヤマハのSS、そこに新たなステップを置きましょう…という考えに基づく車両でした。
このR7は出力は抑え気味とし、ライディングポジションや車体でSSらしい世界観を演出していますが、北米や欧州でよく売れまして、YZF-R6やR1へとステップアップしていくお客様も増えてきたんです。SSにステップを置くという考え方は間違っていなかった。ならばR7より上の、より本格的なものもできるよね…と。
編集部:では、企画当初から本格的なSSを作るつもりだったと。
兎田:はい。でもお客様の声を聞いていると、SSには憧れつつも、ライディングポジションのキツさなどには不安を抱いているんです。ならばそうした部分はちょっとだけ解消してあげよう。軸足は本格的なSSに置きつつも、ツーリングなどでの快適性は少し考慮しよう…と、そんな考え方でR9は作られています。
編集部:YZF-R1は欧州では公道仕様がなくなり、日本も今のままでは2026年末に導入の新規制に通りません。R9にはR1の代替という狙いもあるのでしょうか?
兎田:スペック的に近いのはR6ですし、R1がYZF-Rシリーズの頂点なのは不変です。ただし、公道では性能を使い切れることが楽しさに直結します。そして、それはR1では難しい。公道の楽しさを極大化した機種としては、そうした考え方もあるかもしれません。
編集部:MT-09のエンジンを使うことは当初から決まっていたのですか?
兎田:はい。ただし、09のプラットフォームを使った派生機種は、どの機種も単なるバリエーションとは言えないほど作り込まれています。ありものでOKみたいな作り方は、いい意味でヤマハの開発陣はしてくれない。それはR9でもまったく同様です。
RIDING POSITION
ヤマハのSSにおける「最強」と「最速」の違い
編集部:ツーリングにも使える快適性を残したというR9ですが、その一方で「ミドル最強のトラックパフォーマンス」を謳っています。ヤマハのミドルSSといえばYZF-R6ですが、R9はそれよりもサーキットのラップタイムが速いのでしょうか?
津谷:直接比較はなかなか難しいのですが、本当のエキスパートが走らせればR6の方が速いです。ただし、初心者〜中級までのお客様ならR9の方が速く走れる…と、そんなレベル感を狙っています。
開発当初から、R6の車体にMT-09のエンジンを積めば、R6と同等のタイムで走れることはシミュレーションから判明していました。でも、それだと09よりもガチガチの車体に、R6よりも回らないエンジンが載っているようなバイクになり、ワイドレンジ化することが難しい。なので公道用としては中級レベルのライダーに合わせ込み、エキスパートには今後提供を予定しているレーシングキットパーツでさらなる上の世界を…といった作り方をしています。
編集部:なるほど。ミドル最強トラックパフォーマンスとは、多くの人にとっての最強という意味ですね。
兎田:そうです。パフォーマンスを引き出しやすいという意味合いです。
津谷:最速とは言わずに「最強」なのは、そんな狙いが含まれています。
編集部:多くの人が楽しめるSSを作る。そんな狙いからもこのジャンルを見捨てない気概を感じます。
津谷:R1やR6のカテゴリーをいつまで続けられるのかは正直分かりません。ただしR125/R15/R25/R3/R7/R9に、R6とR1もまだ残っていて、SSでこれほどのラインナップを維持しているメーカーはそうはない。ヤマハはレースの最高峰クラスから撤退したことがない会社ですから、SSに対する思いは強いです。YZF-Rシリーズを見捨てる気はまったくありません。
兎田:“ハンドリングのヤマハ”と言われますが、それが究極の意味で体感できるのはSSしかない。それを止めたらヤマハのアイデンティティも消えてしまいますから。また、これは個人的な意見ですが、先ほどR7のおかげでR9が誕生したとお話ししたとおり、このR9が売れてくれれば…もっと作れるはずです。
編集部:おお、それは楽しみですね!
純血SSマシンに汎用エンジンで勝負する?
編集部:同等の性能を狙うとはいえ、R6はエンジンまで専用設計された、純粋培養SSとも言えるマシンです。対してR9が搭載するMT-09用は幅広い車種に搭載することを前提とする、いわば汎用のエンジン。これでR6と勝負するのは難しくないのですか?
津谷:(深〜くうなずく)
兎田:津谷さんが一番聞いて欲しかったところですね(笑)。
津谷:まったくもっておっしゃる通りです。SSは基本的に車体もエンジンも専用に作られる車両ですが、09のエンジンは多機種に使うことを前提とする、普通のスポーツバイク用。出力では見劣りするし、シリンダーが前傾していてエンジンの前後長が長いため、ホイールベースも長くなってしまう。それを緩和するため、クランク軸とドライブ軸の軸間距離を縮めるためにエンジンの幅も広くて…。
編集部:本当にSSの真逆ですね。
津谷:なので当初は割り切って、09にただカウルを付けて、ハンドルもトップブリッジ上で…みたいな方向を考えたこともあるのですが、それはもうSSではなくなってしまう。09エンジンを使いつつRを名乗れる車両にするには、フレームは新規に起こす必要があると考えました。
それには3つの理由があります。まずはディメンション。09は軽快感を出すためにフロント荷重が少なめですが、R9ではSSらしいフロント荷重を得るため、キャスター角を立てて前輪をエンジンに寄せたい。幸いホイールベースが長くて安定感はあるので、トレールは多少減っても構わない。最終的にキャスター角は09よりも2度以上立てているので、もうフレームは共用できません。
次に剛性です。R6やR1は基本的に剛性の高い車両ですが、R9のフレームの考え方は最新のモトGPマシンに近いもので、剛性を抜くところは抜いています。基本的な剛性の考え方としては、リヤショックの上側マウント〜ロアクロスパイプで形作るループ部分は、リヤサスからの入力を受けとめる部分なのでしっかりと作る。このあたりの幅をギュッと絞り込んだのは足着きもありますが、幅が狭い方がクロスパイプを短くでき、剛性を高く取れるからです。
このループをしっかり作ったうえで、横剛性はその上の部分で、縦剛性はヘッドパイプ付近でと、場所を分けてフレーム剛性をコントロールしています。ある方向に対しては強く、ある方向にはしなるという作り方です。
編集部:なるほど。やや設計の古いR6に対して、最新の剛性理論で立ち向かおうということですね。
津谷:3つ目は、ハンドルをSSらしくトップブリッジ下に付けると、09のフレームだと当たってしまいハンドル切れ角が十分に取れないんです。これらを解決するためにも新しいフレームが必要でした。
さらに車体で細かな話をしますと、スイングアームは基本的に09と同じですが、ドリブンスプロケットを小さくし、出荷時のリヤアクスルの固定位置を約8mm後ろに下げています。
編集部:それはギヤ比の調整ではなく、フロント荷重を増やすために?
津谷:どちらもです。リヤホイールを下げてフロント荷重を稼ぐのと、二次減速をロングに振り、最高速を稼ぎたい意向が合致した。じつはスイングアームも後ろをギリギリまで伸ばすことで、09よりもホイールを下げています。
編集部:後ろというとチェーンアジャスター部のことですか? ここが09とは違う部品になっている?
津谷:そうです。ただしアジャスターに突起を付け、ノーマル状態ではチェーンプラーが一番後ろまで引けないようにしています。でないとリヤサスがストロークした際、後輪がリヤフェンダーに当たってしまうので。でもレースなどで使う際にはフェンダーを外しますので、GYTR(=欧州ヤマハのレース用パーツ)のチェーンプラーを付けることで、リヤホイールをめいっぱい後ろに下げられるようにしています。
編集部:09エンジンでSSを成立させるために、本当にさまざまな手法を使っているんですね。
津谷:はい。なので「MT-09 のエンジンでSSを作れるんですか?」って聞いていただけたのは嬉しかった(笑)。R9で本当に苦労したのはそこなんです。(後編に続く)
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