
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第124回は、マルク・マルケス選手を巡るホルヘ・マルティン選手らの移籍激について。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Red Bull
チャンピオンを獲る、それだけじゃない
前回のコラムで書いたマルク・マルケスに押し出される形で、来季はアプリリアに移籍することになったのが、ホルヘ・マルティンです。ここ1、2年の躍進ぶりを見れば、間違いなく来季はドゥカティ・ファクトリー入りだと思われていましたが、マルケスがファクトリーチーム入りを強く要求したため、「じゃあオレはアプリリアに行くわ」となったわけです。
アプリリアのアレイシ・エスパルガロが今シーズン限りでの引退を表明し、マーベリック・ビニャーレスもGASGAS(KTM)へ移籍。アプリリアにとっては今1番勢いのあるマルティンを獲得することは、非常に大きなメリットです。
近いポジションで争う機会が多い#89ホルヘ・マルティンと#93マルク・マルケス。後方にはスーパールーキーの#31ペドロ・アコスタの姿も。
でも、単純に「チャンピオンを獲る」ということだけが目的だとすれば、アプリリアへの移籍はマルティンにとって得策ではないようにも思えますよね。アプリリアは確かにメーカーのファクトリーチームですが、現時点での戦闘力はまだまだドゥカティに届いていません。
ここ3シーズンのエスパルガロのランキングは、’21年8位、22年4位、’23年6位。上位ではあるけど、トップではありません。今のドゥカティの強さ、そしてKTMの台頭を見ていると、この傾向はすぐには崩せないでしょう。来年いきなりアプリリアがチャンピオン候補になるというのは、考えにくいものがあります。
そうなると、今シーズンもっともチャンピオンに近い男・マルティンがアプリリアに移籍するのは、ますますもったいなく感じますよね。もちろん「マルケスに追い出された」という見方もできますが、僕はマルティンは積極的にアプリリアを選んだように思います。
MotoGPライダーは、誰もがチャンピオンになろうとしています。ほとんど全員が各国の選手権でチャンピオンになったり、Moto3、Moto2でチャンピオンを獲ってきた連中ですから、その野心というか熱意は、全員ものすごいものがあります。
でも、ライダーとしてどう生きるか、どういう道を選ぶかは、人それぞれなんです。前回書いたように、マルケスは今もっともピュアにチャンピオン獲得を求めていて、そのためにすべてを捨てたと言ってもいい。でも、彼がそういう選択をできたのは、彼がすでに得られるだけのものを得ているからです。
125ccクラスで1回、Moto2で1回、そしてMotoGPでは6回と、合計8回も世界タイトルを獲得しているマルケス。報酬、地位、名声、栄光と、彼はもうすべてを得ていますから、はっきり言ってもう何もしなくても生きていけます。そして、少し変な言い方になりますが、すべてを得ているからこそ、チャンピオン獲得に集中できるわけです。
「オレがアプリリアをチャンピオンチームにしてみせる」
マルティンは、そうではありません。彼は26歳とまだ若く、お金だってもっと稼ぎたいはず。プロライダーですから、当然です。プラマックでもそれほどの金額はもらっていなかったでしょうし、来年に関しても、ドゥカティ・ファクトリーよりもアプリリア・ファクトリーの方が契約金は高かったと思います。
チャンピオンを獲れるマシンや体制より、高い契約金を選ぶ。それは自分を高く評価してくれるチームを選ぶということですから、僕は全然アリだと思います。彼にはまだまだ時間も可能性もありますからね。
それに、「オレがアプリリアをチャンピオンチームにしてみせる」という思いもあるでしょう。アプリリアは、マルティンに対して「我々はこういう開発を予定している」「こういう姿勢で取り組む」とプレゼンした。それがマルティンに響き、「よし、それならオレがやってやる!」という気持ちになれたのでしょう。
特にスプリントで速さを見せつけることが多いマルティン。
今の彼は、「オレがアプリリアに行けば勝てるさ」ぐらいに思っているはずです。それぐらいのプライドがなければ、MotoGPライダーなんてやっていられません(笑)。また、チームを自分の味方にしてグイグイ引っ張って行くためにも、プライドは絶対に必要です。
ちなみに、もし僕が今MotoGPライダーだとしたら、マルティンと同じ道を選びます。手堅くチャンピオンを狙えそうなチームより、自分の力でチャンピオンチームに仕立て上げる方が、やりがいを感じますからね。これもレーシングライダーにとってはとても重要な仕事です。チャレンジがうまくいけば、当たり前の体制で勝つよりも自分の評価はさらに上がって、よりよい条件が得られるようになる。こうして次以降につなげていく。
それに、現状のドゥカティは完成度が高くて強すぎる。そういう優れたマシンに乗れば誰でもチャンピオンになれる……わけではありません。いいマシンに乗ってチャンピオンになるのは、それはそれで難しい。でも、「これに乗れ」と完成されたマシンを渡されるより、今は決して良くなくても、自分の好きなように開発するのも楽しいものなんです。それに僕なんかは器用なタイプではなかったので、自分専用に開発されたマシンほどうまく乗れたし、そうでなければ全然ダメでした(笑)。
何に関しても、自分がNo.1でなければイヤなんですよ。究極のエゴイストなんです(笑)。No.1というのは、「表彰台のてっぺん」とか「シーズンを通してのチャンピオン」という意味だけではありません。待遇No.1を求めるライダーもいれば、開発優先順位No.1を求めるライダーもいる。いろいろです。
……こんな話をすると、「ライダーはみんなチャンピオンになりたいはずだ」と思われるかもしれません。もちろん、みんななりたい。MotoGPなんて、「世界でもっともチャンピオンになりたい人々」の集まりです。そして、みんなほとんど同じぐらいの実力を持っているライダーたちで、ある意味ではもう極めてしまっている。その中でさらに頂点を目指すのか、それとも別の生き方を選ぶかは、考え方次第。どれが正解ということはありません。
それぞれの野心がぶつかり合う2024シーズン。モータースポーツの面白さのひとつだ。
前回も書きましたが、マルケスはすでにすべてを手に入れています。その上で彼に残ったのは、「チャンピオンになりたい」という思いだけでした。若いライダーたちは、これからの人生全体を設計しながら、今、自分がもっともほしい「No.1」をめざします。
このあたりの感覚は、トップの中のトップにたどり着いた人にしか分からないものかもしれません。でも、「チャンピオン獲得がすべてではない」と思えば、来シーズンに向けての各ライダーの移籍劇も、よりハッキリと見えてくるものがあるのではないでしょうか。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
今のマルケスは身体能力で勝っているのではなく── 最強マシンを手にしてしまった最強の男、マルク・マルケス。今シーズンのチャンピオン獲得はほぼ間違いなく、あとは「いつ獲るのか」だけが注目されている──と[…]
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
MotoGPライダーが参戦したいと願うレースが真夏の日本にある もうすぐ鈴鹿8耐です。EWCクラスにはホンダ、ヤマハ、そしてBMWの3チームがファクトリー体制で臨みますね。スズキも昨年に引き続き、カー[…]
決勝で100%の走りはしない 前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたこ[…]
最新の関連記事(モトGP)
今のマルケスは身体能力で勝っているのではなく── 最強マシンを手にしてしまった最強の男、マルク・マルケス。今シーズンのチャンピオン獲得はほぼ間違いなく、あとは「いつ獲るのか」だけが注目されている──と[…]
本物のMotoGPパーツに触れ、スペシャリストの話を聞く 「MOTUL日本GPテクニカルパドックトーク」と名付けられるこの企画は、青木宣篤さんがナビゲーターを務め、日本GP開催期間にパドック内で、Mo[…]
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
2ストGPマシン開発を決断、その僅か9ヶ月後にプロトは走り出した! ホンダは1967年に50cc、125cc、250cc、350cc、そして500ccクラスの5クラスでメーカータイトル全制覇の後、FI[…]
タイヤの内圧規定ってなんだ? 今シーズン、MotoGPクラスでたびたび話題になっているタイヤの「内圧規定」。MotoGPをTV観戦しているファンの方なら、この言葉を耳にしたことがあるでしょう。 ときに[…]
人気記事ランキング(全体)
夏のツーリングで役立つ日除け&雨除け機能 KDR-V2は、直射日光によるスマホの温度上昇や画面の明るさ最大時の発熱を軽減するために日陰を作る設計です。雨粒の付着で操作がしにくくなる場面でも、バイザーが[…]
トランザルプってどんなバイク? トランザルプは754cc 2気筒エンジンを搭載したオールラウンダー。何でも1台でこなせる欲張りなマシンなのですが、ただの万能バイクではありません。 軽快でスポーティーな[…]
目論見が大成功、ギネス級の生産台数を誇る初代 フォルクスワーゲンの初代ビートルはご承知の通り、ドイツの「国民車」として第二次大戦中にフェルディナンド・ポルシェ博士が設計したクルマ。 戦後は国内のみなら[…]
通勤エクスプレスには低価格も重要項目! 日常ユースに最適で、通勤/通学やちょっとした買い物、なんならツーリングも使えるのが原付二種(51~125cc)スクーター。AT小型限定普通二輪免許で運転できる気[…]
400ccのDR-Zが帰ってきた! モトクロス競技の主導権を4ストロークが握り始めて間もない2000年、公道市販車として産声を上げたのは水冷398cc単気筒を搭載するハイスペックなデュアルパーパスモデ[…]
最新の投稿記事(全体)
“乗りたいマシン”を具現化したコンセプト BRIXTONのブランドコンセプトは、レトロモダンなモーターサイクルを、ただ懐古主義的ではなく現代のユーザーニーズに合わせてモダナイズし、美しい仕上がりと信頼[…]
BIG-1が培った価値はホンダのヘリテイジになる ’91年の東京モーターショーに忽然と姿を現したCB1000スーパーフォア。現在のようにネットやSNSもない時代で、事前情報などは一切なく、まさに突然の[…]
前代未聞の動力性能でビッグバイク市場を制覇 「こんなデカいオートバイに、誰が乗るんだ?」ホンダの創業者である本田宗一郎は、開発中のCB750フォアを初めて見たとき、そう語ったと言われている。実際、当時[…]
カラーオーダープランにはじまり車体をツートンに塗り分けるまでに! ホンダは1991年、250ccの4気筒カムギヤトレイン、CBR250FOURやCBR250RをベースとしたJADEを投入した。 JAD[…]
左右で違うイラストが楽しめる! ホンダは、サンリオの人気キャラクター「クロミ」ちゃんのかわいらしいデザインを施したモンキー125用の純正アクセサリー「“Honda × Kuromi” モンキー125用[…]
- 1
- 2