
「この男の戦う姿を撮ってみたい」。ヤングマシンを含む二輪メディアを中心に活躍中のフォトグラファー真弓悟史。バイクから人物写真まで数々の印象的な作品を撮り下ろしてきた彼が、今年は全日本ロードレース・JSB1000クラスに挑む長島哲太選手を追いかけたいのだという。プロに仕事とは無関係にレンズを向けたいと感じさせたその魅力に、渾身の写真と文章で迫る。
●文と写真:真弓悟史
3年でダンロップを勝てるタイヤに
「自分のライダー人生をかけてやっていこうと思います」
鈴鹿8耐を2連覇した男が、全日本ロードレースJSB1000クラスに今年フル参戦する。
しかし、そのチーム体制はワークスチームではなくプライベーター。そして近年このクラスでは劣勢に立たされていたダンロップタイヤの開発を兼ねての参戦だ。
「最初にこのオファーをいただいた時は、正直驚きましたよ(笑)。そして“ダンロップで大丈夫なの?”と、たくさんの人から言われました」。しかし彼はこのオファーを受け入れた。「藤沢さんから誘っていただいたというのが一番の理由です。藤沢さんからでなければ、やっていませんでした」
この藤沢氏とは今年、長島選手が参戦する「ダンロップレーシングチーム・ウィズ・ヤハギ」のチーム監督・藤沢裕一氏のこと。彼が全日本ロードレースにデビューした時の監督でもあり、長島選手が全幅の信頼を寄せる人物だ。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
そして、もうひとつは3年計画でダンロップタイヤを勝てるタイヤに開発し、チャンピオンを目指すという、このプロジェクトに大きな魅力を感じたからだ。
「このキット車にブリヂストンタイヤを履けば、ファクトリー勢といい勝負もできると思います。でも、それじゃあ普通じゃないですか。今回のプロジェクトではただレースに参戦するだけじゃなくて、自分達で勝てるタイヤを作り上げていく面白みがあります。やりがいがありますよね」
開幕前は、このプロジェクトを疑問視する声も多くあった。しかし長島哲太+ダンロップタイヤは、3月9日〜10日に行われたJSB1000の開幕戦、鈴鹿でポールポジションを獲得し、レースでも一時トップを走行して4位を獲得する。いきなり強烈なインパクトを残し、まわりの風向きも一変させた。
そして、あれから一か月。モビリティリゾートもてぎでの第二戦を迎えた。長島哲太はこのレースをどう戦ったのか。
腕上がりするほど辛くても、今は電子制御を外す
開幕戦の走りからは表彰台や優勝を期待してしまうが、本人はこのレースの苦戦を予想していた。
「開幕戦は正直、かなり低い気温がダンロップタイヤに味方をしていた部分が多いにあったんです。さらに鈴鹿は8耐やテストでも走り込んでいたので、ここを変えればこうなるという事を明確に伝えられました。ブレーキングポイントなども分かっていたので、ポンっとタイムを出せたんです」
「でも、もてぎをJSB1000のバイクで走るのはレース直前の事前テストが初めてでしたし、レイアウトがストップ&ゴーのコースなので、鈴鹿のようにアクセルワークでコーナリングスピードを乗せて行くなど、人間のテクニックでできることが少ないんです」
そして、この不安要素に拍車をかけるように木曜日の走行では転倒を喫してしまう。また翌日はマシントラブルで満足に走行を重ねられず、プログラムを順調に消化することができない。
さらにフィジカル面にもトラブルが出てしまう。“腕上がり”の症状だ。激しいブレーキングなどで腕に強い負荷をかけ続けたことによって、激しい痛みと手に力が入らなくなるレーシングライダーの職業病である。
「ファクトリーマシンで腕上がりになったことはありませんでした。今乗っているマシンはそれだけ、人間のやることや負荷が大きいってことなんです。電子制御をどんどん外して行く方向でやっているので」
「ファクトリーマシンの場合、ある意味アクセルはスイッチみたいなもので、開ければ(トラクションコントロールなどの)電子制御が自動的に合わせ込んでくれるんです。でも今はキット車ということと、タイヤも毎回違うので、制御をうまく合わせ込むことが難しい。だったら人間がバイクに合わせてスロットルコントロールした方が、今はレベルの高い走りができるんです。その方がタイムも速い」
今回の腕上がりの症状は電子制御をカットして、人間の負担を増やした結果だったのだ。激痛とブレーキング時に力が入らない腕に苦しみながらも長島選手には、今の方向性をまったく変えるつもりはないようだ。
「めちゃくちゃ辛いですよ。だから腕上がりもするけど、でも速いのと辛いのと、どっちがいいかと言ったら速い方がイイに決まってるじゃないですか」とサラリと答える。
あえて攻めた順位に関係ない“魅せる”レース
第二戦の予選は6位。このもてぎラウンドは4月13日の土曜日にレース1、翌日の日曜日にレース2と、2度の決勝レースが行われる。
土曜日の決勝レース1、長島選手は1周目の5コーナー進入でヤマハファクトリーの中須賀選手を抜き4位に浮上すると、トップグループの1台を形成する。しかし2周目に抜き返され5位になると、その後は上位4台には付いて行けない。コーナーではタイヤがスライドし、ゆらゆらとマシンが暴れている。15周のレースの残り3周でスズキを駆る津田拓也選手にかわされ6位に落ちると、もう腕にもタイヤにも余力はなかった。
レース後の表彰式が行われている時間、長島選手のピットではレーシングスーツの上半身を脱ぎ、腕の治療を受けている姿があった。スタッフにインプレッションを伝えながら笑顔は見せているが、やはり痛みで表情がゆがむ。
明日の決勝レース2は、レース1より5周も多い20周だ。MotoGPライダーでもブレーキングができなくなり、リタイヤしてしまうほどの腕上がりと言う症状。明日のレースを無事に完走できるのか? そもそも出走できるのか? 今の姿を見ていると不安を感じてしまう。
そして日曜日。朝のウォームアップ走行を8番手で終える。トレーナーの治療の甲斐もあり、とりあえず大丈夫そうだ。そしていよいよ20周の決勝レース2が始まる(この日は一度スタートするも赤旗で中断となり、再度20周の決勝レースが行われた)。
スタート前のサイティングラップで、黄色いバイクは積極的に先頭に出て隊列を引っ張る。遠く離れたコースサイドにいても、このレースに対する長島選手の気持ちがこちらにも伝わってくる。
そして昨日と同じ6番グリッドから、決勝レース2のスタートが切られた。1周目の3コーナー進入で津田選手を抜いて4番手に上がると、5コーナーではホンダの野佐根選手をかわし3位まで浮上する。
「やっぱり興味を持たれないのが一番辛いですよね。今の状況だったら(結果が出なくても)『仕方がないよね』って言ってもらえるかもしれないですけど、最初から下位に沈んでいたらみんなの興味が薄れていってしまうと思うんですよ。だから1周目に、あれだけ行ったんです。やっぱり盛り上がるじゃないですか!」
しかし、その後ライバルにかわされた長島選手は、単独走行の6位でチェッカーを受けた。
世界で学んだ「走るだけが仕事じゃない」
「正直あそこで行っても行かなくても、最終的な順位は変わらなかったと思いますよ (笑)。でも、レースの過程がずっと6位なのと、一瞬でも前に出て6位なのとでは、みんなに残る印象が違いますよね。あそこで『まぁいいや』と思って引いちゃったらだめですよ。あそこで行くのが“長島哲太でしょ!”って」
「僕がヨーロッパや世界で経験したのは、チームやまわりの雰囲気を作って行くのって、やっぱりライダーなんですよ。メカニックやスポンサーさん、すべての人たちにやりがいを感じてもらう。“このプロジェクトに携われて良かった!”と思ってもらう。そうしないと、みんなが付いてこなくなるんです」
「最初はいいんですよ。でも段々と慣れが出て新鮮さが薄れてきた時に、ライダーがつまらなさそうだとメカニックもつまんない雰囲気になって、チームが上手く回って行かなくなります。逆にライダーが注目を浴びていたり、めちゃくちゃ頑張ってる姿を見せたりすると、メカニックも“シャキッ”っとなるんです」
「でも、自分は無理してやっているわけではなく、一緒に楽しんでいます。楽しいからこの仕事をやっていますし、バイクに乗るのがただただ楽しいんです。それに、こんなに多くの人たちがバイクを作って、タイヤを作って、お金も集めてくれて、それでレースができる。沢山のファンが応援してくれて、勝てばみんなで嬉しいし、負ければみんなで悔しい。普通に生活していては味わえない、やりがいのある仕事ですよね」
SUGOではポールを獲りに行く
今回の第二戦、結果だけを見れば予選6位/レース1:6位、レース2:6位と、開幕戦ほどのインパクトを残すことはできなかったかもしれない。しかし、長島選手本人もチームスタッフもレース後の表情は明るかった。
「レース1は自分のフィジカル的に厳しかったし、タイヤも厳しかったんですけど、それをふまえて走ったレース2はタイムを落とさずに最後まで走れて、ラスト2周でベストタイムも出せました。前半と後半ではだいぶ走り方も変えて、タイヤの使い方もさらに理解できたし『こういう走りをすればいいんだ』というモノをレース後半で掴めたんです」
「鈴鹿の時は“行けるだけ行ってやろう”で、中盤以降は何もできなかった。でも、もてぎはプラスαで踏ん張り切れました。トップとのタイム差は鈴鹿に比べれば大きいかもしれませんが、内容としてはすごくポジティブなんです。確実に一歩一歩前進しています」
今回悩まされた腕上がりは6月に手術を行う予定だ。しかしその前、5月26日にJSB1000の第三戦がスポーツランドSUGOで開催される。
「すべてにおいて今より“上”を目指します。順位もそうですけど、トップとの差というのがすごく大事ですね。SUGOでは間違いなくポールポジションを狙って行きます」
現状、まだまだトップグループとの差は大きい。しかし決して無理とは思わせない力強さを長島哲太は全身から放ち続けている。SUGOではどのような走りを見せるのか。表彰台に上がるのいつか。そして優勝する日は…。チャレンジは、まだ始まったばかりだ。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
【真弓 悟史 Satoshi Mayumi】1976 年三重県生まれ。鈴鹿サーキットの近くに住んでいたことから中学時代からレースに興味を持ち、自転車で通いながらレース写真を撮り始める。初カメラは『写ルンです・望遠』。フェンスに張り付き F1 を夢中で撮ったが、現像してみると道しか写っていなかった。 名古屋ビジュアルアーツ写真学科卒業。その後アルバイトでフィルム代などの費用を作り、レースの時はクルマで寝泊まりしながら全日本ロードレース選手権を2年間撮り続ける。撮りためた写真を雑誌社に持ち込み、 1999 年よりフリーのフォトグラファーに。現在はバイクや車の雑誌・WEBメディアを中心に活動。レースなど動きのある写真はもちろん、インタビュー撮影からファッションページまで幅広く撮影する。
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