
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第113回は、バレンシアGPのスプリントレースを目前に……!
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Michelin
インドネシアGPでのマルティンのミスから流れが変わった
話題盛りだくさんのMotoGPもいよいよ最終戦を迎えようとしています。それぞれの話題については最終戦が終わった後にゆっくり振り返るとして、今回はチャンピオン決定戦直前ということで、ここ数戦のフランチェスコ・バニャイアとホルヘ・マルティンの戦いぶりを振り返りたいと思います。
インドネシアGPの決勝は、勢いに乗っていたマルティンにとって、足元をすくわれるようなレースになりました。マルティンは予選からいい流れに乗っていて、決勝も「いける」と思っていたはず。ですが、バニャイアの猛追にプレッシャーがかかったのか、ミスにつながってしまいました。
10月15日のインドネシアGP決勝では序盤にトップへ飛び出し、後続を突き放す快走を見せる中で転倒を喫してしまったマルティン選手。
逆に、バニャイアは予選からもうひとつでしたが、決勝に向けては大きくセットアップを変えたようで、よくもまあ優勝まで持ち込んだものです。チャンピオンシップを争う中では、流れが変わった非常に大きなレースになりました。
システマチックになった今でもやはり、決勝に臨んでイチかバチかでセットアップの方向性を変えることはあると思います。「うまく行かなくても、予選順位ぐらいはキープできるだろう」という考え方ですよね。もちろん多少はギャンブル要素も出てきますが、何もしないよりはマシ。実際にバニャイアは大当たりしたわけですから、賭けた価値があったのだと思います。
『負けられない』と思ってしまう重圧がどう影響する?
だからと言って、これでまたバニャイアに流れが向く、とも言い切れないのがレースの難しいところです。マルティンもインドネシアGPではミスを犯してしまいましたが、やはり勢いと速さはピカイチ。十分にひっくり返せる力を持っています。
そして、失うものが何もないのもマルティンの強み。逆にバニャイアには2年連続チャンピオンという重圧がのしかかっていますから、大変です。これは僕も実体験していることですが、’93年にグランプリ参戦初年度にチャンピオンを獲った時は、ほとんど無欲でした。そもそも最初のうちは錚々たるメンバーの中に入って、自分が勝てるとも思っていませんでした。
前戦までに416ポイントを稼ぎ、ランキング2位でバレンシアGPに臨むホルヘ・マルティン選手。
前戦でギャップを拡げることに成功したフッランチェスコ・バニャイア選手は437ポイント。21ポイント差をつけて臨む。
その無欲さが、チャンピオンにつながったのかもしれません。逆にゼッケン1番を付けた’94年は、どうしても気負いというものがあって、空回りしてしまった部分はあったと思います。自分の力だけではどうにもならないのがレースというものですが、自分の力の影響はやはり大きい。勝つために欲は必要ですが、欲に負けてしまうのもよくないんです。
今になって思えば、「オレはチャンピオンを獲った。だからもう負けられないんだ」と、自分自身に大きな重圧を背負わせていたように思います。そういうプライドはもちろん戦ううえで必要なものですが、大きすぎてもいけない。そのバランスが本当に難しいんです。
結果的に僕は1回しかチャンピオンを獲れなかったので、そういう自分自身のマネージメントがうまく行かなかったのかもしれません。2度目以降のチャンピオン獲得のチャンスがありながらもそれを逃してしまったのは、運やメカニカルトラブルを含めていろんな要素が重なり合ってしまったのも確かですが、やはり自分の問題も大きかったように思います。
ファンとしては最終戦まで緊張感を楽しめる!
バニャイアは今、「勝たなければならない」という強い思いを持って最終戦に臨んでいるでしょう。それがプラスになれば流れを引き寄せて2年連続チャンピオンを獲得できるでしょうし、マイナスになれば逆にマルティンにつけいるスキを与えてしまう。本当に難しい戦いになると思います。
バニャイアはときおり強い自信を覗かせ、完全にレースをコントロールして見せています。シーズン終盤に入ってから本調子ではなく、いろいろな要因から特にレースウィークの出足が鈍いのが気になるところですが、苦戦しながらでも決勝に照準を合わせてくるのはさすがですね。
一方のマルティンは勢いに乗りまくっているうえ、ミスから学習して次戦に生かす術も身に付けました。これを強みにして、ポイントの取りこぼしを減らし、バニャイアの背中を脅かしています。
メンタル的には強さがあり、ライバルの動向や言動にあまり左右されないバニャイアですが、さすがにマルティンの猛追は無視できない様子。20戦もあるレースで最終戦までチャンピオン争いがもつれ込むなんて、いちファンとしてはたまらないものがありますが、やっている側は本当に大変でしょうね……。手に汗を握りながら、最終戦を見守りたいと思います。
バレンシアGPのプラクティス中にはこんな場面も。結果は予選2位のバニャイア、6位スタートとなったマルティン。スプリントレース~決勝の行方は……。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
MotoGPライダーが参戦したいと願うレースが真夏の日本にある もうすぐ鈴鹿8耐です。EWCクラスにはホンダ、ヤマハ、そしてBMWの3チームがファクトリー体制で臨みますね。スズキも昨年に引き続き、カー[…]
決勝で100%の走りはしない 前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたこ[…]
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない 第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか[…]
ヨーロッパラウンドで欧州勢が本調子に MotoGP第8戦イギリスGPが行われた週末は、「モータースポーツ・ウィークエンド」で、なんだか忙しい日々でした(笑)。まずはMotoGPですが、娘がモータースポ[…]
最新の関連記事(モトGP)
2ストGPマシン開発を決断、その僅か9ヶ月後にプロトは走り出した! ホンダは1967年に50cc、125cc、250cc、350cc、そして500ccクラスの5クラスでメーカータイトル全制覇の後、FI[…]
タイヤの内圧規定ってなんだ? 今シーズン、MotoGPクラスでたびたび話題になっているタイヤの「内圧規定」。MotoGPをTV観戦しているファンの方なら、この言葉を耳にしたことがあるでしょう。 ときに[…]
2009年に移籍したのに「GP8」にも乗っていた?! 2003年にホンダからモトGPにデビューしたニッキーでしたが、2009年にはドゥカティ・コルセへと移籍。2007年にケイシー・ストーナーがデスモセ[…]
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
MotoGPライダーが参戦したいと願うレースが真夏の日本にある もうすぐ鈴鹿8耐です。EWCクラスにはホンダ、ヤマハ、そしてBMWの3チームがファクトリー体制で臨みますね。スズキも昨年に引き続き、カー[…]
人気記事ランキング(全体)
新たな時代の「角Z」:スタイルと操案の狭間で揺れたZ1-Rの人気 Z1からZ1000までリファインを重ねて完成度を高めた“丸Z”だが、1970年代後半にはスズキのGS750/1000のようなライバル車[…]
取り付けから録画までスマートすぎるドライブレコーダー ドライブレコーダーを取り付ける際、ネックになるのが電源確保のための配線作業だ。バイクへの取り付けともなると、専門知識や工具、あるいは高めの工賃が必[…]
2ストGPマシン開発を決断、その僅か9ヶ月後にプロトは走り出した! ホンダは1967年に50cc、125cc、250cc、350cc、そして500ccクラスの5クラスでメーカータイトル全制覇の後、FI[…]
3つの冷却プレートで最大-25℃を実現 2025年最新モデルの「ペルチェベスト」は、半導体冷却システムを採用し、背中に冷たい缶ジュースを当てたような感覚をわずか1秒で体感できる画期的なウェアです。小型[…]
フレームまで変わるモデルチェンジ、かつリヤキャリアを新装備してたったの+6600円 スズキは、グローバルで先行発表されていた新型「アドレス125」の国内導入を正式発表。基本スタイリングは継承しながら、[…]
最新の投稿記事(全体)
日本では400だが、グローバルでは500(451ccエンジン)のエリミネーター 欧州でエリミネーター500/SEに新色が登場した。日本仕様でプラザエディションとしてラインナップされる『メタリックインペ[…]
仕事を通じてわかった、足を保護すること、足で確実に操作すること 今回は、乗車ブーツの話をします。バイクに乗る上で、重要な装備の一つとなるのが乗車ブーツです。バイクの装備といえばヘルメットやジャケット、[…]
3色すべてホイールカラーも異なる カワサキは欧州でZ650RSのニューカラーを発表。カラーバリエーションの全てが新色に置き換わり、黒ボディにレッドストライプ&レッドホイールのエボニー、メタリックブルー[…]
欧州仕様に準じた仕様でKYB製フロントフォーク、ウイングレット、ブレンボキャリパーなどを採用するR1 2026年シーズンをヤマハ車で戦うライダーに向け、サーキット走行専用モデルの新型「YZF-R1 レ[…]
メーカー自体が存在しない絶版車のメンテやレストアは難しい 日本のバイクメーカーは今でこそ4社に集約されていますが、1950年代には大小含めて数十社のメーカーが林立していました。第二次世界大戦で疲弊した[…]
- 1
- 2