2022 Honda RC213V
ドンと分かりやすい大きな技術的なトピックスから、傍観者には見えにくいミクロなステップへの転換。先鋭化した技術が分かりにくくなるのは、モトGPに限らず、成熟した技術カテゴリーの宿命と言える。
しかし、ミクロなステップだからといって、その意義もミクロになるわけではない。桒田が言う。
「重箱の隅をつつくような開発は、技術的にも非常に重要だと考えています。ビッグステップで脚光を浴びることも大切ですが、重箱の隅をつつくような微細さの中にも、超えるべき限界があるんです」
あくまでも例えだが、50kgのエンジンを49kgにしたところで、傍目にはその差はほとんど分からないだろう。しかしエンジニアリングからすれば、既存の常識に囚われていては成し遂げられない大ごと、という理解になる。
1kgもの軽量化は、素材、形状、製法など、ありとあらゆる角度から検討し、常識を打ち破りながら越えていかなければならない高い壁だ。
これと同じことが、モトGPマシンの全面で起こっている。もはや壁だらけ、と言ってもいいほどだ。
ここで非常にやっかいになるのが、「常識」だ。メーカーが長い時間をかけて蓄積した技術的ノウハウ──メーカーそれぞれの常識──は、貴重なリファレンスになると同時に、重い足かせにもなる。
人の歩き方にはクセがある。今や生体認証技術にまで応用されている、固有のクセ。人は、自分の歩き方でしか歩くことができず、変えることはほとんど不可能だ。
人の集合体であるメーカーにも、同じことが言える。スズキにはスズキの、ヤマハにはヤマハの、そしてホンダにはホンダの伝統的な「やり方」があり、それは強固な基盤となっている。
殊にヤマハやホンダは、グランプリで強かった時代を経験している。勝利の甘美な記憶は強くメーカーに根を張り、常識という名で隅々まではびこる。
しかも、グランプリマシンはプロトタイプとして各メーカーがアップデートを繰り返しながら熟成させてきたものだ。完全にリセットすることは、人が生まれ直すのと同じレベルで、まったく不可能な行為、ということになる。「常識を打ち破れ」と言うのは簡単だが、実行するのは並大抵のことではない。
ホンダがもがき苦しんでいるのは、まさにここだ。
「’22年型では、今までの殻を壊しました」とRC213V開発責任者の山口が言えば、「壊し過ぎちゃったんだよね」と桒田が苦笑いする。
自分たちの常識を覆すために、ビッグステップを踏んだマシン開発を行った。傍目には分からないまでも、極めて大きな変化が起きている。
その結果、マシンを運用するために自分たちが積み重ねてきたノウハウ自体が、通用しない部分が出てきた。あるいは、今までとは逆の考え方をする必要も。
何が通用するのか、何が通用しないのか。自分たちが造ったマシンの使いこなしがままならない中で、空力パーツや車高調整機構といった他メーカー由来のトピックスも追いかけなければならない。
これが桒田の言う「迷走」の内訳だ。自分たちの常識を壊すべく、重箱そのものを大きく変化させたがゆえの、生みの苦しみである。
’23年2月のマレーシアテストの現場で、桒田は「いろいろな影響や、行き過ぎや、不足が多々噴き出している。それがまだ止まっていない感じです」と振り絞るように言った。胎動とは、かくも苦しいものなのだ。
※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
あなたにおすすめの関連記事
今年はシーズン前テストから快調なバニャイア ポルトガル・ポルティマオサーキットでのMotoGP公式テストが行われました。これで開幕前のテストは終了。昨年末のバレンシア、今年2月のマレーシア、そして今回[…]
いいかい? バイクには慣性モーメントが働くんだ 矢継ぎ早に放たれるフレディ・スペンサーの言葉が、 ライディングの真実を語ろうとする熱意によって華やかに彩られる。 めまぐるしく変わる表情。ノートいっぱい[…]
僕のおばあちゃんでも乗れるよ(笑) シニカルな笑顔を浮かべながら、決して多くはない言葉を放り投げてくる。 偽りのない率直な言葉は柔らかい放物線を描き、心の奥まで染み渡る。 かつて4度世界王者になったエ[…]
すごく簡単だったよ、ダートでの走行に比べればね 恐るべき精神力の持ち主。度重なる大ケガから不死鳥のように復活し、強力なライバルがひしめく中、5連覇の偉業を成し遂げた。タフな男の言葉は、意外なほど平易だ[…]
ひとたびこの乗り物を愛し、ライディングを愛してしまったら、もう戻れない この男が「キング」と称されるのは、世界GPで3連覇を達成したからではない。 ロードレースに革新的なライディングスタイルを持ち込ん[…]
最新の関連記事(モトGP)
地元ライダーの大活躍で盛り上がったフランスGP MotoGPは第6戦フランスGP、第7戦イギリスGPを終えています。フランスGPはめちゃくちゃお客さんが入っていましたね! ヨーロッパに住んでいる僕の感[…]
ベストソーシャルメディアアクティベーション賞を獲得したSNS投稿 まず体制発表会の前にピンクフロイドの『狂気』からインスパイアされたジャケットをアップ。『狂気』の原題、“THE DARK SIDE O[…]
MotoGPライダー使用率No.1は大谷翔平ともコラボしたあのメーカー 新緑が眩しい5月から6月にかけては1年でもっとも過ごしやすい季節だといわれますが、実はこの時期、晴天時の紫外線の強さは真夏とほと[…]
※写真はMotoAmerica Mission King of the Baggers ハーレーダビッドソン「ロードグライド」のワンメイクレース! ツーリング装備をサイドバッグに絞った仕様の“バガー”[…]
全日本、そしてMotoGPライダーとの違いとは 前回は鈴鹿8耐のお話をしましたが、先日、鈴鹿サーキットで行われた鈴鹿サンデーロードレース第1戦に顔を出してきました。このレースは、鈴鹿8耐の参戦権を懸け[…]
最新の関連記事(レース)
予選はCBR1000RR-RとCBR600RRがトップタイムだったが…… 今年のマン島は、予選ウィークがはじまった5月26日から雨が降らない日が一日もない、悪天候に見舞われた。そのため予選はことごとく[…]
1971年の東京モーターショーに突如出現した750cc2スト並列4気筒、YZR500の4気筒マシン・デビュー2年前! いまでもファンの間で幻のドリームマシンとして語り継がれるヤマハGL750。その衝撃[…]
地元ライダーの大活躍で盛り上がったフランスGP MotoGPは第6戦フランスGP、第7戦イギリスGPを終えています。フランスGPはめちゃくちゃお客さんが入っていましたね! ヨーロッパに住んでいる僕の感[…]
※写真はMotoAmerica Mission King of the Baggers ハーレーダビッドソン「ロードグライド」のワンメイクレース! ツーリング装備をサイドバッグに絞った仕様の“バガー”[…]
実は”ホンダエンジン”時代からの愛車だった マンセルがF1のパドックで乗っていたのは、ホンダのダックス70(CT70)でした。1988年モデルとも、1987モデルとも言われていますが、いずれにしろ当時[…]
人気記事ランキング(全体)
ガチの原付二種ライバルを徹底比較! 原付二種と呼ばれる、50cc超~125cc以下のバイクはユーザーメリットが多い。任意保険は4輪車などに付帯させるファミリーバイク特約が使えるし、自動車税も90cc以[…]
660ccの3気筒エンジンを搭載するトライアンフ「デイトナ660」 イギリスのバイクメーカー・トライアンフから新型車「デイトナ660」が発表された際、クルマ好きの中でも話題となったことをご存知でしょう[…]
[1996] ゼファーχ(ZR400-G1):4バルブ化でパワーアップ 1996年3月20日発売 ネイキッド人気でしのぎを削るライバル車に対抗し、カワサキの空冷4気筒で初の4バルブとなるχ(カイ)が登[…]
情熱は昔も今も変わらず 「土日ともなると、ヘルメットとその周辺パーツだけで1日の売り上げが200万円、それに加えて革ツナギやグローブ、ブーツなどの用品関係だけで1日に500万円とか600万円とかの売り[…]
1万4000人が詰めかけたブルスカ2025 山下ふ頭の特設会場は横浜ベイブリッジを臨む広大なもので、世界限定 1990台限りのアイコン コレクション「ファットボーイ グレイゴースト」のお披露目をはじめ[…]
最新の投稿記事(全体)
「もっとバイクを楽しんでほしい」 そう語るのはハーレーダビッドソン高崎の武井代表。ハーレーはどちらかと言えばツーリング指向の強いモデルが多い。しかし、そのエンジンは今や2000ccに迫る勢いで年を重ね[…]
予選はCBR1000RR-RとCBR600RRがトップタイムだったが…… 今年のマン島は、予選ウィークがはじまった5月26日から雨が降らない日が一日もない、悪天候に見舞われた。そのため予選はことごとく[…]
チェーンメンテナンスって難しそう 日常的なバイクメンテナンスの代表格といえば洗車ですが、その次に作業頻度が高いと思われるのは「チェーンメンテナンス」 チェーンメンテナンスの工程は大きく分けて以下の3つ[…]
論より証拠! 試して実感、その効果!! カーシャンプーやワックスをはじめ、さまざまなカー用品を手がける老舗ブランド・シュアラスター。そのガソリン添加剤シリーズ「LOOP」のフラッグシップモデルが、この[…]
低音域で重厚感のあるサウンドを実現 軽快なスポーツライディングと都会的なデザインが融合したX-ADVに、IKAZUCHIの存在感とパフォーマンスをプラス。 純正のマフラーは車体に溶け込むような控えめな[…]