イケそうな時は、テストでも「おっ」と思わせる何かがある

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.98「二輪レース好きは、マシンよりもライダーを応援したい人の方が多いのでは?」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第98回は、について。


TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: DUCATI, MICHELIN

ミシュラン パワーGP2

ドゥカティのジジ・ダッリーニャはライダーの意見を分け隔てなく聞く

マレーシア・セパンサーキットでモトGP公式テストが行われましたね。いよいよ’23シーズンのキックオフという感じで、いちレースファンとしてワクワクします。

注目ポイントはいくつもありましたが、3日間のテスト結果を見た感じでは、今年もドゥカティ、アプリリアのヨーロッパ勢が強そうです。ホンダからドゥカティに移籍したアレックス・マルケスなんか、伸び伸びとしていますよね。「ドゥカティはライダーのコメントにすごくよく耳を傾けてくれるんだ」と言っていましたが、「ああ、ジジらしいなあ」と思いました。

現在ドゥカティのゼネラルマネージャー、ジジ・ダッリーリャは、僕がアプリリアにいた時のチームマネージャーでした。今も仲良くしていて、僕に「ドゥカティのモトGPマシンに乗ってみてくれないか?」なんて聞いてくるんです。20年前に引退した僕に、「テツヤがウチのマシンについて何て言うか興味がある。参考にしたいんだ」と、真顔なんですよ?(笑)

それぐらいライダーのコメントを大事にするジジだから、今、ドゥカティが抱えているファクトリーチームのライダー2人、サテライトチームのライダー6人それぞれの意見を、分け隔てなくちゃんと聞いているんでしょう。

僕もアプリリアのファクトリーライダー時代、テストの時にジジから「サテライトチームのライダーが『いい』と言ってるから、アルミスイングアームを試してみてほしい」と頼まれたことがあります。その当時、ファクトリーはカーボンスイングアームだったんです。

テストの結果、「やっぱりカーボンスイングアームの方がカッチリしていてしっかり前に進むよね」ということになったんですが、いろんなライダーの意見を採り入れようとするジジの姿勢がよく分かった出来事でした。そういうジジだからこそ、今のドゥカティのマシンは誰が乗っても速いんだと思います。

2023年はゼッケン1を付けて走ることになるバニャイア。

ドゥカティのファクトリーライダーであるフランチェスコ・バニャイアは、非常にスムーズに走っていました。特にブレーキングは無駄がなく、マシンも極端に暴れることがないので、一見速そうには見えません。でも、タイムを見ると速い。これはマシンセッティングが早くもいいまとまりを見せていることと、彼の乗り方も大きく影響しています。

豪快にマシンを暴れさせるブレーキングは、とても速そうに見えます。でも実際は、十分な減速ができていません。一方バニャイアのブレーキングはあまり姿勢が乱れず、減速度合いがかなり高い。これはマシンセッティングと彼が前後ブレーキを使うタイミングがうまくバランスしているからだと思います。

何年だったか、VR46ランチでのオフロード100km耐久レースを観ていたら、バレンティーノ・ロッシの異父弟、ルカ・マリーニがコーナー進入で思いっ切りマシンを滑らせていたのに対して、バニャイアの走りは地味……。決して速くは見えませんでした。バニャイアは、滑りやすい路面で滑らせない走りを練習していたんだと思います。無駄にカウンターステアを当てるのではなく、ゼロカウンターの走りをしていました。

実は後輪をスライドさせるのは、そう難しいことではありません。特にダートのような低μ路では簡単。皆さんも自転車で未舗装路を走り、後輪ブレーキだけをかけてリヤを思いっ切り滑らせる「ドリフトごっこ」をしたことがあると思います。バイクも、スピードや重さは自転車とは比べものになりませんが、理屈は同じようなもの。意外とできてしまうものなんです。

後輪スライドのハデさやダートの走りを追求するのではなく、あくまでもモトGPでの効率のよい走りを得るための練習を淡々とこなしていたバニャイア。リヤを出さずにしっかりと減速させようとしている姿が印象的でした。

こういうことの積み重ねが、モトGPではちょっとしたタイム差につながります。そして今のモトGPは、どんなちょっとの差も見逃せない。去年、バニャイアがチャンピオンになったのも分かる気がしますし、マレーシアテストでの効率よいハードブレーキングを見ても、今年も強そうだなと感じました。

日本メーカーも空力の進歩が必要?

最新モトGPマシンを見ると、いろいろな空力パーツがテンコ盛り、あんなにたくさん突起物があると、もはやバイクというよりモンスターですよね。余計な突起物をできるだけなくして衝撃を分散させる「かわす性能」を重視しているアライヘルメットに怒られそうです(笑)。

僕は空力パーツが搭載された最近のモトGPマシンには乗ったことがないので何とも言えませんが、これだけ各メーカーが力を入れているということは、かなりの効果があるのでしょう。

こうなってくると、空力では1歩も2歩も先に進んでいる四輪の世界が身近にある欧州メーカーは、ますます有利です。ドゥカティはフォルクスワーゲン傘下、アプリリアにはフェラーリ出身のエンジニアがいて、KTMはレッドブルとのつながりが深い……。四輪から空力テクノロジーを得やすい環境が揃っています。

今季よりホンダへ移籍したアレックス・リンスの走り。

日本メーカーも、ホンダはF1をやっているし、何しろ四輪も造っているメーカーだし、HRCが二輪四輪両方を運営するようになったこともあり、今後は空力が躍進する可能性があります。競争でライバルを出し抜くためには、ヤマハも自社開発にこだわらず、うまく四輪メーカーと提携しながら前進する必要があるでしょうね。

ドゥカティやアプリリアには僕の現役時代の友人やスタッフたちがいるので、頑張ってほしい気持ちもあります。でもやっぱり日本人ですから、日本メーカーを応援したい。

ホンダにはマルク・マルケスがいて、ヤマハにはクアルタラロがいる。現在最強のライダーふたりが日本メーカーには揃っているんですから、勝機は大いにあるはず……なんですが、テストとはいえ下位に沈んでいるのはなかなか深刻です。

ホンダRC213Vのエンジンは、ちょっとアグレッシブな印象ですね。マレーシアテストでも、マシンが暴れているシーンが見られました。ジョアン・ミル、アレックス・リンスらスズキから移籍してきたライダーも、そういうコメントを残していました。

ヤマハは課題だった最高速を高めてきましたが、全体的なタイムとしては下位に沈んでいます。この現象、僕も250cc時代に経験しています。大ちゃん(故・加藤大治郎さん)に勝てなかった2001年がそうでした。僕はアプリリアRS250、大ちゃんはホンダNSR250でしたが、最高速は僕のアプリリアの方が速かったんです。でも、そこに至るまでの加速で引き離されていました。

僕の経験上、最高速が高いマシンより、加速力のいいマシンの方がタイムは出しやすいと思っています。ライダーのスタイルや好みによって違いはあると思いますが、少なくとも僕と大ちゃんの戦いではそうだった。4速まではホンダの方が速く、5~6速はアプリリアの方が速かったんですが、サーキットを1周走る中でより多く使うのは1~4速。だからタイムを見ると、ホンダの方がよかったんです。

もちろん、「最高速も速くて加速力も最高!」というマシンがベストだし、ライダーは常にそこを求めます。でも、現実的にはなかなか難しい。どうしてもどちらか、ということになるわけですが、僕がタイムを出すなら加速力のいいマシンを選びます。だから、ヤマハのファビオ・クアルタラロが「次のポルトガルテストに向けて、リセットの手段を考えなければ」と言ったのも理解できます。

ライダーの腕でどうにかなる余地が狭い

……それにしても、最強ライダーを擁していながら、なぜ日本メーカーがここまで苦戦しているのかと言えば、僕は今のモトGPのある特徴が影響していると思っています。勝つために求められる要素として、マシンと乗り手の技量、どちらがどれぐらいの割合で必要か、という話なんですが……。

これは印象の話なので、いろんな意見があることは承知した上で言うと、四輪レースの場合、「マシン8、ドライバー2」と言われることが多いようです。一方の二輪レースの場合は、「マシン2、ライダー8」と言われてきました。だからこそ僕らの時代は、劣ったマシンに乗るサテライトチームのライダーが大逆転したり、ワイルドカード参戦のライダーがいきなりトップを走ったりと、大番狂わせがありました。

今のモトGPは当時とは別モノの、すごく高度でシステマチックなレースになっています。タイヤやECUという重要パーツがイコールコンディションなこともあり、ある意味では誰でも勝つチャンスがあり、そのおかげで面白い混戦になっているのは確かです。

でも、「マシン+ライダー」というパッケージのガチ実力が求められるあまり、「マシンは劣っていても、オレの腕でどうにかしてやる!」という、スター選手が出にくくなっている気もします。

テストや予選でのタイムも、かつては「ひとつの可能性」を示すだけのものでしたが、今ではだいたいのことが分かってしまいます。マシンがあまりにも高度化しているためにタイムが緻密で、バラつきがほとんどないからです。その分、ライダーの腕が入り込む余地は減っています。

これは僕個人の意見ですが、二輪レース好きはマシンよりもライダーを応援したい人の方が多いんじゃないかと思います。ライダーが頑張ってマシンの力以上の走りを見せることもあるからこそ、盛り上がってきたのではないか、と。そういう人間臭さ、アナログっぽさが二輪レースのいいところだと思うんです。

最高速は伸びたが、まだまだ改善の余地がありそうなヤマハ+ファビオ・クアルタラロ。

モトGPはF1の後を追っているようです。興行としては成功していますし、パドックも華やかになり、ライダーの収入も上がっていると聞きます。でも、肝心のレース内容までもがあまりにライダー寄りではなくマシン寄りになってしまうと、人気の本質を見失ってしまわないかが心配です。モトGPは、二輪の魅力である「人間の頑張りが見えるレース」をめざしてほしいな、と思います。

まあ、それと同じぐらい心配なのが今シーズンの日本メーカーなんですけどね……。残念ながら、マレーシアテストではピカッという輝きは見られませんでした。イケそうな時って、いくらテストでも「おっ!」と思わせる輝きがあふれ出てしまうのもなんですが……。

でもまだ今年最初のテストを終えただけ。ここからの軌道修正と、ポルトガルテストでピカッと輝くことに期待したい……ところですが、今年はスプリントレースが始まり、セットアップ時間が減ってしまうという事実も。ベースセッティングの重要性が増すからこそ、事前テストが大切になります。3月11日のポルトガルテストは、日本メーカーに期待しつつ注目したいですね!

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