ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、その当時を振り返ります。フロントタイヤが完全に新構造となった2012年のシーズン中盤、天気に恵まれ過ぎたことや1000cc化による負荷の増加により、一部ライダーのタイヤにトラブルが発生して……。
TEXT: Toru TAMIYA PHOTO: DUCATI, HONDA, YAMAHA
レース以外でのトラブルも付きもの!?
2012年は、ヨーロッパラウンドがスタートした第2戦から、急遽実戦投入することになった新構造フロントタイヤを各戦2本ずつ、本来のアロケーション(フロントタイヤ9本)に加えてライダーに供給することになりました。これは第5戦カタルニアGPまでの措置で、第6戦イギリスGPからは9本すべてのフロントタイヤが新構造となりました。かつての原稿を読み直してみると、そのヨーロッパラウンドでの移動時に私は2戦連続でトラブルに遭遇していたようです。
まず第2戦では、サーキットがあるヘレスへの経由地となるマドリッド上空で、「理由は不明ですが待機します」とのアナウンスがあり、30分ほど上空で待機。その挙げ句に燃料不足となり、急遽バレンシア空港に降り、給油してから再びマドリッドに向かうというアクシデントに遭いました。おかげで予定していたヘレス行きの便に乗り継げず、ヘレスに予約してあったホテルに到着したのは真夜中。「羽田空港を離陸してから30時間ほどが経過していた」とあるので、かなりの長旅になってしまったようです。
さらに、第3戦ポルトガルGPは第2戦の翌週開催だったことから、エストリルへはヘレスから直接向かったのですが、「エアラインのロストバゲージにより、ポルトガルでは丸4日間も荷物ナシで過ごす羽目になった」とありました。18人乗りの小型飛行機で荷室が小さく、前日に同じフライトに乗ったHRCやドゥカティワークスチームの関係者も、みんな荷物が届かなかったようです。「彼らは翌日には荷物が戻ってきた」と書いてあるので、中でも私は相当な不運でした。まあ、世界を転戦していると、こういうアクシデントは付き物。MotoGP時代は、レース以外でも大変な思いをかなりしてきたのです。
前年より路面温度が21℃も高くて……
一方で、レースにおける2012年のアクシデントとしては、第7戦TTアッセン(オランダ)の決勝レースで、バレンティーノ・ロッシ選手とベン・スピーズ選手とエクトル・バルベラ選手のリヤタイヤに、トレッドの一部がチャンクアウト(トレッドの一部が剥がれ落ちてしまうこと)するトラブルが発生。このときアッセンに持ち込んだタイヤは、フロントがソフトとミディアム、リヤはミディアムソフトとミディアムでした。前年はミディアムとハードだったのですが、第6戦イギリスGPと同じく「ハードは必要ない」というライダーたちの声を受けて変更してありました。
ところが、前年の路面温度が18℃しかなかったのに、この年は39℃。しかも、マシンが前年までの800ccから1000ccとなったことで車重やパワー&トルクが増え、アッセンのコースはカントが多めでタイヤに荷重がかかりやすいことから発熱しやすいため、このようなトラブルになったと考えています。前年と比べてラップタイムが1秒上がったことも、タイヤへの負荷を高めました。幸いにもタイヤトラブルによる転倒者はおらず、スピーズ選手が4位、バルベラ選手が7位、ロッシ選手が13位でゴールしています。
トラブルが発生した3名のライダーは、他の選手と比べてタイヤに厳しいライディングスタイルだったはずですが、だからといってトラブルが起きていいわけがありません。チャンクアウトは、想定している温度以上になったときに、トレッドゴムの中に気泡が発生して、トレッドの一部が剝がれてしまう現象。トラブルが発生したタイヤは、3人の日本人スタッフが“手持ち”で飛行機により日本へ持ち帰り、開発スタッフを待機させて帰国後にすぐ徹夜で分析を開始。しかし、製造上の問題はありませんでした。このときは、トラブルが発生しなかった同じ製造番号のタイヤも持ち帰っていたのですが、ロットによるバラつきもありませんでした。
このことから、タイヤにはとくに製造上の問題がなく、単純にその年のアッセンにおける状況が、前年のデータを基にした予想と大幅に違っていたという判断に。当初のアロケーションを変更せず、ハードを持ち込んでおけば恐らく防げたトラブルでした。そして、翌週開催となった第8戦ドイツGPの木曜日に、タイヤトラブルの分析結果をチームに説明。もともと、このドイツGP(と第17戦オーストラリアGP)には耐熱構造のタイヤを導入することになっていたので、チームには納得してもらいました。耐熱構造にすると、少しグリップが落ちるなど多少のデメリットもあるため、我々としては本当に必要なレースのみで使用したいと考えていました。だから、2012年のシーズンイン段階では2戦のみで使おうと思っていたわけですが、アッセンでのトラブルを踏まえ、リヤの耐熱構造スペックを第9戦イタリアGPにも急遽導入しました。
初めて前後タイヤともに3スペックを用意
当初、このレースに対するリヤタイヤのアロケーションは、ミディアムとハードを予定。これにハードコンパウンドの耐熱構造スペックをプラスしました。ムジェロサーキットは、アッセンほど特殊なコースではないのですが、スピードレンジが高く、7月中旬開催ということで気温や路面温度がかなり高くなる可能性もあったので、万全を期しました。そして各チームには、初日のフリープラクティスからなるべくロングランテストをするようにお願いしました。このレースでは、フロントもミディアムとハードを予定していたのですが、こちらはそれまで同様のオプションとしてソフトも用意。これにより、フロントとリヤともに3スペックをアロケーションする初めてのケースとなったのです。
ワンメイクになった当初は、年間を通して4スペック(+ウェットタイヤ1スペック)を準備し、このうち2スペック(とウェットタイヤ)を各レースで供給する予定でしたが、「ライダーのために、より安心安全に」と毎戦のようにアロケーションなどを見直しているうちに、いつの間にかタイヤのスペックも1レースに用意するタイヤの数も増えていました。
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