数々の交通事故や道路交通法違反に関する弁護を行い、事故や違反の要因分析もされている交通関係のスペシャリスト・高山俊吉弁護士に、妨害運転罪について解説してもらった。警察の内部事情にも詳しい高山氏から、今後の取締りでの現場対応や加害者にも被害者にもならないための自己防衛術についても話を聞いた。後編では、警察内部の事情と、道路交通法の抑止力についてお届けする。
妨害運転罪を立件するには本人の意思がカギとなる 編集部:まずは、妨害運転罪とその立件条件について教えてください。 高山:妨害運転罪には2つの前提条件があります。ひとつは加害者のドライバーに通行妨害の目[…]
警察庁が取り締まりの基準を示さないのは無責任
編集部:今回ヤングマシン編集部では、取り締まりの基準について、警察庁をはじめ警視庁、神奈川県警、埼玉県警に質問をしました(前ページで紹介)。回答は、警察庁としては「実際の取り締まりを行っている都道府県警に任せている」としており、また県警等では「基準は警察庁が決めている」という内容でした。これについてどのようにお考えになりますか。
高山:現場から悩ましいという悲鳴が聞こえるような回答ですね。ちゃんと答えようとしても答えにくいのでしょう。法令ができて約1ヶ月半の間検挙者が出なかったということも含め、判定に苦慮しながら一つひとつの事例を処理していると思われます。おそらく所轄の警察は県警本部の意向を聞き、県警本部は警察庁の意向を聞きながら運用しているのでしょうね。
ただ、辛口に言わせてもらうと、警察庁が取り締まりの基準を都道府県警に任せるというのは無責任です。どのような基準で取り締まるのかを示さないというのは、下手をすると各都道府県警が暴走します。理不尽な取り締まりが行われないよう、警察庁は基準を示す責任があります。国会に法案を提出したのは警察庁ですから。正確に言うと、警察庁が内閣に言って、閣法で出しています。つまり、国家に責任があって、都道府県警本部というのは指示に従ってやっているわけです。なので、実際の取り締まり基準を現場に任せるというのは問題ですね。
編集部:基準については、警察庁が決めて都道府県警に通達するのが本来あるべき姿ということですね。
編集部:基準といえば、先ほど「スマホの凝視は3秒以上が基準」というお話がありましたが、これはどれほどの期間をかけて定められたものなのでしょうか。
高山:判例からだんだんとでき上がったものなので、「何年で」というのは言い切れません。ながら運転というのは”携帯電話使用等違反”に該当するのですが、まず何をもって”使用”とするのかが議論になりました。視線が手元に集中することが安全運転を害すると考えますよね。でも、運転中はナビや速度計を見ることもあります。それは全部アウトなのか、というとそうではありません。一般的には何秒も見つめませんから。
…と、このようにはじめは議論になり、それが判例集に掲載され、高裁や最高裁で同じような判例がいくつか出て、何年もかけて判例が積み重なる中で基準ができてくるわけです。また、世間の耳目を集めた事件などが判例を作るきっかけになるのも事実です。
編集部:なるほど。1年や2年ですぐに基準ができ上がるわけではないのですね。世間の耳目を集めた事件から判例ができるというお話ですが、妨害運転で高山先生の記憶に残っている事例はありますか。
高山:神奈川県の相模原に”10キロおじさん”という事例があります。その人の後ろに付くと10km/hぐらいの速度で走るので大変だと有名人になっているそうですが、これは妨害運転の対象となる10類型でいう安全運転義務違反に当たる可能性があります。
編集部:”10キロおじさん”が「交通の妨げになる行為から危険運転に当てはまる」として妨害運転罪で検挙される可能性はあるのでしょうか。
高山:認定は難しいですね。ただ、後続車が避けようとすると寄ってくるとか、寄ってこないけど追い越す隙間がなくて引っ掛ける可能性があるという場合、交通の危険に該当するかもしれません。
編集部:たとえば、認定が難しいときに道交法以外の法律で裁くケースはありますか。
高山:あります。たとえば、’18年1月には警察庁があおり運転について「道交法以外にも刑法の暴行罪などあらゆる法令を駆使して捜査を徹底するように」と通達を出しています。実際に、東名高速道路でのあおり運転による死傷事故では、刑法の暴行罪や強要罪、監禁罪を使えないかと議論が交わされました。
編集部:今まではあおり運転を道交法で検挙することは難しかったということでしょうか。
高山:そうなんです。これまであおり運転が処罰されてこなかった理由は、大きく2つあります。ひとつは性善説に基づくものです。「道路を利用する人はそう酷いことはしない」という前提に基づいて運用されてきました。それからもうひとつは、どちらを加害者とするか判断が難しいということが挙げられます。たとえば、急に車間距離が詰まったとします。これは後ろのドライバーが詰めてきたのか、前のドライバーがブレーキをかけたのか、両方の要素があるのか。そこに踏み込んでいくのはなかなか厄介で、処罰が難しいです。これらの理由があって、あおり運転を道路交通法上の禁止事項として明記するという流れにはなかなかなりませんでした。
今回の法改正を解釈するときにも、この考え方に基づいていることに気をつけなければなりません。10類型に当てはまったらあおり運転になるということではなくて、「妨害する目的があったか」など一定の制約を付けているということに注意する必要があります。
厳罰化による抑止力には限界がある
高山:さて、これまで法改正について説明してきた法律家の私が言うのはおかしいと思われるかもしれませんが、あおり運転をなくすことは、道路交通法の適用によって実現するものではないと思っています。懲らしめることが問題解決の鍵と考えるのは、問題の捉え方に歪みを生じさせます。重く処罰するというのは限度がありますし、処罰以外での対策を考えようという発想をつぶしてしまうことになりますから。
たとえば、飲酒運転があります。非常に危険だから処罰を重くしようと、この20年間処罰を重くした結果、以前と比べると飲酒運転の数は大きく減りました。ですが、近年では減少率が低下しています。だからといってこれ以上重く処罰するとしたら、どうするのでしょう。懲役をもっと長くするのか、無期懲役にするのか、まさか死刑はないでしょうが、重くするとなるとそういう方向しかなくなります。
あおり運転も、重く処罰するとなれば多くの人は気をつけるから減少するでしょう。でも、それだけでは限界があります。たとえば飲酒運転で言えば、この減らない層というのは、多くはアルコール依存症の患者なのです。重く処罰すればやめるという考え方は、正常な感覚のある人が前提です。正常な感覚を失うと、これが重石の意味を持ちません。あおり運転も厳罰化しましたから、通常であれば罰則が重いからやめようとします。しかし、激昂した人に効き目は乏しい。となると、やはり厳罰ではなくて人格教育が大切だと思います。公道はみんなが配慮し合いながら、共有する道です。配慮し合えるというセンスがない人だと、何をやってもダメになってしまいます。
私に言わせると、あおり運転の撲滅というのは、警察マターだけではありません。たとえば飲酒運転であれば、世の中には相当な数のアルコール依存症患者がいます。警察だけではとてもどうこうできる問題ではありません。また「道路には自分しかいない」というような気持ちで運転する人というのは、情操教育の場面で問題があったと考えられます。これもやはり、警察マターだけではありません。このように、今までみんなが考えているよりもはるかに幅の広い原因論の研究が必要ですし、みんなで協力するということが必要です。
あおり運転をさせないために誰が何をしたらいいのか、もうちょっと考えれば厳重処罰だけで問題が解決するものでもないでしょう。”3年以下の懲役または50万円以下の罰金”と重くなったけれど、こうなるとえん罪だと主張する人も増えます。今までなら「車間距離は保持していたつもりだけど、5万円ならいいか」というような人も、厳重処罰となると反論するでしょう。犯罪になるかならないかという議論は、決定打ではないと私は思います。
編集部:あおり運転というのは、本来警察だけで対応できる問題ではなく、社会的な背景を交えて議論していくべきなのですね。本日のお話は、法律の解釈だけでなく、これからの問題も見えてくる機会となりました。ありがとうございました。
妨害運転罪の法解釈/問題点のまとめ
- 2つの条件に該当することで妨害運転が成立する
「妨害運転罪」が成立する前提条件は、①加害側に妨害する目的があること ②危険を生じさせるおそれのある方法によるものの2つがある。しかし、”妨害する目的”については加害側の意思がどうであったかを問うものであるため、相当の証拠がないと立件は難しいということだった。 - ドライブレコーダーの記録があおり運転被害の重要な証拠になる
“妨害する目的”があったことを判断する材料として重要なものが、ドライブレコーダーの映像となる。映像を解析することで、事件の状況を再現することができるからだ。 - 取り締まり対象のボーダーラインはこれからできる
一番気になる実際の取り締まり基準だが、これは妨害運転罪の検挙数や判例などの積み重ねででき上がるもののため、今はまだ手探り状態であるということが分かった。
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