セテ・ジベルナウ選手。1997年に500ccクラスへとステップアップし、レプソルホンダ、スズキファクトリーチーム、ホンダサテライトのテレフォニカ・モビスター・ホンダを経て2006年よりドゥカティへ。
ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースを回想します。ブリヂストンのMotoGPクラス参戦5年目となった2006年、ブリヂストンはシーズン序盤から好成績を連発。ミシュランと肩を並べはじめたのですが……。 目次 1 年間タイトルが射程圏内になること、そんな結果が […]

![|山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.31「あのクラッシュさえなければ……」](https://young-machine.com/main/wp-content/uploads/2020/12/1904_UC61972_High.jpg?v=1607511185)






























