第47回マシン・オブ・ザ・イヤー2019

【1980~2019】プロトタイプ〜1100〜750〜250〜400〜そして新型へ

特集:蘇るカタナ伝説【ゼロから生まれたのではない、それがカタナの伝統だった】

  • 2019/1/10

既存のGSXシリーズをベースにして、外装や吸排気系、ライポジなどを中心とした大幅刷新を行う。それが初代から最新型に至るまで、カタナシリーズ全車に共通する開発手法だ。ここではシリーズ12回分を収録するとともにカタナの歴史を振り返る。

異例の長寿モデルとなった’80年代初頭の旗艦

カタナはゼロから生まれたモデルではなく、開発ベースとなった車両が存在する。それはシリーズの代表作である1100でだけではなく、ほぼ同時期に開発された1000と750、さらには’90年代に登場した250と400にも言えることで、この点は’19年から発売が始まる新型も同様だ。

つまりすべてのカタナは、派生機種という位置づけになるのだが、デビュー当初の1100は、スズキにとってはフラッグシップだった。111psの最高出力は同時代の日本車ではナンバー1だったし、海外のテストでは、当時の市販車で最速となる237km/hをマーク。もっともそういったフラッグシップは、普通は任期を終えたら速やかに退陣するものだけれど……。

’84年にGSX1100EF(114ps。後期型は124ps)、’86年に油冷GSX-R1100(130ps)が登場しようとも、1100カタナの生産は続き、販売は’00年まで続いた。その理由はやっぱりスタイリングが秀逸、と言うか、突出していたからだろう。 ただし、一般的なロングセラー車ではごく普通となる数年ごとの仕様変更は、このモデルではあまり積極的に行われなかったし(日本仕様の750は、’82/’83年に大幅刷新を受けているが)’19年に及んだ生産期間中に、常に1100カタナが人気車だったかと言うと、必ずしもそうではなかった。

とはいえ、’80年代中盤から緩やかに下降していったカタナの人気は、’90年にデビューしたアニバーサリーモデルで再燃。そして’94年から日本仕様の発売が始まると、以後のカタナは堅調なセールスを示すようになり、’00年に登場したファイナルエディションでは、ついに足まわりを中心とした大幅刷新が行われることとなった。

改めて歴史を振り返ると、どうして’00年まで抜本的な改革を行わなかったのか? という疑問が湧いてくる1100カタナだが、その背景にはターゲットデザインの仕事を尊重しようという意識があったのかもしれない。

〈01〉プロローグ ~PROLOGUE~

ヤングマシン’18年12月号の別冊付録として制作されたカタナ コンプリートファイル。プロトタイプの復刻インプレッションなど、ヤングマシンならではの記事をこれでもかと盛り込んだ24ページではあったのもの、写真をもっと大きく見たかった! などのご意見を頂戴したのも確かである。というわけで、限りある紙幅では小さく見せることしかできなかった歴代カタナなどをじっくりと見ていただけるように、WEBヤングマシンであらためて展開したい。

〈02〉デザインスケッチから量産試作車へ ~PROTOTYPE [ED2、S PROTOTYPE]~

GSX1100Eがベースとは思えない、流麗なフォルム。ターゲットデザインが手がけたED2はスタイリングの魔法を実感させてくれるモデルだった。各クラスでトップの性能を獲得しながらも、ルックスはいまひとつ……と言われる機会が少なくなかった、’70~’80年代初頭のスズキ車。カタナはそういった状況を打破するために生まれたモデルだ。

〈03〉初代1100が衝撃のデビュー ~1100/1000 [SZ、SXZ、SD]~

スタイリングを最優先しつつも機能面では絶対に譲らない。それがカタナを開発するにあたってスズキが掲げたテーマだった。カウリングの普及は徐々に始まっていたし、一部の欧州メーカーはレーサー然としたモデルと販売していたけれど、’80年代初頭以前のオートバイは、ほとんどが今で言うネイキッドだった。そういった状況を想像すれば、’81年秋から市販が始まったカタナが、いかに特異な存在だったかが理解できるだろう。

〈04〉第2世代1100から70周年記念モデルまで ~1100 [SD、SE、SAE、SBE、SM、SL、SSL]~

基本構成は不変だったものの2年目以降のカタナは各部の見直しを行い、外観の雰囲気を一新した。エンジンのブラック塗装のほか、バックスキン調から一般的な素材に改められたシート表皮、ベースの素材をスチールからジュラルミン鍛造に刷新したステップ、ピン溶接が行われるようになった組み立て式クランク、大型化されたジェネレーターなど、変更点は多岐に及ぶ。

〈05〉国内仕様の1100がついに登場 ~1100 [SR]~

日本市場における自主規制撤廃を受け、スズキのオーバー750第二弾としてついに1100の日本仕様が登場した。初代SZの登場から13年を経て、ついに発売された日本仕様。基本構成はSAEを踏襲するものの、リザーバータンク付きリアショックやオイルクーラーの導入、パワーアシストクラッチの追加、点火システムのデジタル化、ANDFの廃止など、装備の近代化と言うべき変更を受けている。

〈06〉1100台のファイナルエディション ~1100 [SY]~

長い歴史を締めくくるモデルとして20世紀最後の年に登場したSYは数多くの専用設計部品を導入していた。生産台数は排気量にちなんだ1100台で、当時の価格は99万円だった。エンジンはブラック塗装だが、ケースカバーをアルミの地色、カムカバーをメッキとしている点が、かつてのSDやSE、SSLなどとは異なる。

〈07〉これが伝説の耕運機ハンドルだ! ~750 [GSX750S、SS]~

カタナであってカタナではない。日本仕様のGSX750Sからはスズキの苦悩が感じられた。その象徴と言えるのが、耕運機を思わせる大アップハンドルで、1100用に交換するユーザーが後を絶たなかったため、当時の警察はGSX750Sを標的として徹底的にマーク。この取り締まりは、“カタナ狩り”と呼ばれた。

〈08〉フロント16インチの二代目ナナハン登場! ~750 [GSX750S2、S2C、SD]~

アップハンドルの形状を見直し、フロントに16インチホイールを採用。日本のカタナは独自の進化を始める。日本仕様のフロントタイヤはGPレーサーRG500Γ譲りの16インチで(標準タイヤは当時の日本車では珍しいミシュラン)、エンジンとキャブレターは初代と同じシルバーだった。

〈09〉リトラクタブル“パカパカ”の3型 ~750 [GSX750S3、S4]~

他社のライバル勢に対抗するため革新的な機構を随所に採用し、ナナハンならではの可能性を追求する。’84年型GSX750S3の最大の特徴は、スズキの社内デザインを採用したこと。残念ながら市場の評価とセールスではオリジナルを超えられなかったものの、モーターサイクル初のリトラクタブル式ヘッドライトを筆頭とする数多くの新技術を導入した3型は、当時のスズキの意気込みが存分に感じられる車両だった。

〈10〉小刀と呼ばれて…… ~250 [GSX250S]~

車検レスの軽量スポーツ刀は、250㏄としては大柄だったものの、親しみやすさはシリーズ随一だ。ライポジが安楽な設定で、乾燥重量が160kgしかないGSX250Sは、カタナシリーズの中で最も親しみやすいモデルだった。マフラーはED2を彷彿とさせる4-1式集合で、負圧式のキャブレターはBST29(400はBST32)。

〈11〉好バランス? 脇差? 400登場 ~400[GSX400S]~

カタナフォルムの迫力を再現! 激戦区だった400ccネイキッド市場を意識して、中型カタナの第二弾は開発された。’90年に発売した1100SM:アニバーサリーモデルを通して、日本市場におけるカタナ人気の根強さ認識したスズキは、中型クラスへのカタナ投入を決定。’92年にデビューした400は、星形キャストホイールや左右出しマフラーを採用することで、1100の雰囲気をできるだけ忠実に再現。ただし前後ブレーキとショックは、1100より豪華な構成だった。

〈12・FINAL〉新型はイタリア生まれの新解釈 ~2019 KATANA~

新生カタナが誕生するきっかけは、モトチクリスモ誌が企画したカタナ3.0で、基本スタイリングを担当したのは2輪R&D企業としてデザインや設計を行うエンジンズ・エンジニアリング。少々こじつけかもしれないが、このあたりは、モトラッド誌のイベントがきっかけになり、ターゲットデザインがスタイリングを手がけた、初代カタナと似ていなくもない。なお初公開の舞台がケルンショーというのも、初代と新生カタナに共通する要素だ。

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ヨ

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帰ってきたネイティブ足立区民。ヤングマシン、姉妹誌ビッグマシンで17年を過ごしたのち旅に出ていた編集部員だ。見かけほど悪い子じゃあないんだぜ。
■1974年生まれ
■愛車:MOTOGUZZI V7 SPECIAL(2012)