“油冷伝説”復活の狼煙、上がる【GSX-R1100油冷伝説復活#1|大鶴義丹のバイク遊戯】

  • [CREATOR POST]大鶴義丹

●文:[クリエイターチャンネル] 大鶴義丹

油冷GSX-R1100との邂逅。私の中で小さな灯がともった瞬間

(上記連載で)以前にお届けしたとおり、空冷カタナエンジンのフルオーバーホールに挑戦したのだが、これは本当に大変だった。比較的良品と思われる中古エンジンを手に入れてから約8ヶ月。悶絶したのは、重要な純正部品の廃番ラッシュと重要部品の高騰。それらはスズ菌のコネと海外ルートを駆使して乗り越えた。アマチュアの遊びに付き合ってくれた内燃機屋さんにも感謝だ。ヘッドをすべて作り直してクランクも修正。エンジン塗装は贅沢にガンコート仕上げ。仲間達にも色々と手伝ってもらった。

すべてを組み付け、初めて聞いた新生エンジンの咆哮には感涙だった。すべての苦労を吹き飛ばすような高らかな響きだった。そして無事走り出し、ナラシ運転も終わり、高回転まで回し始め、そのフレッシュな新生エンジンの回り具合に納得。私が生きている間、あと30年は元気に回り続ける「良いエンジン」に仕上がったと思う。

8ヶ月にわたり、空冷カタナエンジンのフルオーバーホールに取り組んだ。

さて、そんな「感動ポルノ」に浸っている間もなく、私の元に年下の友人から電話がきた。バイクの相談だという。しかし彼はバイクの趣味はないはずだ。

「義丹さん、知人が諸事情からバイクに乗らなくなり、大きなバイクが3年間放置されているんですよ。売れませんかね?」

送られてきた写真を見ると、なんとそれは「前期油冷1987年式GSX-R1100・GU74B・H型」であった。適当に撮影した写真なので状態の詳細は判断できないが、明らかにそのまま走り出せるような雰囲気ではなかった。だが、私の中で小さな灯がともった。

「それさ、私が買い取るよ」

私は8年ほど前まで、その3年後のモデルである「後期油冷」と呼ばれる「1990年式GSX-R1100・GV73・L型」に乗っていた。元々かなりの状態の良い車両で、私はその車体をエンジンとフレーム以外はすべてフルカスタムした状態で乗り回していた。フロントフォークなどは中身だけをカートリッジ式に入れ替えるなど、かなり手の込んだこともした。

そんな過去があるので、「油冷」の何たるかはある程度は分かっていたが、前期型の細かい部分に関してはあまり分かっていない部分も多かった。だが私が古くから付き合いのある、千葉のテクニカルガレージRUNさんは、すべてのスズキ油冷マシンに精通していて、「油冷屋敷」とも称されている。前期型でレース活動をしていたことなどもあり、何とか対応できると思った。

“世界最速の名車が、3年放置”という現実

真夏日が続く9月初旬、まだ見ぬ恋人と会うような気持で、ハイエースにトレーラーを牽引して車両を引き上げに行った。

気がつくと、頭の中にはいくつかのレストア計画パターンがすでに出来上がっていた。費用を30万円くらいにするエコノミーなパターンから、150万円くらいかけるフルカスタム計画までと。また現在、前期油冷マシンは旧車ブームの波でかなり高騰していて、ノーマル風に丁寧に作りあげれば、それなりに大きな価値となる。

だが初めて対面したその前期油冷マシンの状態に、私は現実に引き戻された。

何かの縁を感じてしまった。“油冷伝説復活”の始まり…。

走行距離は10万kmオーバー。最上パターンから最悪パターンまでを10点から1点で表すと、大体5点くらいであった。アルミフレームやスイングアームはすべてアルミ錆に覆われ、ブレーキ関係などは再使用不可と思われた。エンジンやキャブも汚れに汚れていた。公称260km/hで市販車世界最速を誇った伝説の油冷マシンは、今そこに朽ちようとしていた。

ただ、光明が見える部分もあり、無転倒を証明するように、ハンドルロック/ノーマルマフラー/カウル/フレーム/ステップ類などには大きな傷もなく、ガソリンタンクの中はピカピカであった。オーナーさん曰く、ガソリンは満タンにしたままで、3年前までは普通に通勤に使っていたが、諸事情から駐車場に放置となったという。バッテリーを換えれば、そのままエンジンはかかるはずだと言う。また、リヤサスペンションはオーリンズに交換していて、乗っていたときは、湾岸で時速●●●km/hぐらい出たとも。

車両の状態はご覧のとおり。10点満点で5点といったところか…。

ざっと見積もってはみたが、なんとか普通に走り出すまでに、手作業以外に、最低限の交換部品だけでも30万円はかかると思われる。エンジンの腰上や外装をキレイにしていくと、100万円では済まないだろう。また言うまでもなく、それらは自分でやることが前提での、怪しい自宅ショップ「ギタムラ」での見積もり費用であり、プロショップに出したならばベンツの中古が買えるくらいの予算になるだろう。

それが湿気と紫外線に襲われ続ける放置車両の現実だ。乗らなくなったマシンは、絶対に物置などに放り込んでおくべきだ。そうしないとすべての価値が霧散する。

おそらくこのまま買取り査定に出したならば、5000円などと言われ、専門業者でバラバラに解体後、ヤフオクで「NCNR部品」として売られる末路だろう。ちなみにそこまでバラバラになると、50万円くらいの価値となるかもしれないが、それは解体する手間と技術があってのことだ。

友人の紹介とはいえ、これは私では対応できないと帰ることも可能だった。だが、何かの縁を感じ始めてもいた。

「油冷伝説」

そんなキーワードが私の中で生まれていた。私は5万円くらいなら買い取りますと言った。するとオーナーさんは、これを直すのがどれだけ大変なのは理解しているので、大事に復活してくれるならばお金はもらえないと言う。「払わせてくれ」「受け取れない」の繰り返しの後、私は、それならば心して譲り受けますと告げた。そして次の日に、名義変更をした。

とにかく、まずはバラバラにしてみよう

色々なパターンや予算でのレストア計画はあるが、とにかくまずはバラバラに分解して、すべての状態を理解しようと思った。まずは3年分の汚れを洗いまくり、カウルを外し、再びエンジン回りを洗い丁寧にエアブロー。しかしそれだけでは汚れは落ち切らず、強い溶剤などにも頼った。

プラグを抜き、シリンダー内に潤滑材を噴霧した後に、バッテリーを入れてセルを回すと元気よく回った。プラグにも火が飛んでいる。ライトやウィンカーも煌々と機能して、電装系が生きていることにひと安心。安全に関わるブレーキ関係やホイール関係等は、サビや痛みの状況なども考えるとすべて交換するのが良策と思えた。

まずはカウルをすべて取り外す。

続いてエンジンまわりを徹底的に清掃。

その後、室内ガレージに搬入して、とにかく気合いでバラバラにした。キャブまわり/足まわりも全分解、フレームとエンジンだけの状態にすると色々なことがわかってきた。この車両、あまり丁寧とは言えない使われ方ではあるが、走り屋に乱暴に使われていたのではなく、ただ普通に乗られていた車両であった。

キレイにするということを考えず普通に乗るだけならば、足まわりとブレーキを交換整備して、キャブレターを洗えば走り出す車両である。ただ、そこまでいくと「悪い癖」がムクムクと頭をもたげ始め、すでにどうにも止まらない。

「ギタムラがやってやるよ、油冷伝説の大復活」

私はフレームとエンジンを見下ろしながら、自分の中で生まれてしまったその何かを、もう自分でも止められないことを理解した。

そしてフレームとエンジンだけの状態に。ここまで来てしまうともはや止められない…。

フレーム/スイングアームはバフがけ。エンジンは腰上オーバーホール?

まず、とにかくアルミ錆に侵されたフレームとスイングアームが気に入らなかった。皮膜はなくなってしまうが、もうバフがけで攻めるしかない。ピカピカしていないマシンなどには乗りたくない。

試しにグラインダーでいくつかのナイロンディスク等を試した。一番良いと思われる粗さのディスクで磨いていく。すぐに要領は得てきた。しかしスイングアームは単体で外に持ち出せるが、エンジンが載っているフレームを室内で試しに研磨すると、その粉塵の量に室内では不可能とすぐに判断。これはエンジンを下ろしてフレームだけにする必要があると覚悟を決めた。

またそこまでいくと、それはエンジンを開けるという意味でもあり、現時点では腰上のオーバーホールを予定している。本当は腰下もバラしてエンジンを再ガンコートといきたいところではあるが、腰下をバラした場合の部品交換や、再塗装の費用を考えると、現時点でヘッドまわりの清掃&バルブすり合わせ/シール類交換/ピストンリング交換程度の腰上OHで留める「予定」である。

とりあえず皮を1枚剥いだスイングアーム。

結局エンジンを下ろすことに。フレームのバフがけはさすがに室内ではムリ。屋外で行う。

足まわりはテクニクスへ

前後足まわりはそのまま、埼玉県のテクニクス社に持ち込んだ。言うまでもなく、同社はバイクのサスペンションに関することすべてに対応してくれるサービスショップだ。井上社長とは、宮城光さんに紹介していただいた縁から、オフロードでもよく遊んでいただいている。

サスペンションはテクニクスの井上社長に託す。

最近、テクニクス社では旧車のサスペンションのオーバーホールやメンテナンスにも注力している。私の前期油冷のフロントサスは、は良くも悪くも有名な電気式ANDFで、色々と相談した結果、ANDFはキャンセルして、リバルビングと強化バネに交換し、新品同様の輝きに研磨と再塗装することにした。リヤに装着されていたオーリンズの旧モデルは、通常のオーバーホールと化粧直しで済むようだ。

テクニカルガレージRUN社長からの、蜘蛛の糸

しかし、ここまできて、ギタムラのゴッドハンドが止まってしまった。そもそも30万円くらいの予算で、とりあえず走り出すというコンセプトで始まったこの「油冷伝説の復活」。ここから先は予算との戦いである。とくに傷んだホイールや、再使用不可のブレーキ関係をどうするかが大問題であった。

そんな悩む私に、芥川龍之介の児童文学作品『蜘蛛の糸』のように、地獄に落ちた者に蜘蛛の糸を垂らし、救いの手が差し伸べるお御釈迦様が現れた。

テクニカルガレージRUNの杉本社長と場末の怪しい店で呑んでいるとき、濃い目のホッピーを4杯飲ませると、なんとも嬉しいご提案が…。

「油冷87年より太くなった、88年のきれいなノーマルホイールが倉庫に寝ているからあげるよ。あと、新古のサンスターの前後ローター。ウチのオリジナル前期油冷パーツも、たしかいくつか新古品とかあるから持っていきな。ブレーキは、鋳造ブレンボの新品在庫があるから格安で出すよ。あっ、あとホコリまみれで要オーバーホールだけど、3万キロくらいのノーマルキャブもいいよ」

神である。さすがは国内トップクラスの油冷マシンショップ、私は次の朝に彼が忘れてしまう前に、取りに行く日取りの約束をした。

もはや止められない悪癖。“油冷伝説”復活、始動

まったく悪い癖である。最初は最低限のミニ小鉢セットで始めるつもりであったが、多くの業界の方たちの愛に支えられながら、やはり、こうして全開マシマシコースになりつつある、今現在だ。

しかしまだまだ始まったばかり。おそらく完成は2024年の春以降とは思われるが、「油冷伝説の復活」のロードマップは着々と進んでいる。

油冷伝説の復活、動画はこちら↓

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