MotoGPのような共通ECUを使わない、唯一の国際カテゴリー

「“本当の世界最高峰技術”が見られるのは鈴鹿8耐だけ」【ノブ青木の上毛グランプリ新聞 Vol.30】

「“本当の世界最高峰技術”が見られるのは鈴鹿8耐だけ」【ノブ青木の上毛グランプリ新聞 Vol.30】

元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第30回は、鈴鹿8耐で見たホンダの底力について分析する。


●監修/写真:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真佐藤寿宏、箱崎太輔

15周を走った後の速さにフォーカスしているホンダ

予想通りと言えば予想通りの結果に終わった、今年の鈴鹿8耐。下馬評通りにHonda HRCが優勝し、4連覇を達成した。イケル・レクオーナが負傷により参戦できなくなり、代役を立てずに高橋巧、ヨハン・ザルコの2ライダーで走ると決まった時は、「ふたりはさすがにリスキーだぞ……」と思ったが、3ライダーのファクトリー体制で戦ったヤマハレーシングチームを退けて勝ってしまった。

レース後のザルコは「タクミとは、『次は2人で走るのはやめよう』と話したんだ」と言っていたが、さすがに体力的にも厳しかったようだ。2ライダーだと、ライダーはもちろんチームスタッフも含め、誰も何もミスができない8時間となる。ワンミスが致命傷になり、リカバリーが難しいからだ。ライダーもチームも、相当な緊張を強いられたと思う。

レースウィークを通して、HRCは新品タイヤを履いても2分5秒台、中古タイヤを履いても2分5秒台、何周しても2分5秒台。というペースメイクを狙い続けていた。「同じペースで走るだけなら簡単じゃん!」と思うかもしれないが、そうではない。タイヤも減ればコースコンディションも変わり、ライダーの疲労も溜まっていく中、同じペースをキープするのは至難のワザだ。

ピットワークも断トツで早かったHonda HRC。

特にHRCのCBR1000RR-R-SPは15周以降のペースに特化して作り込まれていたようだ。鈴鹿8耐経験者のワタシの意見だが、ハッキリ言って15周目ぐらいまではライダーの頑張りで何とかなる。しかし15周を過ぎると急速に大変さが高まるのだ。

ライダーはライダーで、どうにか集中力を保とうとしたり、テクニックでどうにか速くラクに走ろうとする。しかしそれにも限界があり、そこを助けてくれるのがマシンの作り込み、というわけだ。そしてHRCのCBRは、非常に高い次元でライダーをサポートしていた。

130Rへのブレーキングで、巧くんは特に意識しなくても軽いドリフト状態になっていた。フランチェスコ・バニャイアが調子のいい時のライディングにそっくりで、マシンセッティングがうまく行っているのがよく分かる。

だからと言ってカンタン、というわけではなく、やはりライダーのハイレベルなテクニックは必要だ。しかしマシン側が適切な挙動をしてくれると、ライダーの労力は確実に軽減しているはず。この1点に限らず、HRCのCBRには耐久レースで速いペースを保つための要素が多々盛り込まれており、完璧なセットアップだと感じた。

最後のスティントまでほとんどスピードが落ちなかった高橋巧。

電子制御に関してはMotoGPよりも“何でもアリ”の鈴鹿8耐

本当に多くの要素が盛り込まれているので、一概に「コレが勝利の決め手」と言うことはできない。しかしここはマニアックの花園・上毛グランプリ新聞。エンジンの電子制御に注目してみたい。

前提として知っておいていただきたいのは、世界耐久選手権(EWC)のテクニカルレギュレーションでは、ECUの開発に特に制約が課せられていない、ということだ。スーパーバイク世界選手権はECU開発に関してハードウエア、ソフトウエアもろもろ合わせて1万2000ユーロ(約205万円)のプライスキャップが課せられているし、MotoGPが共通ECU/共通ソフトウエアの使用が義務付けられているのは皆さんもご存じの通りである。

そこへきて、EWCはフリー。ハードウエアからソフトウエアまで自由に作り込むことが可能だ。ロードレースの世界選手権では唯一の存在、ということになる。

ちなみに国内選手権ではあるが、JSB1000もECU開発はフリー。MFJの「国内競技規則・付則8・JSB1000技術仕様」によると、「エンジン・コントロール・ユニットは、内部のプログラムおよびデータを含めユニットの変更および交換が認められる。サブ・コンピュータの取り付け、変更も認められる」とある。ただし上位6位までに入賞し、希望者がいた場合は、70万4000円(税込)で販売しなければならない。

そんなわけで、EWCの1戦である鈴鹿8耐用のマシンは、ECUの開発をし放題。同じく開発自由度が高い全日本ロードJSB1000に参戦することによるテストも非常に有効、ということで、国内メーカーにとってはなかなかの好条件が揃っている。

これらを前提としてHRCのCBRを見直すと、確かに非常に優れた電子制御が行われている。恐らく、1スティント内での7周目までのエンジンマッピング、15周めまでのマッピング、20周目までのマッピング、30周目までのマッピングと概ね4段階でマッピングを切り替えているのだろう。

電子制御で点火カットを多用してしまうと、その間は燃料を無駄に噴くことになり、燃費が悪化する。HRCのCBRは完全に仕上がったマッピングにより緻密なトルクコントロールを行い、低燃費と速さを両立させている。それが、ライダー2名体制という不利な条件下でも勝てた大きな要因だったことは間違いない。

一見すると市販車から大きく変わらないように見えているかもしれないが、ファクトリーの技術の粋が詰め込まれているホンダ「CBR1000RR-R FIREBLADE SP」。

そして、「MotoGPもECUの開発がフリーだったら……」と、つくづく思うのだ。これは完全にたらればの話なので言っても仕方ないことだが、もしMotoGPのECU開発が自由に行えれば、今も日本メーカーが席巻しているはずだとワタシは確信している。鈴鹿8耐でのECU開発能力を見るにつけ、この技術をMotoGPに持ち込むことができれば、ホンダとヤマハによるチャンピオンシップ争いが続いていたはずだ。

繰り返しになるが、これは完全にたらればの妄想。レギュレーションで決まっている限りは言っても仕方ないことだし、開発の縛りによってMotoGPが興行として盛り上がっているのも事実だ。

しかし……。MotoGPは世界最高峰を謳い、完全にレース専用のプロトタイプモデルで競う唯一無二のレースなのだから、本当の意味での「技術の粋」というヤツを見たい気もする。まぁ、ECUに関しては鈴鹿8耐で「世界最高峰の制御」を見られてはいるけれど……。

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