
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第148回は、MotoGPの2025年シーズン前半戦を振り返ります。
Text: Go TAKAHASHI Photo: Michelin, YM Archive
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない
前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoGPでもしっかりと存在感を発揮していますね。ただ、僕の悪い予感が的中してしまい、ヨーロッパラウンドに入ってからは少し苦しんでいるようです。
簡単に言ってしまえば、「ヨーロッパラウンドに入ると、地元のヨーロピアンライダーが速さと強さを発揮する」という例年のパターンですが、これを打ち破るのは本当に難しい。藍くんは、押しも押されぬMoto2チャンピオン。この辺りのことは十分に理解しているはずですが、それでも壁に突き当たってしまうものなんです。
僕の現役時代よりはるかに高いレベルで戦っている藍くんですから、僕からアドバイスできることなどありません。僕自身、もし「ヨーロッパラウンドでヨーロピアンライダーより速く走る術」を知っていたら、グランプリに参戦していた10シーズンで10回タイトルを取っていてもおかしくありませんからね(笑)。
レース終盤に向けてヒタヒタと順位を上げていくスタイルは、小椋藍ならでは。
そもそも藍くんのスムーズなライディングは見事なものです。このまま自分のライディングの精度を上げ、今以上にMotoGPマシンに慣れていけば、ひょっこりと壁を乗り越える日が来るかもしれません。それでもあえてひとつ言わせてもらえるなら、「今のうちにいろんなアプローチでレースをしてみたらどうか」とは思います。
レースをしていると、つい「自分のやり方」にこだわってしまうものです。藍くんがそうだ、と言っているわけではありません。レーシングライダーという生き物の本性のようなもので、「自分には自分にやり方がある」と思い込みがちなんです。
でも実際には、いろんなやり方がある。ライディングも、セッティングも、チームとのコミュニケーションも、いろいろやってみた方がいい。僕も現役時代、最初のうちは柔軟な取り組みが難しかったんですが、時間が経つにつれていろいろ試行錯誤できるようになりました。
普段はチームスタッフとはできるだけ仲良くしていましたが、あえてジジ(ダッリーリャ。アプリリアでは原田さんのチーフエンジニアを担当。現在はドゥカティのゼネラルマネージャーとして辣腕を振るう)を怒鳴りつけたこともあります。
それは「コッチも本気だぞ」という姿勢を見せるための作戦でした。特に外国人相手では「言わなくても分かるだろう」という考え方は通用しません。逆に言いたいことを言ってケンカのような状態になったとしても、後腐れはないんです。翌日にはお互いにけろっとしていて、引きずりません。
だから、たまには怒鳴りつけるぐらいの本気度を見せた方がいいんです。「仲良しクラブじゃないんだぞ! オレたちは結果を出してナンボなんだ」と分かってもらうために、どうしても必要なことでした。本当の僕は人を怒鳴ることなんかしたくない、温厚な人間なんですけどね(笑)。
2001年、バレンシアGPにて。左が原田哲也さん、中央奥がジジ・ダッリーニャさんだ。
これはひとつの例に過ぎず、藍くんに「チームスタッフを怒鳴れ」と言っているわけではありません。もしかしたら藍くんはとっくに怒鳴っているかもしれないし(笑)、怒鳴らなくてもうまくやっているかもしれません。
ただ、今になると、「もっとああすればよかった」「もっとこうすればよかった」と、やらなかったこと、やれなかったことに対する後悔ばかりなんですよ。藍くんのように若くて可能性しかない優れたライダーには、僕の轍を踏んでほしくない。だからこそ、いろいろやってみてほしい。
こんな思いでいっぱいなのは、自分が年を取ったということなんでしょうね(笑)。「老害って、こういうことなんだろうな」と身がすくみます。でも、藍くんが相手にするのは、超ド級の天才たちです。マルク・マルケスなんて、恐らく努力とも思わずに、影ではとんでもない努力をしているはず。
そういう連中に勝ってほしいからこそ、いろんなやり方、いろんなアプローチ、いろんな努力の仕方でレースに臨んでほしいと願います。本当に老害みたいで嫌なんですが、おじさんの戯れ言と思って聞き流してもらえれば……(笑)。
というわけで、2025シーズンの前半戦は「マルケス劇場・第1部」という感じでした。そして後半戦は「マルケス劇場・第2部」となる可能性がとても高い。正直言って、今の彼を追い落とすライダーが現れるとは思えません。
でも、今までと違う何かをした誰かが、突破口を見つけるかもしれない。そのことに期待しながら、8月17日の第13戦オーストリアGPを待ちたいと思います。……結構すぐですね……。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
今のマルケスは身体能力で勝っているのではなく── 最強マシンを手にしてしまった最強の男、マルク・マルケス。今シーズンのチャンピオン獲得はほぼ間違いなく、あとは「いつ獲るのか」だけが注目されている──と[…]
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
MotoGPライダーが参戦したいと願うレースが真夏の日本にある もうすぐ鈴鹿8耐です。EWCクラスにはホンダ、ヤマハ、そしてBMWの3チームがファクトリー体制で臨みますね。スズキも昨年に引き続き、カー[…]
決勝で100%の走りはしない 前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたこ[…]
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない 第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか[…]
最新の関連記事(モトGP)
今のマルケスは身体能力で勝っているのではなく── 最強マシンを手にしてしまった最強の男、マルク・マルケス。今シーズンのチャンピオン獲得はほぼ間違いなく、あとは「いつ獲るのか」だけが注目されている──と[…]
本物のMotoGPパーツに触れ、スペシャリストの話を聞く 「MOTUL日本GPテクニカルパドックトーク」と名付けられるこの企画は、青木宣篤さんがナビゲーターを務め、日本GP開催期間にパドック内で、Mo[…]
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
2ストGPマシン開発を決断、その僅か9ヶ月後にプロトは走り出した! ホンダは1967年に50cc、125cc、250cc、350cc、そして500ccクラスの5クラスでメーカータイトル全制覇の後、FI[…]
タイヤの内圧規定ってなんだ? 今シーズン、MotoGPクラスでたびたび話題になっているタイヤの「内圧規定」。MotoGPをTV観戦しているファンの方なら、この言葉を耳にしたことがあるでしょう。 ときに[…]
人気記事ランキング(全体)
低く長いデザインが個性マシマシ! レトロモダンなボバークルーザー 中国から新たな刺客がやってきた! ベンダは2016年設立の新興メーカーで、独自設計のエンジンを搭載したクルーザーを中心に、ネイキッドな[…]
初の電動スクーターが「C evolution」 2017年、BMWモトラッドは初の電動スクーター「C evolution(Cエボリューション)」を発売。それまでのガソリンエンジンを搭載したC650に通[…]
秋向けライディングギア 機能性抜群なライディングパーカー JK-604:1万2000円台~ ヨーロッパで人気の気軽にはおれるケブラー裏地入り、スリーシーズン向けスエットパーカ。肩と肘にはCEレベル2ソ[…]
月内発売:SHOEI「GT-Air3 MIKE」 インナーバイザー付きフルフェイスの決定版、SHOEI「GT-Air3」に、ニューグラフィックモデル『MIKE(マイク)』が2025年10月に満を持して[…]
原付でエンジンがかからない主な原因 「原付 エンジン かからない 原因」とネット検索する方が多いように、バッテリー上がりやプラグの劣化、燃料不足など、複数の原因によってエンジンを始動できなくなるケース[…]
最新の投稿記事(全体)
スーパースポーツ譲りのエンジンと幅広いシーンに対応する車体 CB1000Fは、ホンダの代表的なプロダクトブランド「CB」のフラッグシップモデルと位置づけられている。 スーパースポーツモデルのエンジンを[…]
世界最高の熱伝導率を誇るシートとレインウェア並みの防水透湿性を融合 ヤマハの純正アクセサリーをリリースするワイズギア。ʼ25年の秋冬ライディングギアは、バイク用として求められる性能を満たしつつ、温かく[…]
古いゴムは硬化するのが自然の節理、だが・・・ ゴム部品は古くなると硬くなります。これは熱・酸素・紫外線などによる化学変化(酸化劣化)で、柔軟性の元である分子の網目構造が変化したり、柔らかくする成分(可[…]
アッパーミドルクラスに君臨する“Sugomi”ゼットの中核モデル カワサキは北米において、948cc並列4気筒エンジンを搭載したスーパーネイキッド「Z900」および上級モデル「Z900 SE」の202[…]
スクランブラースタイルのCL500はカスタマイズも楽しい トラディショナルなスクランブラースタイルの大型バイクとして、2023年に登場したHonda「CL500」とはどんなバイクなのでしょうか? 筆者[…]
- 1
- 2