「すぐに追いつけるだろう」は気が早い?

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.143「ヤマハのポールポジション、ホンダの優勝に思うこと」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第143回は、調子を上げつつある日本メーカーと、ファクトリーチームならではの「ライダーが陥りやすい迷い」について。


Text: Go TAKAHASHI Photo: Michelin, Red Bull

ミシュラン パワーGP2

地元ライダーの大活躍で盛り上がったフランスGP

MotoGPは第6戦フランスGP、第7戦イギリスGPを終えています。フランスGPはめちゃくちゃお客さんが入っていましたね! ヨーロッパに住んでいる僕の感覚でも、MotoGPがガンガン盛り上がっているのを感じます。

’20年からコロナ禍の影響があったり、’21年にバレンティーノ・ロッシが引退したりと、一時期はMotoGP人気にも陰りが見えましたが、今はどのレースも間違いなくお客さんが増えています。

僕も現役引退から20年以上経ちますが、かつて自分がいた世界がどんどんメジャーになっていく様子を見られるのはうれしいものです。まだF1との差は大きいし、この差は埋まらないのかもしれません。

でも、これはあくまでも僕個人の見解ですが、レース自体は激しい抜きつ抜かれつが展開する2輪の方が面白いな、と思います。MotoGPはもちろん、全日本ロードレースももっともっとメジャーになってほしいですよね。

フランスGPでは、「さらにMotoGP人気が爆発するんじゃないか!?」と思えるような出来事がありました。フランス人のファビオ・クアルタラロがポールポジションを獲得し、フランス人のヨハン・ザルコが優勝です! フランス人の母国GP優勝は71年ぶり。まるでお膳立てされたかのようなストーリーですよね。愛国心の強いフランスのこと、盛り上がるに決まっています。

満員の観衆から祝福を受けるヨハン・ザルコ。

ヨハン・ザルコ。感無量。

そして我々日本人としては、ヤマハのポールポジション、ホンダの優勝ということで、「最近、日本メーカー頑張ってるんじゃない!?」と感じますよね。僕もそう思いたいところ……ではありますが、難しいコンディションで他にバラつきが生じたスキに、いい成績を残しているという印象なんですよね。パフォーマンスの差はまだちょっとあるのかな、と。ガチンコ勝負でレースに勝てるかというと、そこまで追いつけてはいないように感じています。

予選でポールポジションを獲得し、スプリントレース序盤はトップを走ったファビオ・クアルタラロ。

自分の乗り方と自信を取り戻すには

ホンダもヤマハもコンセッションが適用され、シーズン中の開発も自由度が高い状況です。恐らく両メーカーともできるだけ開発をしているはずで、「それならすぐに追いつけるだろう」と思いたくなりますよね。でも実は、開発もやりすぎるとライダーが調子を崩すことがあるんです。

’00年、僕はアプリリアのファクトリーライダーとして、2シーズンめの世界GP500ccクラスを戦っていました。前年に2度表彰台に立ったこともあり、アプリリアはもちろん意気込み十分。いろいろなパーツを用意してくれたんですが、僕自身が迷路に迷いこんでしまったんです。

「あれもやろう」「このパーツも投入しよう」と、矢継ぎ早に新機軸が採用され、そのつどテスト走行するんですが、そのうち自分本来のライディングがどれだったのか分からなくなってくるんですよ。ファクトリーチームは何でも作れる分、迷いも多くなるんです。

「迷ったら元に戻ればいい」とベースに立ち返ろうとするんですが、レース専用に作られたプロトタイプマシンの場合、そもそもベースというものがありません。こうなるとワケが分からないまま前進し続けるしかなくなり、自分の走りも見失い、パーツの評価も難しくなり、しまいには転倒が増えたり、自分では乗れているつもりなのにタイムが出なくなったりして、どんどん自信がなくなっていきます。

そんな時、どうしたかと言えば、僕の場合は「テストをいったん止めてほしい」とお願いしました。マシンの側は何もせず、とにかくしっかりと走り込んで、自分の乗り方と自信を取り戻す。このプロセスがすごく重要なんです。

これはもう20年以上前の僕の経験談ですが、今のMotoGPを見ていても、何となく同じようなことが起きているようにも感じます。例えば、優先して先行パーツが投入されているはずのファクトリーチームのライダーより、型落ちでさほど開発されず、テストも少なく、パーツが替わらないサテライトチームのライダーの方が、安定して好成績を出している。

同じファクトリーチーム内でも、そういうことは起こります。最新型マシンをどうにか自分の好みにしようといじり倒しているうちに、すっかりハマッてしまったフランチェスコ・バニャイアと、「マシンはあんまり良くないけど、とりあえず自分の走りでなんとかするわ」と、細かいことは気にせずに走るマルク・マルケス。どっちが成績を残しているかと言うと……。

はたから見てもかわいそうなほどメンタルにきているフランチェスコ・バニャイア。

マシンがベストではなくても何とかしてしまうのがマルク・マルケス。

だからと言って、「必ずサテライトチームや型落ちマシンの方がいい」というような簡単な話ではありません。メーカーの技術者たちが知恵を絞って開発した最新・最良と思われるパーツは、やはりアドバンテージになることが多い。

ですが、僕自身も経験したように、ライダーを迷わせる可能性もあるのが悩ましいところ。さらに最近のMotoGPは開発に制約がある分、ファクトリーであることのアドバンテージが少なくなっています。ヤマハとホンダのファクトリーチームで言えば、たまにでも好調さをアピールできているのはクアルタラロだけ。サテライトチームのライダーの方が目立っているような印象。

その結果として、「いつ誰が勝ってもおかしくない」という混戦模様が強まり、エンターテインメントとしての面白さが増し、お客さんも増え……という好循環が生まれているとしたら、ドルナの考え方が合っていた、と言えるのかもしれません。

Supported by MICHELIN

※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。