
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第136回は、1990年代と現代のマシンテストの違い、そして最高峰クラスデビューでも浮足立っていない小椋藍選手の凄みについて。
Text: Go TAKAHASHI Photo: Michelin, YM Archives
伸び伸びとテストできるサテライト、開発が大変なファクトリー
前回は、「自分に合ったマシンを作ってもらえるかどうか」という話からずいぶん脱線してしまいました(笑)。「自分に合ったマシンを作ってもらえるかどうか」という話は、あくまでも僕が現役だった時代のこと。今はだいぶ事情が違っています。
最近はマシン開発の制約が厳しいうえに、タイヤはワンメイク。本当の意味で、自分の思い通りのマシンを得られることがありません。その分、開発の大変さから解放され、走ることだけに集中できます。それでも、やはり各メーカーのファクトリーチームは、先行パーツの壮大な実験場として機能しています。
開発は、新しいパーツをひとつひとつ試し、従来のパーツと比較し、採用するかどうかを判断しなければならないので、かなり大変な作業なんです。小椋藍くんを始めとしたニューカマーがテストから好ポジションに着けられているのは、現時点では開発面を気にする必要がないから、とも言えます。
逆にドゥカティのサテライトチームからアプリリアのファクトリーチームに移籍したマルコ・ベゼッキなどは、今のMotoGPなりの開発の大変さに直面していますよね。「今までにない量のマテリアルを試してる。本当に退屈だよ」なんてボヤいていましたから、開発に追われて用意されたプログラムをこなすのに精一杯。気持ちよくタイムアタックできていないことが分かります。
アプリリアファクトリー入りした#72マルコ・ベゼッキ。
そもそも、僕の現役時代には、テストの機会がたっぷり用意されていました。シーズンオフはもちろん、シーズン中も含めて、どれだけのテストをこなしたか分からないほど。ベゼッキどころではない量のパーツを試しながら、走り込んでいたんです。
それだけ多くのテストをこなせる分、徹底的に自分に合ったマシンを作り込まなければなりませんし、言い訳もできません。ある意味では苛酷ですが、僕にはそのやり方が合っていました。今のように、自分に合っていないマシンでだましだましシーズンを戦うなんて、当時の僕にはできなかったでしょう。
タイヤひとつとっても、当時最高峰だった500ccクラスは複数のタイヤメーカーが参戦しており、激しい開発競争が繰り広げられていました。特に僕がアプリリアから500ccクラスに参戦していた時は、2気筒という特殊なマシンに合わせて、ミシュランが頑張って僕のリクエストに応えてくれたのを覚えています。
2001年、アプリリアのファクトリーマシンでホンダの#74加藤大治郎と激戦を繰り広げた#31原田哲也。シリーズタイトルは加藤大治郎が勝ち取り、若き才能を前に潔く負けを認めた。当時の250ccクラスはダンロップタイヤが主流。
僕の仕事は簡単で、文句を言うだけです(笑)。「滑る」だの「曲がらない」だの「フルバンクでのエッジグリップが欲しい」だの「ブレーキングでもっと扱いやすい特性を」だのと、言いたい放題です。それを聞いてミシュランが対策品を持ち込んでくれるんですが、その量がハンパない(笑)。
と言って、必ずしも思い通りの特性のタイヤが得られるわけじゃないのが、また難しいところです。タイヤメーカーもタイヤメーカーで、ライダーのコメントをもとに、プロファイルを変えたり構造を変えたりコンパウンドを変えたり……と、さまざまな試行錯誤をするわけですからね。簡単には行きません。
でも、そういうやりとりを繰り返しながら、ライダーはスキルや感覚が高まるし、タイヤメーカーは技術が向上する。非常に有益だったと思います。
そんなわけで、今のMotoGPは誰もが少なからず妥協しながらレースをしています。しかも、マシン性能はレギュレーションの枠内で極限まで突き詰められている。
こうなってくると、マシン本来のちょっとした差が非常に大きく影響してきます。そして、セットアップではその差は埋まらない。簡単に言えば、「いいマシンじゃないと勝てない」という状態です。実際に今のMotoGPは、ドゥカティでなければ勝てないレースになっています。
何しろあのマルク・マルケスでさえドゥカティに移籍し、なおかつ「ファクトリーチームじゃなければ無理」と言ったんですからね……。彼ほど圧倒的な腕前の持ち主なら、外野は「ホンダだろうがサテライトチームだろうが、チャンピオンになってもおかしくない」と思ってしまいますが、当の本人が「これじゃ無理」と感じたということは、腕の差では埋めることができないマシンの差があった、ということ。MotoGPの現状を象徴しているように思います。
正直なライダー心理としては、「ドゥカティだから勝てたんだよね」と言われると、「……ん?」と、複雑な気持ちになるでしょう。逆に言えば、ドゥカティ以外のメーカーのライダーは、高いモチベーションを持っているはずです。大きな転倒によりテストから離れたホルヘ・マルティンなどは、絶対にアプリリアでチャンピオンを取って自分の力を証明したいと思っているでしょう。
理解を進めるために淡々と走る
さて、最後に触れておきたいのは、小椋藍くんの活躍です。マレーシアではシェイクダウンテスト、そして公式テストと合計6日間走りましたが、彼のコメントを聞く限りではタイムアタックをしなかったようです。今は淡々と走り込みながら、MotoGPマシンに慣れている段階なのでしょう。
「タイムアタックをせず、淡々と走り込む」。言葉にすると簡単なようですが、実はこれ、かなり難易度が高いんです。と言うのは、かなり自信がないと淡々とした走り込みはできないからです。
ライダーは常に速く走りたい生き物だし、常に自分のポジションが気になる生き物だし、常に自分の速さを見せつけたい生き物です。そうでなければ、わざわざライダーなんて職業を選びません(笑)。
ところが「タイムアタックをしない、淡々とした走り込み」は、これらライダーの本能にことごとく逆らう行為なんです。速く走りたい気持ちを抑え、ポジションを気にせず、自分の速さも見せつけない。新品タイヤもあえて履かず、レース後半を想定しながら文字通り「淡々と」走り込むのですから、特にニューカマーにとってはなかなかの修業です。
夢の舞台に立ったばかりなのに、藍くんはこれを地道にこなしていました。彼自身が今までどういう考え方でレースをしてきたかがよく分かりますし、もしかすると青山博一くんの教えもあったのかもしれません。いずれにしてもまったく浮き足だったところがなく、しっかりとマシンやタイヤを理解しようとしていました。
もちろんシーズンが始まってみないと分からないのでうかつなことはいいたくありませんが、テストの様子を見ている限りでは、藍くんはかなり期待できます。普通に走っていてもトップ10以内には間違いなく入れるでしょうし、状況によってはトップ5が見えるレースもあるのでは、と思っています。
ロードレース世界選手権において日本人で7人目のチャンピオン(2024年 Moto2)を獲得した小椋藍。2025年は最高峰クラスに参戦する新人として何を見せてくれる?
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