「勝つ」という目的以外は何も必要ない

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.127「日本人ライダーが欧州メーカーのチームで走ることの意味」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第127回は、MotoGPへの昇格とともにホンダからアプリリアへ移籍する小椋藍選手に、自らの経験を重ねます。


Text: Go TAKAHASHI Photo: Pirelli, YM Archives

ミシュランパワーGP2

好成績を求めてアプリリアへ

小椋藍くんが、来季はMotoGPに昇格しますね! 日本のファンにとってはビッグニュースで、僕もすごく楽しみです。チームはトラックハウス・レーシングで、マシンはアプリリア。別にファクトリーチームがあるので、トラックハウスはサテライトということになりますが、今のMotoGPは昇格すること自体が本当に難しい! 藍くんとしてはいろいろ考慮したうえでの決定でしょう。

第8戦オランダGPで今季2勝目を挙げた小椋藍選手。12戦を終えた段階でのランキングは2位で、これまでにトップと12ポイント差の150ポイントを積み上げている。

何しろ長くホンダのライダーだったわけですから、アプリリアの移籍は決して簡単な決断ではなかったはずです。でも現状のリザルトを見れば、アプリリアの方が好成績を挙げられる可能性が高いのは確か。詳しい経緯は僕には分かりませんが、ホンダとの話し合いもうまくまとまった結果として、アプリリアに行くということだと思います。

僕自身も、現役時代にヤマハからアプリリアへの移籍を経験しています。同じような状況に見えますが、僕の場合はアプリリアのファクトリーチームだったので、事情は少し異なります。とは言え、藍くんの実力が買われたことは間違いありません。

トラックハウスはアメリカが本拠地のチームなので、Moto2で活躍しているアメリカ人ライダー、ジョー・ロバーツを選ぶのがもっとも無難でしょう。日本人の藍くんを起用することで、チームが批判されてもおかしくありません。事実、SNSではそんな声も挙がっていると聞きます。

それでもトラックハウスが藍くんを選んだのは、それだけ彼の実力が高く評価されているからこそ。日本人ライダーが海外メーカーのマシンに乗るのは本当に難しいことなので、今回の藍くんの昇格と移籍に関しては、素晴らしいことだと思っています。

今、目の前にある好条件をつかむ

藍くんの立場になってみると、どういう形であれホンダとは袂を分かつことになるわけですから、「思い切った決断」と感じる人も多いかもしれません。日本人なら日本のメーカーにいた方が優遇されるんじゃないか、将来も多少は約束されているんじゃないか、と。

でも僕はまったくそうは思いません。ライダーである限り、ひとつでも上を目指そうとするべきです。どうなるか分からない将来のことで自分の道を決めるより、今、目の前の好条件をつかむべきなんです。

レースは、道具を使うスポーツです。そしてライダーは、勝ちたくて、勝つためにレースをしている。だったら、今の時点でよりよい道具を選んだ方がいいに決まっています。

今シーズンはMT Helmets – MSI チームでMoto2を走っている。

将来のことなど、「勝つ」という目的以外の事柄は、必要ありません。そんなことを考えるぐらいなら、レースなんか辞めた方がいい。なぜなら、すでに勝つこと以外を意識しているからです。そんな気構えで通用する世界ではありません。

勝つこと以外のことを考えていたら、絶対に勝負し切れないんです。激しい競り合いの中、頭のどこかで少しでも勝つこと以外の何かがよぎったら、その時点で、もう負け。世界でトップを獲るというのは、そういうことなんです。保険を掛けてはいられません。

逆に、勝ちさえすれば、「また乗ってほしい」という話になる。完全に自分の頑張り次第、実力次第。特に海外メーカーのロジックは本当にシンプルで、うまくやればすぐ評価されるし、できなければ翌年の契約はない、というだけのこと。シンプルだからこそ、やりがいがあります。

僕がヤマハからアプリリアに移籍した時、はっきりとした自信はありませんでした。何しろ乗ったことがないマシンですから、どうなるかは分からない。でも、総合的に判断して、「あのマシンが手に入れば勝負できるな」と思えたのが、あの当時ではアプリリアだった、ということなんです。

そこからは、実力だけです。残念ながら僕はアプリリアでチャンピオンを獲ることは叶いませんでしたが、イタリアのメーカーが日本人の僕と契約を続けてくれたのは、彼らが望むだけの結果を残せたから。ただそれだけです。

そして藍くんも、そういう海外メーカーの実力主義を十分に理解したうえで、そこにやりがいを感じての移籍でしょう。かねてから彼は「Moto2でチャンピオンを獲ってからMotoGPにステップアップしたい」と言っていました。しかし今回の昇格・移籍は、「Moto2タイトル獲得に関わらず」という決断です。そして僕は、これも正しいと思います。

移籍と同時のMotoGP昇格はプラスに作用するかも

先にも書いたように、今、MotoGPライダーになることは本当に難しい。実力が必要なのはもちろんですが、いろいろな条件がすべて揃ったタイミングでしか、門は開きません。そして藍くんは、そのタイミングをしっかりと見極めました。

僕と同じように国内メーカーから海外メーカーに移籍することになるので、比較されていることも多いようです。しかし、いろいろな事情や、ファクトリーチームかサテライトチームか、そしてもちろん時代も異なりますので、比較できるものではありません。まったく別の話だと思う。

2001年チェコGPにて、加藤大治郎選手と競う原田さん。このシーズンのチャンピオン争いは2人だけの世界を展開したかのようだった。

でもひとつ言えるのは、国内メーカーから海外メーカーに移籍するのと同時にMoto2からMotoGPに昇格するのは、ちょっとプラスかもしれません。マシンはメーカーも排気量もタイヤも変わりますから、まったくのゼロスタート。すべてをゼロから対応することになるので、変な先入観が通用せず、ライディングもゼロから組み立て直す分、かえってうまく行く可能性は高いと思います。

特に藍くんはダートトラックやモトクロスなどのトレーニングを通じて、走りの引き出しが多い。きっとMotoGPマシンにもうまく対応するのではないかと期待しています。

「早く11月にならないかな」と、今から楽しみです。最終戦が終わってすぐのテストが、彼のアプリリア初乗りになるはずですからね。常日頃から言っているように、うまく行く時は最初から何か光るものが見える。初乗りでパッと輝いてほしいと思っています。

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