
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第119回は、マルケスが勝てるのはいつ? 日本メーカーはどうなる? 今年は全日本が面白いってホント? に答えます。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Honda, Michelin, Red Bull, 箱崎太輔(全日本JSB1000)
ファクトリーマシンを活かしきれるかはグレシーニのチーム力次第
開幕戦カタールで、4位になったマルク・マルケス。ホンダからドゥカティに移籍しての初レースとしては上出来なのですが、それは「普通のMotoGPライダー」の話。マルケスぐらいの超天才なら、もっとすごいパフォーマンスを見せてくれるのではないか、と期待していたので、ちょっと肩透かしを食らったのも事実です。
ホンダの時のような「転んでもいいから行っちまえ!」というアグレッシブさが感じられず、今のところは探り探りのライディングですね。慣れていないことはもちろんですが、あのマルケスが慎重に走っている姿を見ると、「さすがに年齢やケガの影響もあるのかな」という気持ちになります。’20年の大きな骨折前にドゥカティに移籍していたら、どんなだったでしょうね?
マルケスはサテライトチームのグレシーニ。やはりファクトリーチームとの差もありそうです。何が違うって、やはりマシンの使いこなしです。グレシーニが走らせているのは、型落ちとは言えファクトリーマシン。これがまた、ファクトリーマシンというのはいじれる箇所が非常に多いため、いったん迷路に入り込んでしまうとなかなか抜け出せないシロモノなんです。
同じチームで昨年から走っている弟のアレックス・マルケスよりも前に出るのはさすが。
ドゥカティ同士の話ですから、ファクトリーチームとのデータ共有は行われていると思いますが、だからと言って簡単にうまく行くわけではありません。そのデータをどうマシンに落とし込み、ライダーの好みやタイムとすり合わせていくかは、やはりチーム力ということになります。特に重要なのは、ベースセッティング。いったん踏み出しを間違えてしまうと、後から修正するのは非常に難しくなってしまいます。
これは例え話ですが、スタート時点で基準から0.5度ずれている線と1度ずれている線があり、100m進んだとします。三角関数を駆使して計算すると(笑)、0.5度の線は、100mで基準から87cmずれ、1度の線は基準から174cmずれることに。わずか0.5度の差が、100mで87cmの差がついてしまうんです。
これは本当に例え話ですが、セッティングも同じことが言えます。スタート時点でのちょっとのずれが、シーズンが進むにつれてどんどん大きな差となって広がってしまう。ここを何とかできるかどうかは、あからさまに言ってしまえば、チームスタッフの人間力に懸かっています。ここがファクトリーチームとサテライトチームの大きな差になっています。
ただ、マルケスはそういったチーム差をも飛び越える実力を持っているのは確か。今は手探りしている段階ですが、彼自身がデスモセディチのライディングにもっと慣れ、そのパフォーマンスを完全に引き出せるようになれば、優勝争いに加わるはずです。最初に言った通り、期待としては開幕戦からいきなり優勝争い……だったんですけどね(笑)。
今年は全日本ロードレース・JSB1000が面白い!
一時はトップも走った水野涼。
期待通り、開幕戦からドゥカティが素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたレースと言えば、そう、全日本ロードJSB1000クラス! ドゥカティ・チームカガヤマの水野涼くんが、スーパーバイク世界選手権(SBK)でチャンピオンを獲ったファクトリーマシン・パニガーレV4Rをライディングし、ヤマハファクトリーの中須賀克行くんに次ぐ2位となりました。
パニガーレV4RはSBKのファクトリーマシンですが、チームカガヤマはファクトリーチームではありません。十分な準備期間もなかったはずなので、V4Rのパフォーマンスを引き出すこと自体が大変だったと思います。水野くんのライディングも素晴らしかったし、チームの仕事も見事でした。
レース後の水野くんは「勝ちを狙っていたから2位は悔しい」と語っていましたが、開幕戦であのレースまで持ち込むのは本当に大変だったはず。今シーズン中に中須賀くんに勝つ姿が見られそうですし、もしかすると第2戦モビリティリゾートもてぎや、第3戦スポーツランドSUGOもチャンスかもしれませんね。
しかし開幕戦鈴鹿で優勝した中須賀くんは、本当にすごい! さすが12回もチャンピオンになっているだけあって、レースに勝つために何が必要かを完全に分かっています。ただ、年齢を重ねると恐怖心が増したり体力が落ちたりいったネガティブ要素が増え、分かっていてもできなくなるもの。42歳にもなってまだモチベーションを保ち、ずっとみんなの目標であり続けている中須賀くんには、脱帽です。
ダンロップタイヤを選んだ長島哲太くんも、想像以上の活躍を見せましたね。路面温度が低く、ダンロップの特性には合っていたコンディションでしたが、彼が走らせているCBR1000RR-Rはキット車ですからね……。ヤマハやドゥカティのファクトリーマシンを相手取っての戦いは、ライダーの頑張りが目に見えて、とても素晴らしかったと思います。
タイヤの開発はかなり難しいチャレンジです。長島くんのチームも「3年計画でチャンピオンを狙う」とのことですが、確かにそれぐらい時間がかかるかもしれません。ブリヂストン一強もすごいことですが、ファンとしてはライバルメーカーとバチバチとぶつかり合うタイヤ戦争も楽しみですよね。将来的には長島くん+ダンロップタイヤで鈴鹿8耐制覇も……なんて、楽しく妄想してしまいます。
それにしても、今年の全日本JSB1000は本当に面白い! 中須賀くんのチームメイトである岡本裕生くんも成長してきていますし、水野くん+パニガーレV4R、長島くん+ダンロップなど、実力と個性の両方を備えた組み合わせは目が離せません。さらに高橋巧くん、野左根航汰くんら、世界でのレースを経験した力のあるライダーも揃っています。
誰が中須賀くんを打ち倒すのか……。話題が尽きない今年の全日本は、華やかだったあの頃が戻ってきた感じで、個人的には本当に楽しみ。やっぱりハイレベルな競争が繰り広げられると、レースは盛り上がりますよね!
日本メーカーは再び勝てるようになる?
日本……ということで、最後に改めてMotoGP開幕戦の話に戻りますが、日本メーカーはどうしちゃったんでしょうか? ヤマハはファビオ・クアルタラロの11位が、ホンダはヨハン・ザルコの12位が最上位でしたが、あまりにも存在感がなくて、さすがにまずいんじゃないか、という気がしました。
後方で固まり、“ジャパンカップ”と言われてしまう状況。ポルトガルGPではいい兆しが出始めているが……。
ここまで苦戦が続いていると、企業にとってはむしろマイナスイメージになってしまうのではないかと、余計な心配をしてしまいます。レースをやってきた身とすれば、やっぱり「レースは勝ってナンボ」の世界。勝てないまま続けることにどんな意味があるのかと、ちょっと考えてしまいます。
さまざまなレギュレーションによって、日本メーカーの得意分野が押さえつけられたのは確かかもしれません。でも今、あらゆるレギュレーションの縛りやコスト制約を取っ払って完全フリーにしたとして、果たしてホンダやヤマハが勝てるようになるのでしょうか?
ドゥカティがここまで来るには、長い年月がかかっています。’03年からMotoGPに参戦を開始し、’07年にケーシー・ストーナーという天才によってチャンピオンを獲得しましたが、長い長い不遇の時代を過ごしています。’14年にジジ・ダッリーリャが加入してから劇的に変化したとは言え、そこから’22年の再びのチャンピオン獲得までに8年の歳月を要しました。
あらゆる制約を取り払ったら、ホンダ、そしてヤマハという日本メーカーは、再びチャンピオンの座に返り咲けるのでしょうか? 可能なのか、不可能なのか、可能だとしてどれぐらいの年月が必要なのか……。皆さんはどう思いますか?
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
全日本、そしてMotoGPライダーとの違いとは 前回は鈴鹿8耐のお話をしましたが、先日、鈴鹿サーキットで行われた鈴鹿サンデーロードレース第1戦に顔を出してきました。このレースは、鈴鹿8耐の参戦権を懸け[…]
予選PP、決勝2位のクアルタラロ MotoGPもいよいよヨーロッパラウンドに突入しました。今はヘレスサーキットでの第5戦スペインGPが終わったところ。ヤマハのファビオ・クアルタラロが予選でポールポジシ[…]
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
15番手からスタートして8位でフィニッシュした小椋藍 モナコでロリス(カピロッシ)と食事をしていたら、小椋藍くんの話題になりました。「彼は本当にすごいライダーだね!」と、ロリスは大絶賛。「ダイジロウ・[…]
マルケスがファクトリーマシンを手に入れたら…… MotoGP開幕戦・タイGPで優勝したマルク・マルケスは、圧巻の強さでしたね。7周目に、タイヤの内圧が下がりすぎないよう弟のアレックス・マルケスを先に行[…]
最新の関連記事(モトGP)
全日本、そしてMotoGPライダーとの違いとは 前回は鈴鹿8耐のお話をしましたが、先日、鈴鹿サーキットで行われた鈴鹿サンデーロードレース第1戦に顔を出してきました。このレースは、鈴鹿8耐の参戦権を懸け[…]
予選PP、決勝2位のクアルタラロ MotoGPもいよいよヨーロッパラウンドに突入しました。今はヘレスサーキットでの第5戦スペインGPが終わったところ。ヤマハのファビオ・クアルタラロが予選でポールポジシ[…]
1位:スズキ『MotoGP復帰』&『850ccで復活』の可能性あり?! スズキを一躍、世界的メーカーに押し上げたカリスマ経営者、鈴木修氏が94歳で死去し騒然となったのは、2024年12月27日のこと。[…]
XSR900GPとの組み合わせでよみがえる”フォーサイト” ベテラン、若手を問わずモリワキのブースで注目したのは、1980年代のモリワキを代表するマフラー、「FORESIGHT(フォーサイト)」の復活[…]
上田昇さんとダニと3人で、イタリア語でいろいろ聞いた 先日、ダイネーゼ大阪のオープニングセレモニーに行ってきました。ゲストライダーは、なんとダニ・ペドロサ。豪華ですよね! 今回は、ダニとの裏話をご紹介[…]
人気記事ランキング(全体)
通勤からツーリングまでマルチに使えるのが軽二輪、だからこそ低価格にもこだわりたい! 日本の道に最適なサイズで、通勤/通学だけでなくツーリングにも使えるのが軽二輪(126~250cc)のいいところ。AT[…]
ライディングポジション関連を変更。実用性もアリ!! 基本構成はCB1000ホーネット譲りだが、各部のパーツは専用品が多い。とくに注目すべきはスマートキーだ。ホーネットでは物理キーを鍵穴に挿し込む一般的[…]
半クラッチは熱膨張で繋がる位置が変わる! ほんとんどのバイクは、エンジンのシリンダーよりちょっと後ろに丸い膨らみがある。これがクラッチ。 丸い膨らみの中には、エンジンのパワーを発生するクランクシャフト[…]
日本映画史の記憶に残り続ける『トラック野郎』シリーズ第1作 『トラック野郎 御意見無用』は、1975年に公開された鈴木則文監督による日本映画。東映製作/配給の『トラック野郎』シリーズの記念すべき第1作[…]
250A1、350A7に続く最速チャレンジャー真打ち登場!! 1966年に250ccA1サムライで、先行していたホンダCB72、ヤマハYDS3、スズキT20の性能を上回り、次いでボアアップした338c[…]
最新の投稿記事(全体)
その姿、まるでGB400TT MkIIの正統後継者! 欧州ホンダは、2025年も例年通りカスタムコンテスを開催。これは正規ディーラーがホンダ車をベースにカスタムを手がけ、オンライン投票で最優秀マシンを[…]
原付スクーターは16歳から取得可能な“AT小型限定普通二輪免許”で運転できる バイクの免許は原付(~50cc)、小型限定普通二輪(~125cc)、普通二輪(~400cc)、大型二輪(排気量無制限)があ[…]
各部に配された黒が車体を引き締める 1833cc水平対向6気筒エンジンを搭載するホンダのフラッグシップモデル、ゴールドウイング。2022年モデルは、2022年4月21日に発売した。 ここでゴールドウイ[…]
日本を含むアジア圏で人気のSUVスクーター 水冷4バルブのeSP+エンジンを搭載するアドベンチャー系SUVスクーター「ADV160」シリーズに新色が登場した。新たなカラーラインナップが発表されたのはマ[…]
上質な栃木レザーのハンドメイドキーケース このキーケースは、革職人が上質なレザーを用いてハンドメイドで製作。素材には、国産最高峰とされる栃木レザーが使用されており、使い込むほどに手に馴染み、美しい経年[…]