
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第118回は、ペドロ・アコスタが意外にも上位進出ならず、なのに期待を持たせる理由について。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Michelin, Red Bull, YM Archives
急に失速し、9位でフィニッシュしたアコスタだけど……
ついにMotoGPが開幕しました! ……勢いで「ついに」と書いてしまいましたが、2月初旬のマレーシア公式テスト、そして2月半ばのカタール公式テストが行われると、バタバタッとシーズンが始まった感じがします。「ついに」という感覚が薄いのは、シーズンオフでもたくさんの情報が流れてくるからなんでしょうね。
さて、カタールで行われた開幕戦、僕が注目したのは何と言ってもガスガス(KTM)のペドロ・アコスタ! ……なんですが、もともと速いライダーなので「MotoGPデビュー戦からイケるだろう」と思っていた割には、結果は9位。彼の実力からすると「……うーん?」と思うようなレースになりました。
M.マルケスの前を走るまでに速さを見せたアコスタ。
テストからとにかく速さを見せつけていたし、何しろ19歳という若さですからね。勢いがあります。だから「スタートから前に出てトップ集団に食らいつくことができれば、もしかしたら勝ってしまうのでは」ぐらいに考えていたのですが、途中でタイヤがタレてしまってからはズルズルと後退してしまいました。
あれほど見事にポジションを落としていく様子を見ると、「今のMotoGPはタイヤマネージメントがよほど難しいのかな」と思えますが、どうなんでしょうね?(笑)僕は今のMotoGPタイヤでレースをしたことがないので何とも言えませんが、僕の現役当時に比べると、タイヤのタレ度合いは激しいようにも見えます。
が、本当に何とも言えません。僕らの時代も、そしてたぶん今も、タイヤのおいしいところはレースがスタートして3周ほどで終わっています。ただ、当時のタイヤの方が最初からグリップレベルが低いから、タレても今ほどの落差はなかったのかもしれません。今のMotoGPタイヤは最初のグリップレベルが高い分、タレた時の落差が激しいのかもしれない。全部「かもしれない」で申し訳ありませんが(笑)、何しろ今のMotoGPタイヤを経験していないので、何とも言えないというのが正直なところです。
体力の面で後れをとった?
現象として確実に言えるのは、12周目にマルク・マルケスを抜くほどの勢いだったアコスタが、その1、2周後から急に失速し、9位でフィニッシュしたということ。ここにはもちろん今のMotoGPタイヤにふさわしいマネージメントが不足していた、という要素もあったでしょう。そしてもうひとつ言及しておきたいのは、体力という要素です。
昔のGPマシンは、とにかく軽い! 最高峰クラスのGP500マシンで言えば、’91年以降の最低重量は130kgでした。それ以前なんて115kgですからね。とんでもない軽さです。今のMotoGPマシンの最低重量は、157kg。’91年以降のGP500マシンに比べると、27kgも重い。グラム単位で軽量化をめざすレーシングマシンからすると、とてつもない重さです。
重さが何に利いてくるかって、何と言ってもブレーキングです。MotoGPマシンは最高速もとんでもない速さ。コースにもよりますが、僕の現役当時のGP500マシンに比べるとストレートスピードは50~60km/hも高まっています。それだけ高速で、なおかつ27kgも重い物体を急減速させるわけですから、ライダーの体にかかる負担も相当なもの。体力がないと、とてもではありませんがレースになりません。
M.マルケス(左)とアコスタ(右)。
これも推測に過ぎませんが、アコスタのタイヤマネージメントの方法そのものに問題があったわけではなく、体力的な限界から思うようなタイヤマネージメントができなかったのかもしれません。というのも、後退し始めてからの彼の振る舞いは落ち着き払っていて、きっちりと9位で完走してみせたからです。
実はこのレース運びも本当にすごいこと。普通の若手は、8番手グリッドからのデビュー戦で、しかも途中でマルケスを抜いたりしたものなら、舞い上がってしまうものです。タイヤがタレてもそのことに気付かず、ハイペースのまま走り続けてしまい転倒リタイヤ、なんて珍しくありません。
でもアコスタは途中から完全に割り切っていました。オーバーラン気味になってマルケスに抜き返されても無理に追いすがろうとせず、「ま、今日はここまでか」とあっさりと引き下がり、きっちり9位でポイントを獲得したんです。19歳の若者らしからぬ、ベテランの風格さえ感じました(笑)。
さすがにMoto3のデビューイヤーでチャンピオンになり、Moto2でも2年目にチャンピオンを獲っただけのことはあります。レースというものを非常によく理解している。マルケスが「いずれ彼はチャンピオン争いに絡んでくるだろう」と言っていましたが、まさにその通りだと思います。
ライディング面でアコスタが優れているのは、ブレーキングです。とにかく巧みで、もっとも車速を落としたいクリッピングポイントあたりに向けて、無駄なくコントロールしている。MotoGPにも、ただ闇雲にガツンとブレーキングするライダーもいますが、アコスタは非常にスムーズです。ある意味では派手さがない地味な走りですが、逆にここにもベテラン感が表れていて、底知れぬ実力を感じます。
恐らく今回の開幕戦の経験から多くを学んだことでしょう。第2戦ポルトガルGPでは、さらに成長したアコスタの姿が見られるかと思うと、非常に楽しみです。
デスモセディチGP23、失敗作だった説
おっと、レースそのものにまったく触れていませんでした(笑)。ドゥカティファクトリーのフランチェスコ・バニャイアが強かったですね! 貫禄の優勝です。昨年はシーズン序盤にだいぶ苦しんでいたことを考えると、’24年型デスモセディチGP24はかなりいいマシンなのでしょう。チームメイトのエネア・バスティアニーニも5位と、やはり昨年に比べたら順調。逆に、’23年型はちょっとした「失敗作」だったのかもしれません。
というのも、’23年型デスモセディチGP23に乗っているサテライトチームのマルコ・ベゼッキが下位に沈んだからです。ややこしいのですが、GP22に乗っていた’23年はシーズン序盤から好調だったベゼッキ。GP23に乗る’24年は、厳しい幕開けとなっています。ということは、やはりGP23は問題ありと考えるのが自然です。
そのマシンでチャンピオンを獲ったバニャイアは、王座にふさわしいシーズン運びだったということ。今年もこのままの強さでバニャイアが突き進むのか、速さのあるホルヘ・マルティンがバニャイアを止めるのか、注目です。
次回はマルケスの話題と、全日本ロード開幕戦についてお伝えします。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
決勝で100%の走りはしない 前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたこ[…]
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない 第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか[…]
ヨーロッパラウンドで欧州勢が本調子に MotoGP第8戦イギリスGPが行われた週末は、「モータースポーツ・ウィークエンド」で、なんだか忙しい日々でした(笑)。まずはMotoGPですが、娘がモータースポ[…]
地元ライダーの大活躍で盛り上がったフランスGP MotoGPは第6戦フランスGP、第7戦イギリスGPを終えています。フランスGPはめちゃくちゃお客さんが入っていましたね! ヨーロッパに住んでいる僕の感[…]
全日本、そしてMotoGPライダーとの違いとは 前回は鈴鹿8耐のお話をしましたが、先日、鈴鹿サーキットで行われた鈴鹿サンデーロードレース第1戦に顔を出してきました。このレースは、鈴鹿8耐の参戦権を懸け[…]
最新の関連記事(モトGP)
決勝で100%の走りはしない 前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたこ[…]
電子制御スロットルにアナログなワイヤーを遣うベテラン勢 最近のMotoGPでちょっと話題になったのが、電子制御スロットルだ。電制スロットルは、もはやスイッチ。スロットルレバーの開け閉めを角度センサーが[…]
φ355mmとφ340mmのブレーキディスクで何が違ったのか 行ってまいりました、イタリア・ムジェロサーキット。第9戦イタリアGPの視察はもちろんだが、併催して行われるレッドブル・ルーキーズカップに参[…]
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない 第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか[…]
ヨーロッパラウンドで欧州勢が本調子に MotoGP第8戦イギリスGPが行われた週末は、「モータースポーツ・ウィークエンド」で、なんだか忙しい日々でした(笑)。まずはMotoGPですが、娘がモータースポ[…]
人気記事ランキング(全体)
“次”が存在するのは確実! それが何かが問題だ 2018年に発売されたモンキー125以来、スーパーカブC125、CT125ハンターカブ、そしてダックス125と、立て続けにスマッシュヒットを飛ばしている[…]
カバーじゃない! 鉄製12Lタンクを搭載 おぉっ! モンキー125をベースにした「ゴリラ125」って多くのユーザーが欲しがってたヤツじゃん! タイの特派員より送られてきた画像には、まごうことなきゴリラ[…]
疲れない、頭痛知らずのフィッティング技術! SHOEIの「Personal Fitting System(以下P.F.S.)」は、十人十色で異なるライダーの頭部形状に合わせたフィッティングを行う同社の[…]
セニアカー技術をベースとしながら、誰もが楽しめる乗り物へ スズキがジャパンモビリティショー2023(JMS2023)で出品したのが、16歳の高校生からセニアカーに抵抗のある高齢者まで、誰でも簡単に楽に[…]
40年の歴史を誇るナナハン・スーパースポーツと、兄弟車のR600 1985年当時、ナナハンと呼ばれていた750ccクラスに油冷エンジン搭載のGSX-R750でレーサーレプリカの概念を持ち込んだのがスズ[…]
最新の投稿記事(全体)
レストアでのつまづきはそこかしこに 古いバイクをレストアしていると意外なところでつまずいたりするものですが、今回引っかかったのが8インチのチューブタイヤの「リムバンド」。 こちらのホイール、別にリムバ[…]
16歳から取得可能な普通二輪免許で乗れる最大排気量が400cc! バイクの免許は原付(~50cc)、小型限定普通二輪(~125cc)、普通二輪(~400cc)、大型二輪(排気量無制限)があり、原付以外[…]
ガソリン添加剤の役割 ガソリン添加剤といってもその用途はさまざまですが、大まかなカテゴリーとしては 洗浄効果 性能向上 の2つに分けられます。 洗浄効果について 現在主流になっているPEA(ポリエーテ[…]
ME125W[1977]:オリジナルフレームの原点 レースが2ストローク全盛の時代に、ホンダCB125JXの空冷4ストローク単気筒SOHCエンジンを大胆にチューン。自然循環式のオリジナル水冷シリンダー[…]
実質年利2.69%のスペシャルクレジットキャンペーン カワサキモータースジャパンでは、2025年7月1日(火)よりカワサキモーターサイクル新車(国内全モデル、年式排気量不問)/オフロードコンペティショ[…]
- 1
- 2