
斜陽の鮮明化なのか。それとも、復活劇に向けての伏線か。世界最高峰の二輪レース・モトGPで見られる、「勢いづく欧州メーカー」「押される日本メーカー」という図式。そこから見えてくるものは、いったい──。 ※ヤングマシン2023年4月号より
●文:高橋剛 ●取材協力&写真:スズキ/ヤマハ発動機/本田技研工業 ●YZR-M1写真:長谷川 徹
勢いに乗る欧州メーカー、苦戦する日本メーカー
マレーシアは常夏の国だ。2月とはいえ気温は30度をやすやすと超え、強い日差しが降り注ぎ、じっとりとした湿気で少し歩くだけで全身から汗が噴き出てくる。
クアラルンプール国際空港の広大な敷地内にあるセパンサーキットでは、2月10〜12日の日程で、モトGP’23シーズン最初の公式テストが行われていた。
白いシャツを着たひとりの日本人男性に、多くのフォトグラファーがカメラを向け、シャッターを切っている。昨年までスズキの社員としてモトGPのテクニカルマネージャーを務め、青いシャツを着ていた河内健だった。河内はホンダの白いシャツに身を包み、ホンダRC211Vの傍らにいた。
他にも幾人か、去年まではスズキの青いシャツを着ていた人々が、新しいシャツを羽織っている姿が見受けられた。
話は、’22年に遡る。5月12日、スズキはモトGPへの参戦終了についてドルナと協議中であることを公表し、7月13日にはモトGPから撤退することを公式に発表した。
そのことで、現場の雰囲気が大きく変わることはなかった。「メカニックもライダーも驚くほどプロフェッショナルで、やるべき仕事を普通にやってくれました」と河内は当時の現場の様子を振り返る。
「撤退するから特別にどうこうということは、少なくとも見ている限りではなかった。そもそもレースウィうことは、少なくとも見ている限りではなかった。そもそもレースウィークが始まってしまえば、感傷的になっている暇はありませんからね。1戦1戦しっかり戦おうという姿勢でやってきたつもりです」
スズキ・モトGPプロジェクトリーダーだった佐原伸一も、「モチベーションが下がったということはありませんでした」 と言う。
「ただ、あえて言うなら、むしろモチベーションが高くなった分、空回りした部分はあったのかもしれません」 と、率直だ。事実、ドゥカティとヤマハがチャンピオン争いを繰り広げる中、’20年にライダーズタイトルを獲得したはずのスズキは、苦戦が続いていた。
スズキレーシングカンパニー レース車両開発課 プロジェクトリーダー 佐原伸一 氏(右)/テクニカルマネージャー 河内健 氏(左) ※2022年12月取材当時
「レースリザルトという意味ではシーズン中盤に失速してしまいましたね」と佐原。「アレックス(リンス)は’21年シーズンまでの彼は好不調の波があったんですが、’22年は毎週末いい状態をキープできていました。それだけに、不可抗力のアクシデントによるケガなどもあってレース成績につなげられなかったのは残念でした。ライダーやマシンのポテンシャルを結果につなげられない状態。ある意味、歯車が噛み合っていなかったんですね」
一方で、モチベーションの高さは、ある効能ももたらした。
「’22年シーズン中に性能アップのために計画していたことは、全部やり切ろうぜ、という思いはありました。勝ちに行くんだという開発陣の思いは、後がないだけに強かったです」と佐原。
河内も、「’23年に入れる予定だった細かいネタは、いくつか前倒しで投入したものもあります。佐原と私が『ちょっと待て』と抑えることもあったぐらいで、『あれも入れましょう』『これもやりましょう』と、設計も開発も前のめりになっていました」
その効果もあってか、オーストラリアGPではリンスがスズキに2年ぶりの優勝をもたらした。佐原は表彰台に上がり、「見たか!」という思いで雄叫びを挙げた。
「今まで佐原は、プロジェクトの中心にいながら表彰台に登壇したことがなかったんです。ようやく高い所に立ってもらえて、ホッとしました」 と河内。
大きな喜びの一方で、GSX-RRという優れたマシンと、優れたチームがなくなってしまうことが、余計につらくもなっていた。
さらに最終戦バレンシアGPでは、リンスがシーズン2勝目をマーク。スズキ・モトGP最後のレースで勝利するという劇的な幕引きとなった。
※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
あなたにおすすめの関連記事
今年はシーズン前テストから快調なバニャイア ポルトガル・ポルティマオサーキットでのMotoGP公式テストが行われました。これで開幕前のテストは終了。昨年末のバレンシア、今年2月のマレーシア、そして今回[…]
いいかい? バイクには慣性モーメントが働くんだ 矢継ぎ早に放たれるフレディ・スペンサーの言葉が、 ライディングの真実を語ろうとする熱意によって華やかに彩られる。 めまぐるしく変わる表情。ノートいっぱい[…]
僕のおばあちゃんでも乗れるよ(笑) シニカルな笑顔を浮かべながら、決して多くはない言葉を放り投げてくる。 偽りのない率直な言葉は柔らかい放物線を描き、心の奥まで染み渡る。 かつて4度世界王者になったエ[…]
すごく簡単だったよ、ダートでの走行に比べればね 恐るべき精神力の持ち主。度重なる大ケガから不死鳥のように復活し、強力なライバルがひしめく中、5連覇の偉業を成し遂げた。タフな男の言葉は、意外なほど平易だ[…]
ひとたびこの乗り物を愛し、ライディングを愛してしまったら、もう戻れない この男が「キング」と称されるのは、世界GPで3連覇を達成したからではない。 ロードレースに革新的なライディングスタイルを持ち込ん[…]
最新の関連記事(モトGP)
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
MotoGPライダーが参戦したいと願うレースが真夏の日本にある もうすぐ鈴鹿8耐です。EWCクラスにはホンダ、ヤマハ、そしてBMWの3チームがファクトリー体制で臨みますね。スズキも昨年に引き続き、カー[…]
クシタニが主宰する国内初のライダー向けイベント「KUSHITANI PRODAY 2025.8.4」 「KUSHITANI PRODAY」は、これまで台湾や韓国で開催され多くのライダーを魅了してきたス[…]
決勝で100%の走りはしない 前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたこ[…]
電子制御スロットルにアナログなワイヤーを遣うベテラン勢 最近のMotoGPでちょっと話題になったのが、電子制御スロットルだ。電制スロットルは、もはやスイッチ。スロットルレバーの開け閉めを角度センサーが[…]
最新の関連記事(レース)
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
スーパースポーツ好きが多い鈴鹿8耐会場だけに、Ninja ZX-6Rプレゼントが話題に 開催中の鈴鹿8耐“GPスクエア”にあるカワサキブースでは、最新Ninja ZX-6Rを壇上に構え、8月末まで実施[…]
大幅改良で復活のGSX-R1000R、ネオクラツインGSX-8T/8TT、モタードのDR-Z4SMにも触ってまたがれる! 開催中の鈴鹿8耐、GPスクエアのブースからスズキを紹介しよう! ヨシムラブース[…]
今年の8耐レーサーYZF-R1&1999 YZF-R7フォトブース 6年ぶりに鈴鹿8耐へファクトリー体制での参戦を果たすヤマハ。それもあってか、今年の8耐は例年以上の盛り上がりを見せている。 会場のヤ[…]
“モンスターマシン”と恐れられるTZ750 今でもモンスターマシンと恐れられるTZ750は、市販ロードレーサーだったTZ350の並列2気筒エンジンを横につないで4気筒化したエンジンを搭載したレーサー。[…]
人気記事ランキング(全体)
発売当初のデザインをそのままに、素材などは現在のものを使用 1975年に大阪で創業したモンベル。最初の商品は、なんとスーパーマーケットのショッピングバックだった。翌年にスリーピングバッグを開発し、モン[…]
軽量で取り扱いやすく、初心者にもピッタリ 「UNIT スイングアームリフトスタンド」は、片手でも扱いやすい約767gという軽さが魅力です。使用後は折りたたんでコンパクトに収納できるため、ガレージのスペ[…]
まるで自衛隊用?! アースカラーのボディにブラックアウトしたエンジン&フレームまわり 北米などで先行発表されていたカワサキのブランニューモデル「KLX230 DF」が国内導入されると正式発表された。車[…]
LEDのメリット「長寿命、省電力、コンパクト化が可能」 バイクやクルマといったモビリティに限らず、家庭で利用する照明器具や信号機といった身近な電気製品まで、光を発する機能部分にはLEDを使うのが当たり[…]
コンパクトな車体に味わいのエンジンを搭載 カワサキのレトロモデル「W230」と「メグロS1」が2026年モデルに更新される。W230はカラー&グラフィックに変更を受け、さらに前後フェンダーをメッキ仕様[…]
最新の投稿記事(全体)
竹繊維を配合した柔らかく軽量なプロテクターシリーズ 「お気に入りのジャケットを、もっと涼しく、もっと快適にしたい」、そんなライダーの願いを叶えるアップグレードパーツ「バンブーエアスループロテクター」シ[…]
対策意識の希薄化に警鐘を鳴らしたい 24年前、当時、編集長をしていたBiG MACHINE誌で「盗難対策」の大特集をしました。 この特集号をきっかけに盗難対策が大きな課題に そして、この大盗難特集号は[…]
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
夏ライダーの悩みを解決する水冷システム 酷暑の中、ヘルメットやライディングウェアを身につけて走るライダーにとって、夏のツーリングはまさに過酷のひとこと。発汗や走行風による自然な冷却だけでは追いつかない[…]
コスパも高い! 新型「CUV e:」が“シティコミューターの新常識”になる可能性 最初にぶっちゃけて言わせてもらうと、筆者(北岡)は“EV”全般に対して懐疑的なところがある者です。カーボンニュートラル[…]