
iB井上ボーリングが積極的に展開している「ICBM®」技術。内燃機ファンの間ではもはや当たり前であり、“高性能な技術”としても認識されている。本記事ではこのICBM®技術にあらためて注目。その特長を未体験ユーザーにもお知らせできればと考えている。
●文/写真:たぐちかつみ(モトメカニック編集部) ●外部リンク:iB井上ボーリング
何よりも高耐摩耗性の実現
圧倒的な耐摩耗性を誇るのが、アルミめっきシリンダーの大きな特徴である。iB井上ボーリングが、アルミめっきスリーブを作ろうと考えた最大の理由は、同社の社是でもある「減らないシリンダーを創る」との考えが根本にあった。
鋳鉄スリーブのシリンダーを指定クリアランス(たとえば0.076mmといった1/1000mmまで正確な仕上げ)で納めたところで、機種によっては、慣らし運転が終わらないうちに、ピストンリング音が出てしまう事例が何度もあったそう。
そんな状況では“高精度に仕上げる意味もなくなってしまう”ことから、状況打開のためには“シリンダー摩耗を抑制する”しかないと考えたのがiBだった。内燃機加工に長年携わってきたので、もはや加工技術だけではどうにもならないと察したそうだ。そこで“素材にまで踏み込んだ”のである。
現代では当たり前のアルミめっきスリーブ技術だが、iBでは1980年代からアルミめっきシリンダーと関わってきた。それは、メーカー純正シリンダーの製作納品を請け負ってきた経験があるからだ。
特殊なめっきシリンダーは、ダイヤモンド砥石でなければホーニングできないほど硬く、摩耗が少ないことを純正シリンダー作りを通して経験してきた。めっきシリンダーは、ニッケル地のビッカース硬度が450。その中に含まれるシリコンの粒子に関しては、2000〜2500と、硬くても150程度にしか至らない鋳鉄スリーブとは比較にならない硬度を誇る。
事実、何万キロも実走したエンジンを分解し、めっきシリンダー内径を精密測定しても、測定誤差としか思えないほどのデータ差しか得られなかった。現状のICBM®シリンダーに、はたして何十万キロの耐久性があるのかは、まだ測定できていないのでわからない。
特殊めっき処理を施すには、各仕上げ内径に合わせた電極が必要で、さらには機種ごとのシリンダー形状に合わせた専用の固定治具が必要になる。内径側の電極は揃えるしかないので、何年もかけて少しずつ投資を繰り返し揃え進めていったそうだ。
しかし、問題は固定側(外径側)にあった。そこでひとつのブレークスルーが…。筒状のスリーブ状態でめっきを施すことで、シリンダー形状に合わせた固定治具を不要にできるのでは!?
めっき処理の効率化を提案してみた。めっきメーカーと協議した結果、対応してもらえることになった。このアイデアを具現化することによって他機種対応が可能になったのが、ICBM®の普及を大きく前進させていった。
4ストエンジン用スリーブは、段差もしくはフランジ付きの筒状で仕上げられるが、2ストエンジン用は、吸排掃気ポートの形状をシリンダー側のポート形状に合わせて孔加工をする作業工程が必要になる。
過去にiBでは、鋳鉄製2ストスリーブの製作実績が豊富にあったので、この問題は横型マシニングセンターの応用で対応可能だった。
特殊めっき業者との連携や、めっき後のダイヤモンド砥石によるホーニング、ピストンの首振りやピストンリングのポート孔飛び出しを抑制する柱の追加や柱の逃がし加工技術(熱対策で極めて重要な技術)などなど、iBには特別な加工技術の蓄積が数多くあったので、決して少なくない難題を乗り越えることができのだ。
鋳鉄シリンダースリーブとアルミスリーブの重量差が、そのまま軽量化データとなり表れる。カワサキZ1の抜けてしまいやすいスリーブは、エバースリーブPAT.でアップデート可能。
重量比較してみれば一目瞭然。その軽さがわかるICBM®アルミめっきスリーブ。スリーブ状態でニッケル/シリコン/カーバイトのめっき処理を施すことで、めっき処理専用の高額治具を作らなくてもよくした。それがICBM®の普及に寄与している。
鋳鉄よりも圧倒的に軽いアルミ素材
“軽量”であること、それはオートバイにとって極めて重要なファクターである。航空機を含め、その他の乗り物と比較しても、その重要性は軽視できない。鋳鉄素材と比べて、アルミの重量が1/3なのは紛れもない事実。1950年代以前の旧車は、鋳鉄の塊で作られたシリンダーが数多かったが、軽量化のために、徐々にアルミシリンダーへとアップデートされた。
アルミ素材の場合、特別な処理を施さないスリーブのままでは、ピストンやピストンリングとの摺動に耐えることができず、すぐに焼き付いてしまう。鋳鉄製スリーブをシリンダーに挿入することで、連続摺動に耐えるシリンダーを創造。数多くのモデルにそんな構造のシリンダーが使われ、普及してきたのはご存じの通り。
その後、高い耐摩耗性を誇るニッケルベースのめっき処理技術が確立されたことで、オールアルミシリンダーが登場。海外では1970年代末から採用され始め、国産市販車では1980年代後半の2ストレーサーレプリカ時代から採用され始めた。
エンジンが酷使されるカテゴリーなので、真っ先に優れためっきシリンダーが採用されたのだ。軽量化という点でも、同カテゴリーのエンジンにとっては極めて重要。そして現代では、ほぼすべてのオートバイ用エンジンにおいて、めっきシリンダーが採用されつつある。
4気筒エンジンでは、驚きに値する2kgを超える軽量化が可能になるのもICBM®。かつてはエンジン部品、とくに空冷シリンダーのフィンに穴を開ける軽量化や冷却効率の向上を狙った加工を施す時代があった。そんな努力とは比較にならない大きな軽量化と放熱性の向上、そして何よりも“耐久性の向上”に対して大きなメリットを実現できるのが、iB井上ボーリングのICBM®技術なのだ。
表面硬度の違いは指先の感覚でも体感することができる。同じ番手のサンドペーパーを利用して、スリーブ内壁を擦ってみると、鋳鉄だと削れて指先に引っかかり感があるが、めっきシリンダーでは滑ってしまう感覚の方が強い。
ICBM®の普及は、もはや軽二輪クラスにも及んでいる。カワサキKH250用のスリーブ製作中だった取材日。NC旋盤でスリーブ本体を素材から削り出している。この後に、シリンダーのポート孔に合わせた吸排掃気孔加工が行われる。
埼玉県川越市のiB井上ボーリングの事務所受付にはICBM®部品やエバースリーブPAT.やLABYLI®が展示されている。カワサキ750SS/H2用の柱付ICBM®シリンダーへの加工実績は相当数に及ぶ。
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