NEWヒマラヤの試乗会は、僕にとって3度目のインド訪問。スモッグに包まれたデリー空港に降り、反応の悪い指紋センサーでの入国審査も慣れたもの。今回はデリーでトランジットしてチャンディガールへ。そこで1泊し、マナリまでフライト。マナリからはNEWヒマラヤの試乗会が開催されるクルという街に、2時間ほどかけて車で移動する。そして復路はクルからチャンディガールまで車で移動。7時間ほどかかるらしい…。今回の試乗会もハードな旅になりそうだ。
●文:ミリオーレ編集部(小川勤) ●写真:高島秀吉 ●外部リンク:ロイヤルエンフィールド東京ショールーム
3回目のインド訪問。喧騒の交通社会に帰ってきた
チャンディガール空港に到着すると、インドの交通社会が鳴り止まないクラクションとともに迎えてくれた。どこからともなくものすごい数の車やバイクが湧き出し、誰もが前へ前へと急ぐ喧騒の世界。あてもなく歩き回っているように見える犬や牛、3人乗りや4人乗りのバイク、荷台にたくさんの人を乗せた車を見ると、インドに来た実感が強まる。走っているバイクはスクーターや小排気量車が大半だが、その合間にロイヤルエンフィールドを見かける。ロイヤルエンフィールドは現地では高級車。みんなが憧れる存在だ。
翌日、プロペラ機でインド北部のマナリに移動。ここはヒマラヤに登る多くの人々が入り口にする街。マナリから2時間ほど車に揺られ、クルという街に移動する。その道中は数カ月前の大雨の被害が生々しく、流された家が無数にあり、何より1本しかない道路が寸断寸前。復旧には時間がかかりそうな印象だった。
さらに車に揺られていると、僕たちはどこに向かっているのだろう、と不安がよぎる。車窓の外に広がる景色に見慣れることがなく、どこまでも異国の様子が続く。日本では安心できる道に不安を覚えることはなくバイクに乗り、それは日常生活も同様だと思った。それにしても今日のドライバーは運転が上手いし、速い。クラクションを鳴らしながら前の車やバイクをどんどん抜いていく。
到着したのは、いくつもロッジが連ねる宿。このあたりでは異世界のように豪華な宿である。エントランスにズラリと並んだNEWヒマラヤが僕らを迎えてくれた。メーカー初の水冷エンジンを搭載し、電子制御も装備。黒×黄以外のカラーリングは、ヒマラヤ山脈の大自然をオマージュしたもの。現代的に洗練された風貌からは、知性すら感じさせる。一方で優しさや扱いやすさ、そして力強さといったヒマラヤらしさも健在である。
宿の海抜は2000mほど。クリアな青空を背景にそびえる雪を被った山々に囲まれているが、陽が出ていると半袖で過ごせるほど温かい。強い日差しが肌を焼き、空気はとても乾燥している。しかし、陽がかげるとその場に帯びていた熱はあっという間に奪われていく。この異世界感が、1年半ほど前に参加したモト・ヒマラヤの記憶を鮮明に蘇らせる。
開発陣/首脳陣が真剣に挑むバイクづくり
宿に到着した日の夜のプレゼンでは、ロイヤルエンフィールドの首脳陣が勢揃い。ロイヤルエンフィールドの試乗会には何度か参加しているが、開発陣だけでなく、いつも経営陣が勢揃いしていることが印象的。さらにその経営陣のメンバー全員がバイクに乗り、毎晩アルコールを嗜みながら、各国から集まった我々の声にも耳を傾ける。日本メーカーもずっと昔はそうだったのかもしれないが、ロイヤルエンフィールドのこの真剣さにはいつも感心させられる。僕たちは極寒による震えをアルコールでごまかしながら、NEWヒマラヤのローンチを楽しむ。
翌朝、鳥の鳴き声で目が覚めた。窓から見える朝日で照らされた黄金に輝く雪山には、とてつもないパワーが漲っている気がした。装具を準備してバイクの側に行き、ナビを設定してもらう。これまでのトリッパーの進化版で、メーター内でナビを見れるというもの。こうしている間にもグングン気温が上がっていく。インドでのライディングは、温度調整がとても難しい。
走り出すとNEWヒマラヤはすべてがスムーズだった。一瞬で僕にフィットする乗りやすさを約束し、この先の道や景色への期待が高まる。常にいいアベレージで山を駆け上がっていく。走るほどに雪化粧をした山々がグングン近づいてくる。2000〜3200mの海抜を考慮すると、NEWヒマラヤは劇的に進化していた。走るほどに繰り出される絶景の連続に感動する。そして、この大自然の中で鍛えられたヒマラヤのリアリティに興奮する。
NEWヒマラヤは、すべてを刷新しつつも、自然と共存するところは変わっていない。この大自然で育まれ、鍛えられたヒマラヤは、どのメーカーのアドベンチャーにもないアプローチで生まれ、進化を続けている。
インド製のバイクに乗るということ
この目でヒマラヤというバイクの源流を確かめ、見極め、確認できた僕は、とても幸せなのだと思う。この経験は何にも変えがたい。そんな試乗会を終え、インド北部の街からチャンディガールまで、7時間ほどかけて車で移動。都心に向かうに連れ、徐々に車やバイク、人も増えていく。まるで川のように交通の流れが自然と大きくなっていく。
数年前まで僕の中にもインド製のバイクという点に懸念があったのは確かだ。しかし、この交通の流れ、経済の成長、そしてロイヤルエンフィールド本社のメンバーと知り合い、試乗を繰り返すほどに、その懸念は先入観でしかなかったことがわかってくる。ロイヤルエンフィールドだけでなく、他にも様々なメーカーがインドでバイクを生産している。そして確実に品質を向上させている。
ロイヤルエンフィールドは、年間80万台以上のバイクを生産している。僕が深く関わるようになったのは2017年あたりからだが、新しいモデルが登場するたびに、品質の向上を実感。以前、本社を訪れた際に驚いたのは、日本人のコンサルにより“KAIZEN”という言葉が使われていたこと。また、信じられないほど大きな規模の工場の機器はすべてが新しく、その環境はすでに日本メーカーを凌駕していた。
そんなロイヤルエンフィールドの組織が大きく変わったのは、2015年。トライアンフで指揮を執っていたサイモン・ワーバートンさんの参画が大きい。サイモンさんは、イギリスとインドのテックセンターの組織作りを行い、ここ数年でイギリスのスタッフは4人から200名近くに、インドのスタッフは50人が250人近くになった。この急成長ぶりがしっかりと製品に反映されているのである。
サイモンさんに話を聞いた時に、印象的だった言葉がある。
「私たちがバイクを作る上で大切にしていることが3つあります。1つ目はバイクにストーリーがあること。わかりやすいのは、ヒマラヤの使われ方。ヒマラヤを走るにはどんなバイクが必要なのかということを真剣に考えました。2つ目は乗ってみたい/見てみたい/買ってみたいって思わせること。3つ目は買いやすい金額と、多くの人がすんなり乗れるものです。またがって違和感があったりしたらダメなんですよ」
僕はチャンディガールへ向かう車中で、サイモンさんのこの言葉を思い出した。ヒマラヤは進化したがバイク作りには一切のブレがない。
まだまだ日本ではマイナーなアドベンチャーであるヒマラヤ。ただインド北部でもっとも走っているバイクはヒマラヤなのだ。今回も1日に何台ものヒマラヤとすれ違った。NEWヒマラヤは、日本人、そして日本の道にもとてもマッチするアドベンチャーだと思う。
そうそう、2024年からは毎年夏に開催されている、ヒマラヤ山脈近郊を巡る『モト・ヒマラヤ』が、この新型ヒマラヤになるとのこと。いつかもう一度この旅に参加することを夢見て、僕はインドを後にした。
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