美しく直立したシリンダーがスズキの個性を際立たせた 1987年「サベージ」 1997年「テンプター」【柏 秀樹の昭和~平成 カタログ蔵出しコラム Vol.8】
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ライディングスクール講師、モータージャーナリストとして業界に貢献してきた柏秀樹さん、実は無数の蔵書を持つカタログマニアというもう一つの顔を持っています。昭和~平成と熱き時代のカタログを眺ていると、ついつい時間が過ぎ去っていき……。そんな“あの時代”を共有する連載です。第8回は、1987年に誕生したサベージ、同エンジンを使い1997年に登場したテンプターを紹介します。
●文/カタログ画像提供:[クリエイターチャンネル] 柏秀樹 ●外部リンク:柏秀樹ライディングスクール(KRS)
美に対する本気度を感じたミドル・シングル
ひとつのエンジンでロードモデルとオフロードモデル、クルーザーモデルまでを生み出す例って過去に山ほどありますけど、プランニングからデザインのディテールまでちゃんと取り組んだと感じ取れるバイクは意外に少ないものです。
40年近く昔のこと。1987年にデビューしたスズキの400cc単気筒クルーザー「サベージ」(SAVAGE:野蛮人)と、同じエンジンを搭載し1997年に誕生したロードモデル「テンプター」(TEMPTER:誘惑者)。異なる年代に生まれたこの2台は、細部の設定差異はあるもののオフロードモデルSP370という超レアな4スト・オフロードバイクのエンジンをベースにボアを3mm拡大して396ccに排気量アップしたエンジンを、直立シリンダーになるよう搭載したモデルという共通点を持っています。
こちらはご先祖様ズ。
【SP370|1978】セミダブルクレードルフレームにSOHC2バルブ単気筒を搭載。このときはシリンダーが前傾している。アップマフラーはエキパイを左側から取り回して右出しとしている。前後ドラムブレーキにツインショックを装備し、乾燥重量は123kgだった。●当時価格:29万9000円
【GN400E|1980】シリンダーボアをφ85mm→φ88mmとして396cc化、ヘッドはSOHC4バルブとなり、最大トルクはSP370比で約11%アップしたアメリカンバイク。星形キャストホイールは1978年登場のGS1000など、この頃のスズキ車が多く採用していたものだ。●当時価格:32万円
まずはサベージのカタログを見てください。エンジンの存在感をここまで強く押した単気筒バイクは存在しないと思います。通常はオフロード系をロードモデルに流用したエンジンやレーサーレプリカ系などカウルで覆ったバイクのエンジンではオイルフィルター、セルモーター、各種ワイヤー類などゴチャゴチャ煩雑かつ凸凹ばかりのエンジン外観がほとんど。ここまでスッキリした外観のエンジンって、ありそうでなかなか存在しないんです。
SAVAGE LS400 主要諸元■全長2195 全幅690 全高1080 軸距1480 シート高650(各mm) 車重159kg(乾)■空冷4ストローク単気筒SOHC4バルブ 396cc 24ps/7000rpm 2.7kg-m/4000rpm 燃料タンク容量10L■タイヤサイズF=100/90-19 R=140/80-15 ●当時価格:47万9000円
のちに登場する姉妹車ロードモデルのテンプターよりも燃料タンクの前後長が短いサベージの方がエンジンの存在感がより強烈に見えてきます。しかも完全直立シリンダーが端正な佇まい:躍動美よりも静寂の美を感じます。
シリンダーヘッド周りを大きめにしてクランクケースに近い部分を細めて「くびれ」を出したこと。そしてフォワードコントロールに適した前寄りのステップ配置も、クランクケースまわりのスッキリ感につながり、エンジン単体の美をより強固にしています。
キャスター角35度を持つ大きく伸びやかに傾斜しながらアウターチューブがバフ掛けされて美しく輝くロングなフロントフォークと独特の形状を持つ右側クランクケースカバーに沿うクロムメッキのエキゾースト&ショートマフラーを含めて歴代国産クルーザーの中でもトップレベルの美を誇るクルーザーと思います。
ただ、同時開発されたサベージLS650(発売は1986年でベルトドライブ採用)よりも走っている時の単気筒らしい鼓動感はありません。1軸バランサーによって振動が巧みに軽減され、加えて当時のスズキが積極的に採用したTSCC:ツイン・スワール・コンバスチョン・チャンバー:二渦流燃焼室とすることでスムーズな燃焼になり、スポーツバイク的な優れたドライバビリティ(私の場合はスロットルレスポンスとリニアティの組み合わせと定義)が優先される作りになったからです。野蛮人という意味のサベージは実に洗練されたスタイルと走り味。そんなチグハグさもまたスズキの味なのかもしれません。
ツーリーディング式のドラムブレーキを採用したテンプター
さて、次はテンプターです。
タンク形状は人気のSR400のような典型的ティアドロップタイプではなく、あえて細長さを強調。単気筒エンジンの美に加えてサベージのようにエキゾーストパイプは右クランクケースのえぐれている部分に沿うようにレイアウト。スラリと伸びたクロムメッキ処理のメガホンマフラーなど実にオーソドックスなまとめ込みです。
しかし、ポイントはテンプターの足まわり。スズキのこのバイクにかける本気度は足まわりにこそあると言っても過言ではありません。
まずは前後ドラムブレーキという設定。1990年代後期のニューモデルとして十分な制動力が確保できるのか、という疑問はすぐに浮かんだのですが、ことの良否・善悪ではなく、テイスト単気筒スポーツを標榜する上でどうしても欠くことのできないキーワードになったのでしょう。例えばエンジニアとしてはNGだけど、プランナーの商品企画担当者としてはドラムブレーキしかなかった。
SRは一度、フロントディスク式からXS-1風のドラムブレーキに変更しましたが結局、ディスク式に戻ったという経緯があります。対するスズキは英断とか迷いとか抜きで即決したのか不明です。
しかも、フロントブレーキは構造的にドラムブレーキの最高峰となるツーリーディング式を両面にセット。きっちりした効き味にするには優れた整備力を求めるブレーキシステムでした。
実はこれ、1971年の2スト最大モデルスズキGT750の初期型に使用した両面ツーリーディング式を復元したもの。しかも前後ホイールともH型アルミリムをわざわざ選択。クロムメッキの鉄リムよりも軽量性とメッキにはない渋い輝きがマニアの心をくすぐるアイテムだったのです。両面ツーリーディング式フロントブレーキとH型アルミリムの組み合わせは欧州の最高級レーサースタイルをリスペクトしていたからこそなのです。
言うなればSR400がストリートをゆく英国風トラッド。対してテンプターは古き良き時代のイタリアンカフェレーサースタイルです。SRの人気にあやかると言っても安直にせず、きっちりとスタイルの独自性を盛り込んだ!というわけです。
TEMPTER 主要諸元■全長2110 全幅730 全高1040 軸距1430 シート高780(各mm) 車重159kg(乾)■空冷4ストローク単気筒SOHC4バルブ 396cc 27ps/7000rpm 3kg-m/5000rpm 燃料タンク容量12L■タイヤサイズF=100/90-18 R=130/80-17 ●当時価格:46万9000円
で、実際にこのバイクを走らせると、ハンドリングは素直。曲がる楽しさは十分です。SRはベースがXT500だったこともあり、500の濃いパルス感には及ばないけど単気筒エンジンが持つピストンの上下動がよくわかる作り込み。
対するテンプターはモダンでスルスルと増速していきますがエンジンのパルス感がもう少し欲しい。これは乗って疲れにくいというメリットになります。スルッとスピードが出てしまうという意味では良いのですが、趣味性という意味では?かな。外観やメカニズムはレトロ系で走り味はモダン。実に真面目な作りだけどまとめこみが少しチグハグだったのかもしれません。
サベージもテンプターもSR400のように長寿ではありませんでした。実はSR400も生産中止するか継続か悶々とした時期があったのです。80年代後期から90年代前期は2ストレーサーレプリカと4ストマルチが圧倒的で、あえてこのクラスのシングルスポーツや国産クルーザーを求めるライダーは少数派でした。
そんな時代に翻弄されて、一部の熱烈ファンに惜しまれながらサベージとテンプターはやむなく生産終了になったのです。
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