
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第14回は、「マルケス乗り」を変えられないマルクと、現代版ミック・ドゥーハンと化してきたバニャイアの来季を早くも占う。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Michelin, Red Bull
「なんでマルケスなの!?」「んー、あー……」
来シーズン、ドゥカティ・ファクトリー入りが確実視されていたホルヘ・マルティンがまさかのアプリリアに移籍。そのシートには、マルク・マルケスが……。
26歳で乗りに乗っているマルティンではなく、31歳で手負いのマルケスを選んだドゥカティ・ファクトリー。この決断からは、純粋なスポーツ要素とはちょっと違う意味合いが見えてくる。
サイモン・クラファーがドゥカティ・ファクトリーチームマネージャーのダビデ・タルドッツィに「なんでマルケスなの!?」とズバッと聞いていたが、タルドッツィさん、「んー、あー……」としどろもどろになりつつ、絞り出すように「旧型マシンでも、新型マシンと変わらないパフォーマンスを見せていたから……」と言っていた。
どうにかマルケスを選んだ表向きの理由を答えたタルドッツィさん。さすがに「マルケスの方が客を呼べるから」とは言わなかった。レースはスポーツだが、興行でもある。だからマーケティング的な視点は大切な要素だ。そのことは十分に理解できる。だがタルドッツィさんも、「マルティンを選ばなかった理由」を聞かれたら、きっと答えられなかっただろうな~、と思う。
パフォーマンスを見せたから? マーケティングから?
前回に引き続き何度でも言うが、マルケスの類い稀な才能は、疑いの余地がない。しかし、彼の最大の武器は、脊椎反射だ。30代になり、大きなケガも負い、どうしたって反射は衰える。勝ちまくっていたホンダでの全盛期のようには行かないだろう。
一方のマルティンは、ライダーとして一番いい時期だ。上り調子の今、もっとも勝てるドゥカティ陣営を離れることは、苦渋の選択だっただろう。もしかしたら「てめえら、覚えてろよ!」と発奮して、来年は下剋上があるかもしれないが、現実的にはアプリリアとドゥカティの戦闘力の差は大きく、かなり厳しい。
落とし所は、ギャラ以外ちょっと考えられない。多数のライダーを抱えているドゥカティに比べるから、アプリリア・ファクトリーの方がギャラはいいから、マルティンはそこでどうにか納得したはずだ。プロライダーなのだから、そういう選択もアリだ。
ただ、独走状態に入ったバニャイアを止められるのはマルティンしかいない今、彼がドゥカティを離脱してしまうのは、本当にもったいない……。来年に向けてはチーム&ライダーがいろいろシャッフルされているが、やはりバニャイアが最強だろうし、そこに立ち向かえるのはマルティンだったはずだ。
「ちょっと待て、マルケスがいるじゃないか!」と思う人も多いだろう。しかしここ数戦でドゥカティ・デスモセディチにだいぶ慣れたマルケスが、結局フロントからパタパタと転んでいる様子を見ると、「うーむ……」と首を傾げざるを得ない。
なぜ速く走れるのか、理解を超えるマルケスだが……
マルケスは、徹底的にフロントタイヤをこじって走る。相当に特殊な乗り方だ。最大ブレーキからすぐにパッとブレーキを離し、パーシャル状態でハンドルをギューッとインに切る。当然マシンは起きようとするのだが、高い身体能力で体をイン側に入れ込み、無理矢理ハンドルで曲げてしまうのだ。
……まぁちょっと普通には理解できないライディングだ。なぜこれで速く走れるのか、ワタシには未だによく分からない(笑)。マシンが起きようとしていることもあり、スロットルは開けやすいのかもしれないが、フロントタイヤを相当にこじることになるので、リスクは高い。
マルケスらしい独特のフォーム。
こちらはバニャイア。
実際、ワンメイクタイヤがブリヂストンからミシュランに替わったあたりから、フロントからスコスコと転ぶマルケスの姿が目立つようになった。ミシュランタイヤはリヤタイヤが非常に高いグリップ力を発揮するので、相対的にフロントが弱くなってしまうからだ。
それでも当時のホンダは、どうにかマルケスの特殊なライディングに合わせたマシンを作り、体裁を整え、結果を残した。その弊害としてホンダはマルケスしか乗れないマシンになり、マルケスがケガをして離脱すると、誰も結果が出せなくなって、現在に至っている。
そして、シーズン序盤は「ドゥカティ乗り」に適応しようとしていたマルケスだが、どうやら「マルケス乗り」を変えることができず、フロントからの転倒が目立ち始めている。デスモセディチは縦剛性こそ強いものの、横剛性は(恐らくあえて)低くしてあり、フロントをこじりまくるマルケスの走りには対応できないのだ。
では来年ドゥカティ・ファクトリーが「マルケス・スペシャル」を作るかと言えば、答えは明確にノーだとワタシは思う。来年のドゥカティは3チーム・6台体制となり、うち3台が最新仕様のファクトリーマシンになると言われている。今年までの8台に比べれば2台減ることになるが、それでも大所帯だ。
しかも、バニャイアは別格としても、みんなそこそこ好成績を残している。そこにマルケスが参入して「オレだけのスペシャルマシンを作ってくれ」と要求しても、いくらなんでもそれは通らないだろう。最大公約数的な開発姿勢で築き上げた「ドゥカティ栄光の時代」を、ひとりのライダーのために崩すわけにはいかない。
……ということで、ワタシは来年もバニャイアの強さが続くと思う。最強のライバルになるはずだったマルティンはアプリリアに移籍してしまうし、マルケスは自分の乗り方を変えられない。
それにしても、バニャイアである。実はものすごいことをやってのけているのに、あまりにもサラッとしているものだから、どうもすごさが伝わりにくい(笑)。いとも簡単にライバルをブッちぎる様子は、現代版ミック・ドゥーハンと言えるのかもしれない。
表彰台にたびたび登壇するなど速さは見せるが、ランキングトップのバニャイアのとポイント差はジリジリと開き始めている。
1997年イモラGPの青木宣篤(2位)、青木拓磨(3位)以来、27年ぶり2例目の最高峰クラスでの兄弟表彰台となったドイツGP。マルクが2位、アレックスが3位だった。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 青木宣篤の上毛GP新聞)
MotoGPライダーのポテンシャルが剝き出しになったトップ10トライアル 今年の鈴鹿8耐で注目を集めたのは、MotoGPおよびスーパーバイク世界選手権(SBK)ライダーの参戦だ。Honda HRCはM[…]
15周を走った後の速さにフォーカスしているホンダ 予想通りと言えば予想通りの結果に終わった、今年の鈴鹿8耐。下馬評通りにHonda HRCが優勝し、4連覇を達成した。イケル・レクオーナが負傷により参戦[…]
電子制御スロットルにアナログなワイヤーを遣うベテラン勢 最近のMotoGPでちょっと話題になったのが、電子制御スロットルだ。電制スロットルは、もはやスイッチ。スロットルレバーの開け閉めを角度センサーが[…]
φ355mmとφ340mmのブレーキディスクで何が違ったのか 行ってまいりました、イタリア・ムジェロサーキット。第9戦イタリアGPの視察はもちろんだが、併催して行われるレッドブル・ルーキーズカップに参[…]
運を味方につけたザルコの勝利 天候に翻弄されまくったMotoGP第6戦フランスGP。ややこしいスタートになったのでざっくり説明しておくと、決勝スタート直前のウォームアップ走行がウエット路面になり、全員[…]
最新の関連記事(モトGP)
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
2ストGPマシン開発を決断、その僅か9ヶ月後にプロトは走り出した! ホンダは1967年に50cc、125cc、250cc、350cc、そして500ccクラスの5クラスでメーカータイトル全制覇の後、FI[…]
タイヤの内圧規定ってなんだ? 今シーズン、MotoGPクラスでたびたび話題になっているタイヤの「内圧規定」。MotoGPをTV観戦しているファンの方なら、この言葉を耳にしたことがあるでしょう。 ときに[…]
2009年に移籍したのに「GP8」にも乗っていた?! 2003年にホンダからモトGPにデビューしたニッキーでしたが、2009年にはドゥカティ・コルセへと移籍。2007年にケイシー・ストーナーがデスモセ[…]
「自分には自分にやり方がある」だけじゃない 前回に続き、MotoGP前半戦の振り返りです。今年、MotoGPにステップアップした小椋藍くんは、「あれ? 前からいたんだっけ?」と感じるぐらい、MotoG[…]
人気記事ランキング(全体)
“グローバルカラー”をうたうマットパールホワイト インディアヤマハモーター(IYM)は、水冷単気筒エンジンを搭載するフルカウルスポーツ「R15 V4(V4=第4世代の意 ※日本名YZF-R15)」の新[…]
9/10発売:スズキ アドレス125 まずはスズキから、原付二種スクーターの定番「アドレス125」がフルモデルチェンジして登場だ。フレームを新設計して剛性を高めつつ軽量化を実現し、エンジンもカムシャフ[…]
20年ものロングランは、ライバルに気をとられない孤高を貫く開発があったからこそ! カワサキは1972年、DOHCで900ccと先行する初の量産4気筒のCB750フォアを上回るハイクオリティなZ1を投入[…]
9月上旬~中旬発売:アライ「RAPIDE-NEO HAVE A BIKE DAY」 旧車やネオクラシックバイクにマッチするアライのラパイドネオに、新たなグラフィックモデルが登場した。グラフィックデザイ[…]
イタリア魂が込められたフルサイズ125ccネイキッド 2018年デビュー以来、その美しいスタイリングと俊敏なハンドリングで世界を魅了してきたキャバレロは、今回の2025年モデルで「クオーレ・イタリアー[…]
最新の投稿記事(全体)
どうする? スクーターのエンジンがかからない ※これはまさに、筆者が直面した実話です。我が家のスクーター(TODAY)に乗ろうと思って、車庫から引っ張り出しました。ちょっと久しぶりですね。エンジンをか[…]
FLHXU ストリートグライドウルトラ:ストリートグライドを名乗る、伝統のウルトラモデルがついにデビュー! ハーレーダビッドソンのフラッグシップモデルが、フルモデルチェンジを果たした。その名は「FLH[…]
急速充電に対応する出力性能 KaedearのクランプUSB KDR-M3Dは、タイプAとタイプCの2ポート構成で、タイプCはPD 30W、タイプAはQC3.0 最大18Wに対応。スマホ/アクションカメ[…]
片手でサッと装着できるクイックホールドII KaedearのクイックホールドIIは、スマホを押し付けるだけで瞬時に固定できる操作性が最大の特長です。解除は両側のリリースレバーを握るだけで簡単、片手での[…]
軽さと装着感/充電対応で普段使いに最適 HVUYALのPloom AURAケースは高品質TPU素材を採用し、手に馴染む柔らかな触感とスリムな外観を両立しています。装着による余分な重さを感じにくく、デバ[…]
- 1
- 2