
元MotoGPライダーの青木宣篤さんがお届けするマニアックなレース記事が上毛グランプリ新聞。1997年にGP500でルーキーイヤーながらランキング3位に入ったほか、プロトンKRやスズキでモトGPマシンの開発ライダーとして長年にわたって知見を蓄えてきたのがノブ青木こと青木宣篤さんだ。WEBヤングマシンで監修を務める「上毛GP新聞」。第13回は、話題を振りまくマルク・マルケスの2025年ドゥカティファクトリー入りについて。
●監修:青木宣篤 ●まとめ:高橋剛 ●写真:Michelin, Red Bull
好不調の波も全体に底上げしたバニャイア
フランチェスコ・バニャイアが、ついにゾーンに入ってしまったようだ。先だってのMotoGP第8戦オランダGPで、その印象をますます強くした。
いつも落ち着いた印象のバニャイアだが、実は好不調の波が比較的ハッキリと出るライダーだ。そしていったん下降の波に囚われてしまうと、抜け出すのに意外と時間がかかるという「引きずるタイプ」でもある。過去には5レースほども浮上できないこともあった。
今シーズンもしっかりと好不調の波が見て取れるのだが、波の谷間──つまり不調の時のレベルがグッと底上げされているので、全体的には好調をキープしているように見える。
オランダGPでは決勝日朝のウォームアップを除くすべて走行セッションでトップに立ち、「相当に乗れてるな」と思っていたら、決勝でも他の追撃も許さない力強さで優勝した。あまりに安定して速く、2位以下を引き離してしまったから、画面にほとんど映らなかったのはご愛敬だ。
昨年のオランダGPよりもレース総合タイムが30秒426も速かったというバニャイア。2位のマルティンには3秒676の差をつけた。
それにしても速いラップタイムを安定して刻む様子は、本当に見事だった。ストップウォッチでタイムを記録するタイムキーパーは、きっと何度か「あれ? 押し間違えたかな?」と思っただろう。それぐらい安定し切っていた。
どうやらバニャイアの体には、タイヤがどれぐらい消耗しているかが分かる「タイヤ残量メーター」が装備されているようだ……と、冗談のひとつでも言いたくなるぐらい、見事にタイヤを使い切っている。
3、4年前からドゥカティ・ファクトリーチームは門外不出のスペシャルなクラッチを使っているようだ。エンジンブレーキがかかった時の安定性がやたらと優れているのだ。バニャイアはこれも完全に使いこなしており、タイヤへのアタック性が軽減されているのだと思う。
レース終盤までペースが落ちないのは本当に見事なバニャイアの美点だが、さらにここ数戦ではマルク・マルケスの攻略にも成功している。マルケスはバトルに強く、接触も辞さないアグレッシブなライディングをするタイプだ。だからほとんどのライダーはマルケスへの接近を嫌って、なんとも微妙な距離感を作っている。
しかしバニャイアはその距離感をも見切っているようだ。あわや接触という超接近戦でもまったく怯まない。第4戦スペインGPのラスト5~4周、バニャイアとマルケスは肩と肩が触れ合うほどの激しいバトルを展開したが、バニャイアはまったく引かず、首位を守った。さらに直後にファステストラップを叩き出し、マルケスを突き放して優勝したのだ。
本当に印象的なレースだった。何しろ、“あの”マルケスとの接近戦に競り勝っての勝利だ。「真の王者はオレだ!」と言わんばかりに、バニャイアは高々と拳を突き上げた。
第2戦ポルトガルGPでは接触、両名とも転倒したが、第4戦では接近しつつもマルケスに引かせたバニャイア。
この表情である。
レース終盤まで速いラップを刻む安定性。えげつないマルケスとの競り合いにも負けない強さ。そして好不調の波そのものの底上げ。バニャイアは今、まさにゾーンに突入している状態だ。
バニャイアの力強さの源は、やはり自信だろう。さすがに2年連続チャンピオンを獲得し、今年は珍しくシーズン序盤から勢いに乗っているだけあって、自信にみなぎっている。
だが、自信だけでは足りない。少しばかりの不安も携えているはずだ。不安がなければ、「もっと上を目指そう」という気持ちにもならない。「もっとタイムアップしなくちゃ」とも思わないだろう。
オランダGPで見せた驚異のラップタイムは、バニャイアが高い位置にいながらも、そこに甘んじることなく、不安を糧に伸びていこうとしていることの表れだ。
……と、ここまでが長い前振り。ここからが本題である。
ドゥカティのマーケティング的な選択
そのバニャイアとマルケスが、来シーズンはドゥカティ・ファクトリーチームでチームメイトになる。正直、「ずりぃな……」と思った。
マルケスが超人的な才能の持ち主だということは、疑いの余地がない。しかし、ここ数シーズンの成績だけを見れば、普通に考えてマルティンがドゥカティ・ファクトリー入りするのが筋ってもんだろう。
’20年に大きなクラッシュをして負傷したマルケスは、このシーズンを事実上欠場。’21年はランキング7位、’22年は13位、そして’23年は14位で終えている。ホンダが絶不調に陥っている中、優勝や表彰台獲得を果たしているのはさすがだが、成績は成績だ。
一方のマルティンは、ずっとサテライトチームにいながら、’21~’22年はそれぞれランキング9位、’23年は2位、そして今年は現時点でランキングトップを走っている。申し分のない速さを見せつけているのだ。
第8戦終了時点で200ポイントを稼ぎランキングトップのマルティン。2位バニャイアは190ポイント、3位マルクは142ポイントとやや離れている。
31歳で手負いのマルケスと、26歳で威勢のいいマルティン。純粋なスポーツなら、どちらを選ぶかは明らかだ。しかし、そう簡単に話は進まないのが、モータースポーツというもの。マルケスが「オレの来年に、サテライトチームって選択肢はないよ!」とコメントしてから急転直下、来季のマルケスのファクトリー入りと、マルティンのアプリリア入りが決まった。
繰り返しになるが、純粋なスポーツなら、マルティンがドゥカティ・ファクトリー入りするのが妥当だろう。しかし、マルケス……。これはドゥカティの上層部がマーケティング等さまざまな角度から総合的に判断しての選択としか思えない。
……と、熱くなりつつ話が佳境に入ってきたところで、以下次回(笑)。
何かと接近する機会が多い3名。今シーズンのタイトルの行方と、来シーズンの勢力図の変化が気になる!
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 青木宣篤の上毛GP新聞)
MotoGPライダーのポテンシャルが剝き出しになったトップ10トライアル 今年の鈴鹿8耐で注目を集めたのは、MotoGPおよびスーパーバイク世界選手権(SBK)ライダーの参戦だ。Honda HRCはM[…]
15周を走った後の速さにフォーカスしているホンダ 予想通りと言えば予想通りの結果に終わった、今年の鈴鹿8耐。下馬評通りにHonda HRCが優勝し、4連覇を達成した。イケル・レクオーナが負傷により参戦[…]
電子制御スロットルにアナログなワイヤーを遣うベテラン勢 最近のMotoGPでちょっと話題になったのが、電子制御スロットルだ。電制スロットルは、もはやスイッチ。スロットルレバーの開け閉めを角度センサーが[…]
φ355mmとφ340mmのブレーキディスクで何が違ったのか 行ってまいりました、イタリア・ムジェロサーキット。第9戦イタリアGPの視察はもちろんだが、併催して行われるレッドブル・ルーキーズカップに参[…]
運を味方につけたザルコの勝利 天候に翻弄されまくったMotoGP第6戦フランスGP。ややこしいスタートになったのでざっくり説明しておくと、決勝スタート直前のウォームアップ走行がウエット路面になり、全員[…]
最新の関連記事(モトGP)
今のマルケスは身体能力で勝っているのではなく── 最強マシンを手にしてしまった最強の男、マルク・マルケス。今シーズンのチャンピオン獲得はほぼ間違いなく、あとは「いつ獲るのか」だけが注目されている──と[…]
本物のMotoGPパーツに触れ、スペシャリストの話を聞く 「MOTUL日本GPテクニカルパドックトーク」と名付けられるこの企画は、青木宣篤さんがナビゲーターを務め、日本GP開催期間にパドック内で、Mo[…]
欲をかきすぎると自滅する 快進撃を続けている、ドゥカティ・レノボチームのマルク・マルケス。最強のライダーに最強のマシンを与えてしまったのですから、誰もが「こうなるだろうな……」と予想した通りのシーズン[…]
2ストGPマシン開発を決断、その僅か9ヶ月後にプロトは走り出した! ホンダは1967年に50cc、125cc、250cc、350cc、そして500ccクラスの5クラスでメーカータイトル全制覇の後、FI[…]
タイヤの内圧規定ってなんだ? 今シーズン、MotoGPクラスでたびたび話題になっているタイヤの「内圧規定」。MotoGPをTV観戦しているファンの方なら、この言葉を耳にしたことがあるでしょう。 ときに[…]
人気記事ランキング(全体)
フレディ・スペンサー、CB1000Fを語る ──CB1000Fのインプレッションを聞かせてください。 とにかくすごく良くて、気持ちよかったよ。僕は何年もの間、新しいバイクのテストをしてきた。HRCのテ[…]
お手頃価格のヘルメットが目白押し! 【山城】YH-002 フルフェイスヘルメットが38%OFF コストパフォーマンスと信頼性を両立させた山城の「YH-002」フルフェイスヘルメット。大型ベンチレーショ[…]
後発のライバルとは異なる独創的なメカニズム 近年では、日本製並列4気筒車の基盤を作ったと言われているCB750フォア。もっとも細部を観察すると、この車両のエンジンには、以後の日本製並列4気筒とは一線を[…]
まさかのコラボ! クロミちゃんがホンダバイクと出会う ホンダがサンリオの人気キャラクター「クロミ」と、まさかのコラボレーションを発表した。クロミがバイクに乗りたくなるというストーリーのオリジナルアニメ[…]
世界初公開のプロトタイプ&コンセプトモデルも登場予定! ホンダが公式素材として配布した写真はモーターサイクルショー展示車および鈴鹿8耐時点のもの、つまりミラー未装着の車両だが、JMS展示車はミラー付き[…]
最新の投稿記事(全体)
10/1発売:カワサキ「Ninja ZX-25R SE/RR」 250ccクラスで孤高の存在感を放つ4気筒モデル、「Ninja ZX-25R」の2026年モデルが早くも登場する。今回のモデルチェンジで[…]
「世界初の量産250ccDOHC水冷4気筒エンジン」が生み出す最上の乗り味 1983年3月。デビューしたてのGS250FWに乗った印象といえば「速い!というよりすべてがスムーズ。鋭い加速感はないけど必[…]
スマホ連携機能で魅力を増した、ボッシュ製ARASを備える最高峰ツアラー カワサキは「ニンジャH2 SX SE」の2026年モデルを11月1日に発売する。カラー&グラフィックの変更およびスマートフィンア[…]
地面を感じる直進安定性で日常の移動を安心快適に 決勝レース1で自己最高となる2位を獲得した第3戦を終え、全日本ロードレース選手権は8月下旬まで約2ヵ月間の夏休み。その間もいろいろと忙しいのですが、やっ[…]
ゼファーとは真逆のコンセプトで独り勝ちを掴む! 1989年のカワサキZEPHYR(ゼファー)をきっかけに、カウルのないフォルムをネイキッドと呼ぶカテゴリーが瞬く間に人気となった。 続いて1991年に、[…]
- 1
- 2