
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第123回は、マルク・マルケス選手を軸に展開されているストーブリーグ、いやプールリーグについて。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Red Bull
1周でのコンマ2秒差が、20周では4秒差になる
MotoGPは早くも来シーズンのライダーラインナップが決まってきましたね。主要チームのシートはほとんど埋まってしまいました。かつて移籍話は「ストーブリーグ」と言って、シーズンオフのお楽しみでしたが、今は「プールリーグ」。もはやプール開きより早いですけどね(笑)。
軸となったのは、やはりマルク・マルケスでしょう。元々ドゥカティとしては「来年のマルケスは(サテライトチームの)プラマックで、ファクトリーマシンを用意する」というプランでしたが、マルケスは「受け入れられない」とこれを拒否。そこから事態は大きく動きましたよね。
マルケスは、「サテライトチームからサテライトチームには移籍しない」と発言しましたが、それは彼が現在在籍しているグレシーニからプラマックへの移籍を完全に拒否するものでした。これでドゥカティに強いプレッシャーをかけ、’25シーズンに関しての主導権を握ったんです。
マルケスは今シーズン、ここまでのところ勝利を挙げられていません。彼の才能に疑いの余地はありませんが、それでも勝てないという事実に、ファクトリーとサテライトのチーム力の差を痛感しているはずです。
表彰台には上がっているものの……。それでもこの表情からは勝利への渇望がうかがえる。
今のMotoGPマシンは、開発が厳しく規制されています。最新型のファクトリーマシンと、今マルケスが走らせている1年落ちモデルの差は、本当に微々たるものです。でも、その微々たる差がコンマ2秒だとしても、5周で1秒、10周で2秒、20周では4秒という大きな差になってしまいます。
昔のGPは、ある意味で大ざっぱ(笑)。「それぐらいの差はライダーの腕でなんとかする」なんていうことも可能でした。でも今のMotoGPは、与えられたパーツを最大限に活用し切っています。タイヤのパフォーマンスも、最後の最後まで使い切ることを前提にしてセッティングされ、ペースを作っている。いくらライダーの腕が優れていても、差を埋めることがほぼできないぐらいのレベルに達しています。
それでもマルケスは終盤にトップが見える位置まで上がってくるんですから、「さすが!」としか言いようがありません。ただ、そう簡単に優勝はできない。それは、ファクトリーチームとサテライトチームの間に、大きな差があるからです。
今は、パーツよりもデータがものを言う時代です。データとはエンジン制御に使われるもので、これがかなり支配的。ファクトリーチームは、もちろん最新・最良のデータを最速で使います。そして数戦後にセミファクトリーチーム、そしてさらにその後にサテライトチームに提供されているはずです。
この、僕たちの目には見えないデータを、マルケスは喉から手が出るほど欲しがっているんです。だからこそ彼はファクトリーチーム入りにこだわった。ほとんど同じようなマシンで、自分の実力をフルに発揮しても(今のところ)勝てない理由を探して、ファクトリーチームとサテライトチームのデータの差に行き着いたのでしょう。
グレシーニではファミリーのような関係を築いているが、それはそれ、これはこれ。
鬼気迫るチャンピオンへの熱意には、アコスタの影響あり?
マルケスの決断力は、本当にすごい。長年一緒に戦ってきたホンダを去ってドゥカティ入りし、長年にわたってパーソナルスポンサーだったレッドブルと決別してでも、来年はドゥカティ・ファクトリー入りする。
しかもそこには、イタリア人のエースライダー、バニャイアがいるわけです。ジジ・ダッリーリャ率いるドゥカティは、もちろん、国籍によってライダーの扱いに差を付けることはありません。ジジは現役時代の僕のチーフエンジニアで、今も個人的な付き合いがあるから、よく分かります。
でも、それは建前だということもよく分かる(笑)。自国のライダーに肩入れしたくなるのは、人として自然な感情です。特にイタリア人はその傾向が強い。イタリア人のバニャイア、そしてスペイン人のマルケスが、イタリアのチームで同僚となる。ほんの些細なことかもしれませんが、ふたりの扱いに差が付いてもおかしくありません。
マルケス自身も、そのことを十分に理解しているはずです。国籍のこともあって、「ファクトリーチームに入っても扱いはNo.2だろう」ということを、彼は覚悟している。さらに言えば、報酬だってそんなに高くはないでしょう。
それでもやはり、マルケスはドゥカティのファクトリーチームに行きたい。それは今、もっともチャンピオンに近いマシンとチームだからです。シンプルに「チャンピオンを獲りたい」と考えた時に、確かにドゥカティのファクトリーチームが最善の選択です。
マルケスは31歳。彼が天才の中の天才であることは間違いありませんし、今もトップの中のトップです。でも、ペドロ・アコスタを筆頭にした若手の勢いには、脅威を感じているでしょう。フィジカルやメンタルはまだまだ伸ばせる年齢ですが、目や反射神経だけはどうしても衰えていくからです。
31歳のマルケスをゼッケン31のアコスタが追う。
マルケスが焦っているかどうかまでは、分かりません。でも、すべてを投げ打ってでもチャンピオンへの熱意を剥き出しにする様子は、鬼気迫るものがあります。これだけMotoGP全体をかき回しての移籍になるわけですから、来年は彼にとっても正念場でしょうね。
ちょっと名前が出たので触れておきたいのは、アコスタです。来年はKTMファクトリー入りが決まっていますが、これは誰もが納得しているでしょうね。前にもお伝えしましたが、アコスタのブレーキングはハンパない! 化け物です(笑)。
ブレーキング初期、マシンがまだ起きている段階ではファビオ・クアルタラロがすごい。でもアコスタは、マシンを寝かせ始めてクリッピングポイントまでブレーキコントロールが抜群です。マルケスでさえ止まり切れずにオーバーランしてしまうような場面でも、しっかり減速する。しっかり減速できているから、しっかり曲げられる。しっかり曲げられるから、しっかり加速しながら立ち上がれる……。
マルケスのおしりに火を点け、「何がなんでもファクトリーチーム入りを」と思わせた理由のひとつに、アコスタの存在も大きかったと思います。
2023年は慣れ親しんだレプソルホンダとの最後の年になった。
2024年はドゥカティサテライトのグレシーニで。2025年は赤いマシンを駆ることになる。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
MotoGPライダーが参戦したいと願うレースが真夏の日本にある もうすぐ鈴鹿8耐です。EWCクラスにはホンダ、ヤマハ、そしてBMWの3チームがファクトリー体制で臨みますね。スズキも昨年に引き続き、カー[…]
決勝で100%の走りはしない 前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたこ[…]
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない 第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか[…]
ヨーロッパラウンドで欧州勢が本調子に MotoGP第8戦イギリスGPが行われた週末は、「モータースポーツ・ウィークエンド」で、なんだか忙しい日々でした(笑)。まずはMotoGPですが、娘がモータースポ[…]
地元ライダーの大活躍で盛り上がったフランスGP MotoGPは第6戦フランスGP、第7戦イギリスGPを終えています。フランスGPはめちゃくちゃお客さんが入っていましたね! ヨーロッパに住んでいる僕の感[…]
最新の関連記事(モトGP)
MotoGPライダーが参戦したいと願うレースが真夏の日本にある もうすぐ鈴鹿8耐です。EWCクラスにはホンダ、ヤマハ、そしてBMWの3チームがファクトリー体制で臨みますね。スズキも昨年に引き続き、カー[…]
クシタニが主宰する国内初のライダー向けイベント「KUSHITANI PRODAY 2025.8.4」 「KUSHITANI PRODAY」は、これまで台湾や韓国で開催され多くのライダーを魅了してきたス[…]
決勝で100%の走りはしない 前回、僕が現役時代にもっとも意識していたのは転ばないこと、100%の走りをすることで転倒のリスクが高まるなら、90%の走りで転倒のリスクをできるだけ抑えたいと考えていたこ[…]
電子制御スロットルにアナログなワイヤーを遣うベテラン勢 最近のMotoGPでちょっと話題になったのが、電子制御スロットルだ。電制スロットルは、もはやスイッチ。スロットルレバーの開け閉めを角度センサーが[…]
φ355mmとφ340mmのブレーキディスクで何が違ったのか 行ってまいりました、イタリア・ムジェロサーキット。第9戦イタリアGPの視察はもちろんだが、併催して行われるレッドブル・ルーキーズカップに参[…]
人気記事ランキング(全体)
フリーズテック史上最高の冷感「氷撃α」シリーズ フリーズテックから登場した「氷撃α」長袖クルーネック冷感シャツは、シリーズ史上最高の冷感性能を誇る最新モデルです。生地表面に特殊な冷感プリント加工を施す[…]
ヘルメット装着で手軽に使えるバイク専用ドラレコ 「MiVue MP30Gps」は、バイクヘルメットに直接取り付けられるドライブレコーダー。これまでの車体取り付け型と違い、視界や操作性を損なわずに取り付[…]
ホンダCB1000F SE コンセプトの姿はこれだ! 7月11日、ホンダは鈴鹿8耐会場内のホンダブースにて、CB1000F SE コンセプトを世界初披露すると突如宣言した。 同リリースでは真横からのシ[…]
空冷四発の最終形態……CB-F最後の1年を飾る1100F[1983年] 多くのライダーが憧れる究極のフラッグシップであるCB1100Rの技術をフィードバックした、CB-Fシリーズの最終形態。 エンジン[…]
4つの冷却プレート&ペルチェ素子で最強の冷却力を実現 「ペルチェベスト」は、業界最先端の半導体冷却技術を採用し、前後4か所に冷却プレートを搭載した新発想の冷却ウェアです。小型冷蔵庫にも使われるペルチェ[…]
最新の投稿記事(全体)
街乗りで乗り比べてみると、R15とR25はどこが違って感じるのか!? 両車とも軽二輪クラスで、“車検がなく、維持しやすくて高速OK!”というキャラクターは一緒なR15とR25。気になるのは155ccと[…]
日本が誇る雄大な自然を体感する一大ツーリングイベント 「日本三霊山ラリー」は、古来より日本の山岳信仰の対象とされてきた富士山、立山、白山という3つの頂を巡る壮大なツーリングイベントだ。石川、富山、静岡[…]
【Honda×ccilu】バイク乗りのための軽量防水シューズ ホンダとシューズブランド「ccilu」がコラボした、バイク乗りのための軽量防水シューズが登場。独自素材「ccilucell」で驚きの軽さと[…]
スタートは自転車用のチェーン製造だった エンジンのシリンダーの中でピストンが上下して発生した力を、クランクを介してリヤタイヤに伝える。その要のパーツがドライブチェーンである。エンジンがどれだけ大きなパ[…]
ドラマの熱を受けて6年ぶりの精進湖涼湖祭を8月4日(月)に開催 脚本のバカリズム&主要キャストからも特別応援メッセージが!! 涼湖祭の復活を祝して、脚本のバカリズムさん、主演の市川実日子さん、[…]
- 1
- 2