数年前まで、今までのやり方で勝てていた。その成功体験が仕事のやり方を変えさせなかったと述懐するのはヤマハのMotoGP開発プロジェクトリーダーの関和俊だ。重箱の隅を針てつつくような精緻な開発を続けてきたが、マシンのわずかな差がシーズンを終えれば大きな成績の差となってあらわれた。’23年、ヤマハは何を得たのか。
●文:高橋剛 ●写真:ヤマハ ●外部リンク:ヤマハ
ブレーキングからコーナーエントリーでは戦闘力を発揮できていた
20年ぶりのMotoGP未勝利──。不名誉なシーズンとなった’23年を、ヤマハ発動機MS統括部MS開発部プロジェクトリーダーの関和俊は、「不甲斐ない結果」としながら、「我々の車両トータルとしての戦闘力は、(前年に比べて)上がりました。しかし他メーカーの伸び率の方が高く、結果的に苦戦することになりました」と振り返る。
ヤマハのファビオ・クアルタラロがMotoGPチャンピオンとなったのは’21年、わずか2シーズン前のことだ。翌’22年はドゥカティのフランチェスコ・バニャイアに競り負け、ランキング2位になった。バニャイア7勝、クアルタラロは3勝だった。
そして’23年、バニャイアの2連覇を許した──どころか、全20戦のうち3回は3位表彰台に立ったものの、勝利数はゼロ。新たに始まったレースフォーマットである土曜日のスプリントレースでも3位表彰台がわずか1回で、勝利を挙げることはなかった。総合ランキングは10位。まさに惨敗だった。
’21年に5勝を挙げてチャンピオンを獲得したメーカーが、’22年には3勝、そして’23年には0勝となると、これは急激な凋落と言わざるを得ない。関の言う「自分たちのマシンの戦闘力は上がったが、他メーカーの伸び率の方が高かった」は、相当な差だったということになる。
「’22年型から’23年型への進化の度合いは、大きかったと思います」と関は言う。主にはエンジンのアップデートを指しての言葉だ。なおかつ、YZR-M1持ち前の長所は伸ばせたと言う。
「M1の強みは、フロントまわりのスタビリティの高さと、ライダーへのフィードバックの多さです。ブレーキングからコーナーエントリーというパートでは、’23年型も強さを発揮できていたと感じています。ファビオ(クアルタラロ)もフランコ(モルビデリ)も、シーズンを通してフロントを失っての転倒が少なかった」
関は「コースによっては(加速力の指標となる)最高速もひどく劣っていたわけではありませんでしたし、場合によってはストレートでライバルを抜き去るシーンもありました」と言う。「条件さえ合えば、十分なパフォーマンスを発揮できる場面もありました。’22年型に比べ、’23年型の方が優れているのはデータ比較でも明らかです」。
しかし、加速力でライバルに水を空けられた。予選が上位で単独走行できればいいペースを刻めるが、混戦になると他車を抜くのが難しい。シーズン終盤にかけてだいぶ改善していったものの、ついに追いつくことはできなかった。
守りか攻めか、日欧のアプローチの違い
勝利を挙げられないクアルタラロは、メディアに対してヤマハへの不満を露わにし、ファクトリーライダーとしては珍しく、ヤマハに発破をかけるようなコメントさえも残した。レーシングライダーは、コース上でライバルと直接対決を繰り広げながら、自分が走らせているマシンのパフォーマンスを相対的にしか評価しない。ライバルより1mmでも前に出ることが彼らの仕事なのだから、それも当然だ。
関は「加速力不足の問題は、エンジン単体によるものではありませんでした」とし、「エアロパーツやライドハイトデバイス(車高調整機構)、さらには車体そのもののグリップレベルなど」が密接に関わっている、と説明した。
「理由はひとつではありません。ひとつのアイテムに問題があるから、ということではない。おそらくトータルパッケージとして、少しずつ不足しているところがあったのだと思います」
つまり「加速」というキーワードひとつを取ってみても、マシンのほぼ全域に話は及ぶのである。実際のところ、レーシングマシンはそのようにしてトータルでパフォーマンスを高めながら進化していくものだ。
「自分たちとしてやるべきことはやった。しかし他メーカーとの比較では追いつけていない、ということです」と関。これはつまり、全体的に課題を残しているということであり、’22年末の関から聞かれた言葉でもある。1シーズンかけても、差は埋まらなかったのだ。その原因を問うと、関はこう答えた。
「仕事に対するアプローチの仕方に(日欧メーカーの)違いがあるのかな、と思いますね。これには個人的な主観も含まれるんですが、個々のパーツによって差が生じているのではなく、ここ数年の仕事に対するアプローチの違いがどんどん蓄積していった結果、今の状態になってしまったのかな、思っています。
日本のメーカーには『改善』という言葉がありますよね、改善を積み重ねてじっくり作り込むことがすごく得意なんだろうな、と。そして自社開発をして、自社にその技術を蓄積することをよしとする。
一方のヨーロッパ勢は、他社とのコラボレーションやアウトソーシング、さらには人材登用にも積極的です。それらを活用しながらスピード感を持って開発を推し進めているのではないか、と。
また、日本のメーカーは非常にしっかりと作り込んでから実戦投入するので、めったなことで壊れるようなことはありません。一方でヨーロッパ勢は最小限のマージンで攻めてきているところはあります。テクニカルレギュレーションに対しても、私たち日本のメーカーは正攻法でマシンを作り込みますが、彼ら(ヨーロッパ勢)は、レギュレーションギリギリのうまいところを突いてきたりする。仕事に対するアプローチの差というのは、こういったあたりですね。
数年前まで、私たちも今までのやり方で勝てていました。その成功体験があったので、仕事のやり方を変えることがなかなかできなかったんです。しかし今は状況が変わった。私たちのやり方と彼らのやり方、どっちがいい、悪いという話ではありません。彼らの進め方をまるまるコピーするつもりもない。それぞれのよさを『いい所取り』しながら、ヤマハトータルとしてのベストを模索し始めているところです」
「状況が変わった」とは、端的には「今までのやり方では勝てなくなった」ということだ。そして「変えなければならない所は、変える。しかし、変える必要がない所は、変えない」と関は言う。「それぞれの場面で、変えること、変えないことの良し悪しをしっかり考える」のだと。微妙なバランスを見極めながらの舵取りだ。
「私たちは毎年変わることなくチャンピオン獲得を目標にして開発を続けています。’24年もそれは同じで、エンジニアたちはチャンピオンだけをめざして日々開発をしている。このまま私たちの狙いどおりにことが運べば、必ずライバルと同等に戦えるレベルに行けるだろう、と思っているんです」
「勝っていればコンサバ(保守的)になるし、負けていれば多少のリスクも取って行かなければなりません」と関。ヤマハはMotoGPを重要なチャレンジの場と捉え、よりいっそうの体制の充実も辞さない構えだ。人材確保にも積極的に取り組んでいる。’24年はコンセッション(開発の優遇措置)も適用される。0勝は、大きなバネを縮めている過程なのかもしれない。
タイヤとECUを共通化して以降、MotoGPは先鋭化の一途を辿っている。予選では0.1秒差で10番手以上も順位が変わってしまうことがざらだ。ここで競われているのは、ごくごくわずかな差だ。
10年ほど前、当時のヤマハのレース責任者はMotoGPについて「重箱の隅を針でつつくような開発」と表現した。今は顕微鏡で針先を覗きながら研磨し、ミクロ単位で隅を探るような場になっている。0勝だったヤマハを「惨敗」と言い表すのは簡単だが、とてつもない精度の戦いの、ほんのわずかな差による敗北ではある。
「開発の精度を高めるためには、いろいろなことにチャレンジしなければなりません。例えば人材確保もひとつの手法でしょうし、シミュレーション技術をいっそう向上させることも必要でしょう。また、MotoGPは次々に開催され、スピーディーに物事を解決していかなければならない。非常にレベルが高い舞台で戦いながら私たちが得た知見は、いろいろな形で量産車の開発にも役立つ時がくるのではないかと思っています」
※文中敬称略
YAMAHA YZR-M1[2023]Special Graph
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