
ホンダは11月にミラノで開催されたEICMAにて、新しいクラッチコントロールシステム「Honda E-Clutch」を初公開した。一見すると人間のクラッチ操作をサポートする快適装備に思えるが、さにあらず。
●文:ヤングマシン編集部(ヨ)
『大きいスーパーカブ』ではない
EICMA現地でお話を聞かせてくれた小野惇也さん。本田技研工業 二輪・パワープロダクツ事業本部 完成車開発部 完成車研究課 アシスタントチーフエンジニア。DN-01のHFTを見てホンダ入社を志したというトランスミッションのスペシャリストだ。
ホンダがEICMA2023で初公開した「Honda E-Clutch(Eクラッチ)」は、マニュアルトランスミッション(MT)車にアクチュエーターなどを追加する技術で、基本的にはMT車の特性を持ちながら、システムをONにするとクラッチレバー操作不要で発進/変速/停止が可能になるというもの。
それだけ聞くと、スーパーカブの自動遠心クラッチのようなものを想像してしまいそうになるが、コイツは違うのだという。開発者の小野惇也さんに現地で話を聞いた。
──これってスーパーカブと同じような操作が可能に思えるのですが、歴史的なつながりはあるのでしょうか? 言ってみれば大きいスーパーカブ的な?
「スーパーカブに関してはレバーを操作せずに変速できるという共通点があり、そこはリスペクトしていますが、このEクラッチは乗り手がレバーを操作することもできますし、クラッチそのものを裏側でいろいろと制御している点が異なります。なので『大きいスーパーカブ』ということで開発したものではありません」
──では、なぜこのようなシステムを開発したのでしょうか? DCTとの違いについても伺いたいです。
「まず、DCTはオートマチックトランスミッションの一種ですが、EクラッチはMT車をもっと進化させたいということが始まりです。MTでできる操作は全てライダー側でもできますから。確かにDCTの制御技術についての知見も入っています。例えば変速時のショックを逃がすための微妙な半クラッチなんかですね。それから、最近ではクイックシフターも世の中に出回ってきていて、その両方の技術の蓄積を活かすことができました」
──クイックシフター(QS)の技術も活きたとは?
「QSは、シフトアップでは燃料噴射をカットしたり点火時期を変えたりすることで駆動力を抜き、その隙に次のギヤに入れることができるというのが制御の内容になります。これに加えてクラッチも制御できるようになる、というのがEクラッチの考え方です。シフトアップで次のギヤに変速したとき、QSだけだと多少のギクシャクやタイムラグが生じるものですが、Eクラッチの場合は変速の際に半クラッチ状態を作ることで変速ショックを吸収することができる。その結果、QS単体よりも素早くスムーズな変速が可能になります」
──シフトダウンの際には?
「スロットルバイワイヤ(電子制御スロットル)があれば回転を上げて合わせることができますが、機械式スロットルでもクラッチを短く切った後にスムーズに繋げれば回転差を吸収することができます。Eクラッチはそれを凄く早く適切に行うことができるんです。なので、電スロがなくてもさまざまな機種に展開できますし、もちろん電スロがあればもっといろいろな制御ができることになります。QSでできることに対してクラッチ制御が加わることで、よりスムーズで素早い変速ができるということですね。将来的には電スロとの組み合わせでの発展性もあると思います」
既存のクラッチユニットに後付けできる
システム概要イメージ(CG)
──今回はスタンダードなロードスポーツモデルに搭載しましたが、Eクラッチ機構以外の部分は同じなんでしょうか?
「クラッチユニット自体はベースモデルのCB650R/CBR650Rと全く同じです。アシスト&スリッパークラッチもそのまま付いていますし。これにQSを搭載し、さらにプラスアルファとしてEクラッチが付いているという考え方です。EクラッチにプラスアルファでQSではなく」
──マニュアル操作もできると言いますが、どのくらい自然にできるのでしょうか?
「電源OFFのときのクラッチレバーは普通のMTと全く同じフィーリングです。電源ONにしてオートにするとメーター横に緑色の“A”のインジケーターが点き、アクチュエータによるコントロールになります。そのときのレバーフィーリングとしては手元で少し遊びが増えますが、握り込んでいくと手の方に荷重が移っていつものMTのフィーリングになります。最初にレバーの遊びを感じるだけですね。そして、レバーを握るとその状態を検知してマニュアル操作したいんだなとコントロールユニットが判断し、自動操作が切れてインジケーターが消えます。そこからは普通にMT車のフィーリングになります。そして操作を終えると状況に応じて自動的にオートに復帰します」
──状況による自動復帰とは?
「低速の操作では5秒ほど経ってから。速度が上がっていればおよそ1秒で復帰します。というのは、低速ではクラッチをつないだ状態でも速度コントロールのためにまた切ったりすることがよくありますよね。その可能性を排除しないように5秒待ってから復帰するわけです。ライダーが主導権を持った状態、つまりA表示がオフになっている状態では、普通にエンストもしますし」
──そうした設計にした理由とは?
「低速でマニュアル操作したいときって、アイドリング回転ギリギリで発進したいこともありますよね。そこで勝手にクラッチを切ってしまうと意思に反したものになってしまいます。ライダーが操作したいという意思を見せたときにはそれを尊重するわけです」
──アルゴリズムとしては、エンストしそうになったときギリギリでクラッチを切るような操作もできるのでしょうか?
「現在の構成ではよく考える必要がありますね。とはいえ今回はマニュアルトランスミッションの進化ということで、MTと同じことが全部できるというのがポイントです。これをたとえばバイワイヤ(関連記事参照)にした場合は対応できると思いますが、バイワイヤの場合は電源OFFでクラッチ操作ができなくなる=MTと全く同じではなくなることに加え、安くて軽くてシンプルに作りたいという今回の開発コンセプトに合致しなくなります」
クラッチタイプと電子制御追加による操作の違い一覧。
あくまでもマニュアル操作の発展形
──Eクラッチはオートマチックではなく、ライダーが自分でマニュアル操作を楽しむというのが根底にある?
マニュアル操作を駆使すればウイリーだってできる。あくまでもスポーツ性を損なわないのがEクラッチなのだ。ただしシステムOFF時にはレバーを握らないと普通にエンストもする。
「そうです。バイクに乗るときは両手両足を操作に使う、そんなMTの醍醐味を残したかったんです。でも一方で、毎朝の通勤でいつもクラッチ操作をしたいかというとそうでもないですし、信号待ちで停止したときにはMT車のようにギヤをニュートラルしなくても、つまりギヤを入れたままでも止まることができます。そういう“移動する”というとことでは楽になるし、いざ変速を行うときにはQSよりもスムーズで早い。峠なんかで走るときには、自分がもっと上手くなったように感じられると思います。MTでできることはそのまま残して、ライダーよりももっと上手くできることは補助して、より楽しく走れるというところで貢献できると思います」
──DCTとの棲み分けは今後どのように?
「DCTはあくまでもオートマチック=ATで、EクラッチはMTを残していくんだというコンセプトです。ツーリングバイクなどで遠くに行きたいときにはDCTの方が適していますし、操作も楽しみたいロードスポーツではEクラッチだと思います」
──シンプル&安価に作れるということは普及クラスに積極採用?
「技術的には今回のものよりも小さな車両に載せることは可能です。汎用性があって車種を選びません」
──クラッチレバーを操作したいのは特に極低速だと思います。DCTにもクラッチレバーがあればいいのに……なんて意見もあるようですが。
「そうした意見を頂戴することもあります。クラッチレバーがあれば自分の好きな回転数で発進できますから。Eクラッチはクラッチレバーがあることで、レーシングスタートもできればアイドリング発進も可能ですし、極低速で自分のタイミングで駆動力を抜いてクルっと回りたいとか、そういう要望に応えられます」
──ガッツリ回転を上げてスタートした場合はどんな操作に?
「普通にMT車と同じです。ライダーが望むならバーンナウトもウイリーも、MT車と同じことは基本的にできます。ちなみにシステムをOFFにすると、メーター上ではギヤポジションインジケーターの下に”M”が表示されます」
以上のように、あくまでもマニュアル操作を楽しむことがEクラッチの根底にあることは間違いない。自分のしたいように発進加速をすることができ、QSと協調制御することでよりクイックな変速がスムーズにできるようになる。それでいて、サボリたいときにはクラッチ操作を代行してくれるし、ライダーが主導権を握りたいときにはいつでも明け渡してくれて、操作したら自動的に復帰してくれるというわけだ。ホンダが技術を公開したときの写真に「ウイリーの写真」も混ぜてあったのには、やっぱり意味があるのだ。
3分割レリーズ構造で手動/モーター制御の主導権受け渡しを行う
クラッチユニットとトランスミッションの構造は従来の機構そのままとし、レリーズに3分割構造を採用することで手動とモーター制御を両立させた。クラッチレバーによる手動操作では通常のレリーズと同じように働き、モーター制御ではレバーから直結した部分を追い越すように切り離して駆動。モーター制御中であっても手動操作を行うことでクラッチの受け側レリーズに介入することができる。
なお、クラッチレバーを装備していることから国内のAT限定免許では運転不可。
手動操作による介入を行うとEクラッチのコントロールユニットがそれを検知し、システムを一時的にOFFにしてライダーに主導権を明け渡す。操作を終えると、状況によって1~5秒程度で自動に復帰する。
左はOFF状態。中央の画面で変速時のタッチをソフト~ハードに3段階で選択可能だ。よりソリッドな変速感を求めるならハード、ショックを吸収してほしいならソフトといった具合だ。右は回転数を任意に調整可能なシフトタイミングインジケーター。
大きさはミニ弁当箱くらい
展示されたCBR650/CB650RにはそれぞれEクラッチのあり/なしが存在し、両方がラインナップされることは確実。厚みや大きさは、成人男性だと明らかに物足りないなというくらいのミニ弁当くらいなイメージだ。
ホンダブースの中央に堂々とカットモデルを展示。2つのモーターでレリーズを駆動して細かい制御を行う。中国系と思われるエンジニア(?)が興味津々で写真を撮りまくっていたが、この技術のキモは制御にありと見た。
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