
1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。今回は記念すべき第100回を迎え、2023年シーズンが開幕したMotoGPについてあれこれと。
TEXT: Go TAKAHASHI PHOTO: Honda, MICHELIN, Red Bull
何戦か出場停止にしてもいいレベルのクラッシュだった
MotoGP・2023シーズンがついにポルトガルで開幕しましたね! いちレースファンとしては、期待と興奮でわくわくしながらの観戦となりました。……が、決勝レースは3周目にホンダのマルク・マルケスが転倒し、母国GPに臨んでいたアプリリアのミゲール・オリベイラに追突。両者ともリタイヤしたうえにマルケスは骨折、オリベイラもひどい打撲を負うという、大きなクラッシュが発生しました。
MotoGPスチュワードパネルはマルケスに対し、次回参戦時のダブルロングラップペナルティを科しましたが、僕個人の意見としては、ちょっと甘いんじゃないかと思います。混戦状態のレース序盤に他のライダーを巻き込んでのクラッシュ、しかも相手の命に関わるほどの追突でしたからね。何戦か出場停止にしてもいいレベルのクラッシュでした。
体調は戻ってきたがマシン差を埋めるべく無理をしてしまうマルケス。ブレーキングミスからホルヘ・マルティンに接触し(タイトルカット)、その後オリベイラに追突してしまった。オリベイラは地元ポルトガルでのレースで好位置につけていただけに残念。
不利なホンダのマシンで少しでも前に出るために、無理せざるを得なかったマルケスの心情は痛いほど分かりますし、そういうガッツがあるからこそ、トップライダーで居続けられるのも理解できます。うまくいけば、今回も予選でまさかのポールポジションを獲ったり、土曜日に開催されたスプリントレースでは3位表彰台に立ったりと、マシンのポテンシャルをはるかに越えた素晴らしい成績を残せる。
でも、決勝レースでのクラッシュは、最高峰クラスだけで6回もチャンピオンを獲り、30歳にもなったベテランのやることじゃない。レースでギリギリのバトルができるのは、お互いに信頼できているからこそ。「相手にはぶつけない」という暗黙の了解の中があるから、激しい競り合いができるんです。ライダー同士の信頼関係を壊してしまうかのようなクラッシュは、決してあってはならないことだと思います。
マルケスが所属するレプソルホンダチームのアルベルト・プーチ監督は、「タイヤが十分に温まっていなかったため、フロントがロックした。ブレーキをリリースしたときに、そのままオリベイラに追突してしまった」とコメントしていますし、マルケスも自分のミスを認めたうえで、「何とかマシンを起こしてアウトに逃げようとしたけど、マシンは傾いたままで、ミゲール(オリベイラ)を避けられなかった。本当に申し訳なく思う」と謝罪しています。
ここで気になるのは、「マシンを起こそうとしても、傾いたままだった」という点です。マルケスがブレーキングで突っ込みすぎたのは、本人も認めているように、紛れもない事実です。しかし、彼は超一級のレーシングライダー。ただ無茶をした結果とだけは言い切れない気がします。僕からひとつ指摘しておきたいのは、空力パーツが増えたことでマシンコントロールがかなり重くなっているのではないか、ということです。
僕自身は最新MotoGPマシンに乗っていませんので、実際のマシン操作の重さは分かりません。でもレース関係者に聞くところによると、空力パーツの効果はかなり大きいとのこと。基本的にはダウンフォースを発生させるものですから、それが効果的ということは、操作が重くなるということなんです。分かりやすいイメージとしては、ステアリングダンパーをガチガチに締めているような状態に近いのではないかと思います。
アプリリアのアレイシ・エスパルガロも腕上がりの手術を受けましたが、ライダーの負担がかなり大きくなっているのは事実。そうやって振り返ると、開幕戦はスプリントレースからMotoGPライダー同士の接触事故が多く、ちょっとおかしなことになっているような気がします。もしかしたら、集団で走ると乱流のようなものが発生しているのかもしれません。
MotoGPライダーは世界各国の選手権やMoto3、Moto2でタイトルを獲っているような一流ライダー揃い。そんな彼らですらコントロールに手こずるようなマシンになっているとしたら、空力パーツのあり方もちょっと見直した方がいいのではないでしょうか。
土曜のスプリントレース、見応えはあるが……
スプリントレースでは1位バニャイア、2位マルティン、3位マルケスという結果に。
先にも少し触れましたが、今回から土曜日にスプリントレースが開催されることになりました。決勝の半分の距離で、決勝の半分のポイントが与えられる仕組みです。ポルトガルGPでいえば、スプリントレースはわずか12周。手探りしているうちに終わってしまいます。レース序盤からとにかく前に出なければならないので、いち観客としてはエキサイティングなレースが楽しめますが、観ていてちょっとヒヤヒヤしますね……。
今までは土曜日の予選セッションもセッティングに充てられていましたが、そこがポイントが懸かったレースとなると、多少セットアップが決まっていない状態でも全力を尽くすしかありません。リスクはあると思いますが、全員が同じ条件ですからね……。観ている側としては面白さが増えますが、やっている側はかなり大変だと思います。
レース全体を振り返ると、スプリントレース、決勝レースともに優勝したバニャイアが一気に37点を獲得し、強さを見せつけました。また、決勝レースで2位になったアプリリアのマーベリック・ビニャーレスもかなり調子がよさそうです。決勝でマルケスがリタイヤした後、上位陣はヨーロッパ車勢ばかりになりました。KTMのジャック・ミラーも、ドゥカティからの乗り換えでいきなりトップ争いを演じましたね。事前テストでは苦戦しているように見えましたが、実はかなりレースに照準を合わせてトライしていたのでしょう。
ヤマハのファビオ・クアルタラロは、スプリントレースではジョアン・ミルにぶつけられてしまいました。決勝レースはスタートで出遅れ、追い上げのレースとなりましたが、やはりストレートスピードが足りず、8位に終わりました。先行逃げ切りしかないというレース戦略の少なさは、今シーズンもヤマハを苦しめそうです。
Moto2は、小椋藍くんがモトクロスコースでのトレーニング中に負傷し、欠場となりました。こればかりは仕方ないですね……。僕らの頃はテスト、テストの連続。シーズンが始まる前の段階で、その1年の全走行距離の半分ぐらいを走り込んでいたものです。でも今は事前テストの機会がほとんどない。レース自体のレベルも上がっていますし、ライダーとしてはいろいろな形で少しでもバイクに乗って、トレーニング時間を稼ぐしかありません。
バイクに乗ってトレーニングしておくことは、技術面や体力面のみならず、精神面でも効果があります。現役の頃、モトクロストレーニングをしていたノリック(故阿部典史さん)に、「なんでノリはそんなに一生懸命トレーニングするの?」と尋ねたら、「レース中につらくなった時、『オレはあれだけ走り込んだんだから、絶対に負けない!』と思えるんですよ」と言っていました。メンタルを鍛えていたんですね。そういう僕自身は、「トレーニングで何回もつらい思いをするぐらいなら、決勝レースの1回をめちゃくちゃ頑張る」というタイプでしたが(笑)。
Moto3では、チャンピオン候補として海外メディアからも注目されている佐々木歩夢くんが、ポールポジションを獲得。決勝は混戦の末に6位となりました。本人もしっかり考えていることとは思いますが、最終ラップのポジショニングにもう少し気を使えば、優勝してもおかしくない内容でした。今後に期待です。
そう! 今シーズンのMotoGPは全21戦もあって、始まったばかりです。リタイアしてしまったライダーや、欠場したライダーにも、まだまだチャンスはあります。4月2日にはすぐに第2戦アルゼンチンGPが行われますので、注目したいですね!
シーズンスタート。2023年は残り20戦だ。
ところで僕は今、日本に来ています。来日してすぐ、東京モーターサイクルショーに足を運び、業界関係者の皆さんにご挨拶回りをしようと思っていたのですが……、来場者の方があまりに多く、会おうと思っていた人にもなかなか会えないという、うれしい悲鳴(笑)。個人的に見てみたいバイクも多々あったんですが、そもそも混雑しすぎていて近付けないほどでした。
ホンダブースのメリーゴーランドも行ってみたかったんですが、150分待ちと聞いて断念……。でも、会場には老若男女問わず幅広い層のお客さんがたくさん来ていて、二輪業界の盛り上がりを感じました。お子さん連れやカップルも多く見られて、いいものだなと。いろいろなブースをじっくりと見られなかったのは残念でしたが、僕自身もファンの方との交流もあり、楽しい時間となりました。
今回は、日本でかなり忙しい日々を送ることになりそうです。イベントなどで皆さんとお会いできる機会も多いと思いますので、ぜひお声がけしてくださいね!
※本記事の文責は当該執筆者(もしくはメディア)に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
あなたにおすすめの関連記事
2つのレースでドゥカティが偉業を達成 2022年はドゥカティにとって、まさに輝かしい1年だった。MotoGPではデスモセディチGPを駆ったフランチェスコ・バニャイヤがチャンピオンを獲得し、スーパーバイ[…]
従来のエンジンをベースにカーボンニュートラル化するには? トライアンフはバイクの未来&将来に向けたプロジェクトとして、イギリスのヒンクリーにあるグローバル研究開発施設内に、新たにカーボンニュートラル燃[…]
15人のファンと過ごす特別なイベント とてもリラックスした表情でSHOEI Gallery YOKOHAMAに集まったファンに挨拶をするマルク・マルケス。2022年シーズンは怪我による戦線離脱があった[…]
出力アップはもちろん、空力&ライドハイトデバイスにより最高速は伸び続ける 最新のMotoGPマシンは、300psに迫る(クランク軸だと超えている?)パワーを出しつつ、そのパワーを空力デバイスと電子制御[…]
MotoGPのカテゴリー、マシンが変わっていく 2022年、空力デバイスはフロントカウルのみならず、リヤのシートカウルにも発展。ドゥカティは恐竜の背中のようなシートカウルをサマーブレイク明けのMoto[…]
最新の関連記事([連載] 元世界GP王者・原田哲也のバイクトーク)
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない 第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか[…]
ヨーロッパラウンドで欧州勢が本調子に MotoGP第8戦イギリスGPが行われた週末は、「モータースポーツ・ウィークエンド」で、なんだか忙しい日々でした(笑)。まずはMotoGPですが、娘がモータースポ[…]
地元ライダーの大活躍で盛り上がったフランスGP MotoGPは第6戦フランスGP、第7戦イギリスGPを終えています。フランスGPはめちゃくちゃお客さんが入っていましたね! ヨーロッパに住んでいる僕の感[…]
全日本、そしてMotoGPライダーとの違いとは 前回は鈴鹿8耐のお話をしましたが、先日、鈴鹿サーキットで行われた鈴鹿サンデーロードレース第1戦に顔を出してきました。このレースは、鈴鹿8耐の参戦権を懸け[…]
予選PP、決勝2位のクアルタラロ MotoGPもいよいよヨーロッパラウンドに突入しました。今はヘレスサーキットでの第5戦スペインGPが終わったところ。ヤマハのファビオ・クアルタラロが予選でポールポジシ[…]
最新の関連記事(レース)
伊藤真一さんが代表兼監督を務める『Astemo Pro Honda SI Racing』は、、FIM世界耐久選手権第3戦”コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース第46回大会(8月3日決勝)のチーム参[…]
φ355mmとφ340mmのブレーキディスクで何が違ったのか 行ってまいりました、イタリア・ムジェロサーキット。第9戦イタリアGPの視察はもちろんだが、併催して行われるレッドブル・ルーキーズカップに参[…]
ブレーキディスクの大径化が効いたのはメンタルかもしれない 第8戦アラゴンGPでも、第9戦イタリアGPでも、マルク・マルケスが勝ち続けています。とにかく速い。そして強い。誰が今のマルケスを止められるのか[…]
現代の耐久レーサーはヘッドライト付きのスーパーバイクだが…… 近年の耐久レーサーは、パッと見ではスプリント用のスーパーバイクレーサーと同様である。もちろん細部に目を凝らせば、耐久ならではの機構が随処に[…]
「2025 鈴鹿8耐 Kawasaki応援グッズ」を期間限定でオンラインショップにて販売 株式会社カワサキモータースジャパンは、2025年鈴鹿8時間耐久ロードレースに参戦するカワサキチームを応援するた[…]
人気記事ランキング(全体)
新進気鋭のクルーザー専業ブランドから日本市場に刺客! 成長著しい中国ブランドから、またしても新顔が日本市場にお目見えしそうだ。輸入を手掛けることになるウイングフット(東京都足立区)が「導入ほぼ確定」と[…]
静かに全身冷却&最長10時間のひんやり感を実現 ライディングジャケットのインナーとしても使えそうな『PowerArQ Cooling Vest』。その特長は、ファンやブロワー、ペルチェ式ヒートシンクを[…]
なぜ「モンキーレンチ」って呼ぶのでしょうか? そういえば、筆者が幼いころに一番最初の覚えた工具の名前でもあります。最初は「なんでモンキーっていうの?」って親に聞いたけども「昔から決まっていることなんだ[…]
レブル250ではユーザーの8割が選択するというHonda E-Clutch ベストセラーモデルのレブル250と基本骨格を共有しながら、シートレールの変更や専用タンク、マフラー、ライディングポジション構[…]
最新モデルはペルチェデバイスが3個から5個へ 電極の入れ替えによって冷却と温熱の両機能を有するペルチェ素子。これを利用した冷暖房アイテムが人気を博している。ワークマンは2023年に初代となる「ウィンド[…]
最新の投稿記事(全体)
ホンダ「PRO LITE」の正体が判明?! 2025年秋に生産終了する50cc原付の後継車について、ホンダが新たな動きを見せた。それが2025年6月5日に行われた、「SUPER CUB PRO LIT[…]
非Vツインから始まった、日本メーカー製のアメリカンモデル 1969年に公開されたアメリカ映画「イージーライダー」に登場するハーレーダビッドソンのカスタムチョッパーに影響を受け、長めのフロントフォークと[…]
2ストローク3気筒サウンドと他にない個性で1982年まで販売! 1969年にカワサキは世界進出への先駆けとして、250ccのA1や350ccのA7を発展させた2ストロークで、何と3気筒の500ccマシ[…]
伊藤真一さんが代表兼監督を務める『Astemo Pro Honda SI Racing』は、、FIM世界耐久選手権第3戦”コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース第46回大会(8月3日決勝)のチーム参[…]
ホンダの“R”だ! 可変バルブだ‼ 1980年代に入ると、市販車400ccをベースにしたTT-F3やSS400といった敷居の低いプロダクションレースの人気が高まってきた。 ベース車として空冷直4のCB[…]
- 1
- 2