2019年夏、アメリカのボンネビルにて日本の企業が製作したEV(Electric Vehicle)のバイクが、電動バイククラスの世界最高速度記録を更新し、新たに329km/hの金字塔を打ち立てた。その全容を紹介していこう。
ボンネビルでは最高速を競う大会がいくつか行われており、主なものが過去に本誌でも取り上げたチーム38がNinja H2で参戦したボンネビル・スピードウィークと、今回モビテックが参加したBMST(ボンネビル・モーターサイクル・スピード・トライアルズ)となる。ボンネビル・スピードウィークは100年以上の歴史のある大会で、バイク以外にもクルマやロケットカーも参加して行われる。一方、BMSTはバイクだけで行われる大会で、記録はFIM(国際モーターサイクリズム連盟)の公認記録となる。
自動車業界で培った技術で世界記録更新に挑戦
ボンネビルとはアメリカのユタ州にある塩湖が干上がった広大な平原のことで、ボンネビル・ソルトフラッツとも呼ばれている。毎年夏にこの平原を利用して最高速記録に挑戦する競技が行われるが、この競技でモビテックの「EV-02A」が電動モーターを動力源とするEVバイクの世界記録を更新。2011年に記録された316.9㎞/hを更新して、329㎞/hを記録したのだ。
この大記録を打ち立てたモビテックは自動車関連企業で、実はバイク業界との関わりはないという。では、今回なぜEVバイクで最高速記録に挑んだのか。この挑戦は同社の社内プロジェクトの一環で始まったもので、新たな技術への挑戦、そして培ってきた技術の具現化を目的に社内有志が集まって「世界最速のEVバイク」の製作を目標に掲げてはじまったのだ。
プロジェクト自体は2011年からはじまり、試作機などの製作を経て、2015年からは初号機「EV-01」でBMST(ボンネビル・モーターサイクル・スピード・トライアルズ)に参戦を開始。しかし、参戦初年度は天候不順によるコース状況の悪化で大会が中止。2016年は大会が開催されたものの、わずか数メートルを走ったところで転倒してしまう。マシンを修復して再度競技に参加するも、記録は158㎞/hにとどまる。しかし、ここで屈することなく、問題を洗い出しては改良を加えていき、2017年は248㎞/h、そして2018年は296㎞/hと記録を伸ばしていく。
そして2019年、本誌の企画でカワサキH2Rで400㎞/hに挑むなど、日本で最高速チャレンジを任せたら右に出るものはいないであろう鶴田竜二がライダーとしてこのプロジェクトに参加。最高速アタッカーとしての豊富な知識と経験により、EVバイクの世界新記録となる329㎞/hを記録して、見事偉業を達成したのだった。
技術の集大成 参戦5年目で結実
EVバイクによる世界記録の更新を達成したモビテック。しかし、大記録を打ち立てるまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。
参戦初年度の2015年は天候不順で大会中止。そして2年目の2016年はスタートしてわずか数秒で転倒するなど、なかなか思いどおりにはいかなかった。もちろん、国内ではJARI(日本自動車研究所)で実走テストは行っていたのだが、ボンネビルとの路面状況の違いや直線距離が短いことから、ボンネビルを想定しての十分なテストはできなかったのだ。さらに3年目の2017年はボンネビルの路面コンディションが悪く、持ち前の性能を発揮するには至らなかった。
EV-01A/Zで課題となったのが高速走行時の振動で、振動は様々な要因で引き起こされており、根本的な解決策がなかなか見つからなかったのだ。また、EV-01A/Zは空気抵抗を減らすとともにバッテリーなどを収納するスペースを確保する狙いで低重心、ロングホイールベースを採用したが、そのためにライダーの乗車姿勢も特異なものとなり、バイクを操縦するのが難しかったのだ。そのため、EV-02では一般的なバイクのディメンションを採用してライダーがバイクをコントロールできるように改良。重心位置なども見直し振動対策を施すとともに、ライダーが積極的にコントロールできるバイクにしたのだった。
しかし、EV-02で臨んだ4年目の2018年は高速走行時に発生した車体振動が起因して転倒してしまい、初年度からライダーとしてプロジェクトに参加していた水谷一利氏が負傷し、さらにケガの回復が長引いてしまう。そのため、5年目の挑戦となった2019年はライダーに鶴田竜二を起用し、水谷氏は監督としてチームに帯同することに。また、ライダー変更に合わせ、ポジションを見直すとともに、振動対策で足まわりのセッティングを煮詰めた改良型のEV-02Aで臨むこととなった。なお、このプロジェクトも5年目の参戦を節目として終了することが決まっていたため、今年が最後の挑戦でもあったのだ。
モビテックが毎年参戦するBMST(ボンネビル・モーターサイクル・スピードトライアルズ)の競技は5日間の日程で行われ、ボンネビルに設けられた5マイルの直線コースのちょうど中間に設けられた1マイルの速度計測区間での平均速度を計測。往路と復路の2回走行を行い、その平均値が記録として認定される。EV-02Aは初日から3日目まではトラブルに見舞われるが、徐々に速度記録を伸ばしていく。搭載するバッテリーは高出力ではあるが、その反面消耗しやすいため、走行データを確認しながらバッテリーの制御を可能な限り引き上げていき、4日目に記録更新を狙って勝負。バッテリーの制御範囲を限界まで引き上げて、まずは往路で平均速度324.9㎞/hを記録すると、復路で333.9㎞/hを記録。その平均値は329.4㎞/hとなり、それまでの記録を更新して世界記録と認定されたのだ。
ここまでくるには様々な試練があったが、それを乗り越え、モビテックのEVバイクプロジェクトは世界記録更新という最高の結果で結実。同時に、鶴田が「H2Rのよう」と驚く加速力とEVバイクの可能性を示したのだった。
世界最速のEVバイク その進化の過程
プロジェクトは2011年にスタート
モビテックのEVバイクプロジェクトは2011年よりスタートし、最初は市販バイクを改良したEVバイク「零号機」を製作し、プロジェクトの事前検証を行う。その後、2013年に初号機となるEV-01を製作し、国内でテスト走行などを行ってから2015年よりボンネビルに参戦。天候不順による大会中止や転倒などの困難を経験しながら、EV-02へとマシンを進化させていったのだ。
このプロジェクトのまとめ役を務めたプロジェクトマネージャーの小森英祐氏。
車両開発責任者兼電装設計リーダーの河合浩平氏。バッテリーの制御なども担当する。
車体の設計のほか、セッティングなども担当した車体設計リーダーの田井中聡氏。
取材協力:モビテック
株式会社モビテックは愛知県に拠点を置くモノづくりの設計・開発企業。近年では、自動車業界で培った設計ノウハウを基に高精度な3Dスキャン・リバースエンジニアリングを多方面で展開する。EVバイクプロジェクトは愛知県刈谷市にあるテクニカルセンターのエンジニアが行った。
愛知県刈谷市末広町2-3-13(テクニカルセンター)
TEL:0566-21-6600 https://www.mobitec.co.jp/
●写真:増井貴光、モビテック ●まとめ:山下博央
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