バイク vs 船舶のエンジンスペック比べをしてみると、ほぼ同じような仕組みの内燃機関でありながら、求められる性能がまったく違っていることが分かってくる。
※ヤングマシン2013年11月号に掲載した記事を再構成したものです。
文:高橋 剛 Go Takahashi 写真:長谷川 徹 Toru Hasegawa 取材協力:ディーゼルユナイテッド
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エンジンを懐に抱えて走るのがバイクの魅力。じゃあ、他の業界のエンジンはどうなってるの? ということで船舶エンジンの会社にお邪魔してみた。感動を飛び越え、思わず笑ってしまうほどのスケール感。しかしその内[…]
バイクは高回転高出力主義、船はトルク型
船のエンジンは完全にトルク型。トルクのスペックは公表されていないが、超ロングストロークによって超極低回転から巨大船を時速40~50km/hもの速さでぐいぐいと進ませる。今回紹介する12気筒エンジンは、さすが9万馬力! と凄まじいパワーのように思えるが、排気量も2万L以上と凄まじい。だから、リッターあたりの馬力を算出すると、実はわずか4.2ps/Lなのだ。ZX-14Rの138.7ps/Lや1199パニガーレの112.5ps/Lどころか、モンキー(50)の69.3ps/Lにも遠く及ばない。どちらが高性能かという問題ではなく、ほぼ同じような仕組みの内燃機関でも、用途によって特性がまったく異なることがよく分かる。
100rpmなどという船舶用エンジンのスペックに見慣れると、逆にZX-14Rが最高出力を発生する1万rpmが途方もなく見えてくる。大排気量ながら、よくもそんなに回るものだ……。14Rのようなフラッグシップモデルのエンジンは本当に高性能。回るだけではなく、低回転域の扱いやすさも備えているから恐れ入る。
あまり知られていないが、最大級の貨物船1隻で自動車約5000万台分のNOx(窒素酸化物)とSOx(硫黄酸化物)を排出しているという試算もあり、船舶エンジンの排ガス規制が急ピッチで進められている。ディーゼルユナイテッド社も電子制御に注力し、RT-flex96Cシリーズも最新の燃料噴射技術を投入している。
【とてつもない大型船舶のスケール】
効率を重視しつつも、やっぱりベリー・ラージ
輸送の高効率化やエコの観点から、適度にダウンサイジングされつつある大型船舶の世界。いやいやどっこい、普段触れる機会がほとんどない我々にとって、やはり笑ってしまうほどの巨大さだ。
主に原油を輸送するタンカーは、大型船舶の代名詞的存在だ。タンカーは、載貨重量トン数(積載能力)で分類されるが、その数字からしてすでに途方もない。
6万~8万トン・全長228mの PANAMAX(パナマ運河を航行できる最大船形)を皮切りに、果ては8万トン以上・全長458mのULCC(ウルトラ・ラージ・クルード・キャリア/クルードは原油のこと)まで、想像も付かないほどデカい数字が並ぶ。
出光の「IDEMITSU MARU」は、上から2番目にあたるVLCC(ベリー・ラージ・クルード・キャリア)。適度なサイズ感の持ち主で、最大級のULCCではデカすぎて座礁の恐れがある海峡などを航行でき、運行効率の良さが武器だ。
それでも、ベリー・ラージ。とてつもない数字の羅列には、やはり笑うしない……。
333m
VLCCタンカー・IDEMITSU MARU■全長333m 全高60m 満載喫水(夏期)20.583m
2007年竣工のマンモスタンカー。タンカーの大きさとしては上から2番目のVLCC(Very Large Crude Carrie)に分類される。333mの全長は東京タワーの高さとほぼ同じ。29mの深さ(船底から甲板までの高さ)は9階建てビル並みだ。日本で使う石油の約半日分を積載可能。
約900m!
IDEMITSU MARUがずっと舵を切ったまま1周すると、直径約900mになり、30分ほどかかる。バイク換算すると「最小回転半径約450m」。Uターンに約15分!?
約100トン!
7気筒2ストディーゼルエンジンは、1日あたり約100トンの燃料を消費。燃料は廉価なC重油だが、1航海(40日)の燃料代は約2億2000万円!(2013年掲載当時)
畳約60枚分!
舵の面積は約100平方メートル。約60畳、30坪で、4LDKのマンション並みの広さだ。交差点の左折を想定すると、約1km手前から左に舵を切るイメージ!
4100m
約30km/hでの航行中、全速後進のフルブレーキングで停止するまでの距離は約4.1km。約15分もかかる。危険回避には急制動よりも舵を切る方が有効だが、大型船舶の旋回には時間がかかる。先読みと機敏な行動が安全航行に不可欠だ。ちなみにバイクは同じ30km/hから8.4mで止まる。
ふたつのプロペラ
出光タンカー「日章丸」は二重反転プロペラを搭載。ふたつのプロペラが反対方向に回転し、推進力向上、燃費向上、振動低減などのメリットがあるという。1回転で約8.6m進み、1Lの燃料を消費!
最小クラスのエンジンは、なんと4万5000回転!
デカいのもすげえけど、チビッこいのもすげえんじゃね? 「ちなみに……」という軽いノリで覗いてみたラジコンエンジンワールドは、これまた凄まじいほどのディープぶりなのだった……。
何にも邪魔されずに、ひたすら高性能を追求
「時計のように精密で……」と、しばしば称されるバイク用の高性能エンジン。ところがどっこい、はるかに精密な世界があった!
それがエンジンラジコンカーだ。F1のように甲高いエキゾーストノートはそれだけでもシビレるが、異常なほど鋭いピックアップのよさがさらにレーシング気分をあおる。扱いに特有の難しさはあるものの、スケールスピードで600~1000km/hに達する超高速で、マニアを魅了してやまない。
低燃費やエコといった「足かせ」から逃れられない船舶用エンジンやバイク用エンジンとは違い、ラジコン用エンジンはかなりフリーダムだ。ナリがコンパクトで、世間一般へのインパクトも小さいゆえに、あれこれ気遣いせずに存分に高性能を追求しているのがイイ。
ひたすら回り、ひたすら高性能。ラジコンエンジンは、内燃機関に残された最後の聖域なのかもしれない(2013年当時)。
巨大エンジン作りには、体育会系的醍醐味がある!
ここでは、ディーゼルユナイテッドの案内人を務めていただいた保坂知洋さんにエンジン作りの面白さをうかがった。もともとはバイク乗りだったという保坂さんは、いかにして巨大エンジン作りにのめり込んでいったのか?
船舶エンジンの製造はミニバイクレースの延長
作業服に着替え、足にゲートルを、腰に安全ベルトを巻く。ヘルメットをかぶる。指定箇所では、安全靴の上からさらに布製の保護カバーを履く。油汚れをあちこちに広げないのと同時に、滑りを防止するためだ。これから履くカバーと、いったん履いて脱いだカバーは、色分けされた別々の箱に収められていた。
巨大な船舶エンジンを製造する工場は、やはり巨大だ。しかし、巨大だからと言って、大ざっぱなわけではない。隅々まで整理整頓されており、安全には最大限の配慮がなされていることが分かる。
「見てお分かりの通り、船のエンジンはデカいですからね」と、ディーゼルユナイテッド社で製造部長を務める(取材当時)保坂知洋さん。
「ひとたび何かあると、とんでもないことになる。大爆発ですよ。ウチの工場では起きていませんが、外国の工場に出向いた時、たまたま爆発事故が起きましてね。ものすごい爆風を感じて、『モノがデカいと事故のスケールも違うな』と、改めて身の引き締まる思いでした」
工場内を歩き回りながら、保坂さんは多くのスタッフたちと言葉を交わす。時に笑顔で、時に真剣に、密なコミュニケーションが行き交う。
「作ってるモノがデカいだけに、ひとりじゃ何もできないんですよ。人手が必要で、多くの人数が関わって作り上げていく。みんなで協力し合う必要があるんです。だからノリは完全に体育会系的ですね。『みんなで作った!』という喜びがある。それが船のエンジン製造の面白さかもしれません」
自らを「しきりたがりの目立ちたがり」と称する保坂さんにとって、エンジン製造を取りまとめる製造部長という仕事は天職なのだ。
「そういえば……」と保坂さん。
「ミニバイクレースをやってた頃もそうでしたね」
保坂さんは、三重県鈴鹿市出身だ。鈴鹿サーキットが近いことに加え、父がホンダ勤めだったこともあり、レースは身近だった。
「鈴鹿8耐を見に行ってたんですよ。表彰台に立つライダーの姿に、完全に自分を重ね合わせてました。『あんなヒーローになりたいなあ。なれるんちゃうかあ?』って(笑)」
ホンダや鈴鹿サーキットのお膝元でありながら、鈴鹿の高校は3ない運動でバイクの免許が取れなかった。
「唯一免許が取れる高校ってことで、鈴鹿高専に進学したんです。17歳、3年生の時に免許を取りました」
最初はCBR250Rに乗って峠を攻めていたが、転びまくってすぐにボロボロになった。「これは危ない」と、同じくバイク好きの友人たちとミニバイクレースを始めた。
しかし、決して仲間内で最速ライダーというわけではなかった。辻村 猛など本気ライダーたちと一緒に走る機会もあり、あまりの驚速っぷりに「こらあかん」とレーシングライダーへの道は早々に諦めた。そして、走るよりも管理監督業務の方が向いている自分に気付いたのだった。
レース経験の中でもうひとつ見出したのは、エンジンをいじる楽しさだった。そして「デカければデカいほど作り込むことができるし、やりがいがあるんとちゃうか」と、高専卒業後はIHIに入社。研修を経てすぐに出向という形でグループ会社のディーゼルユナイテッドに配属され、現在に至るのである。
多人数をまとめ上げながら、好きなエンジンに携わる。まさに高専時代のミニバイクレースと同じ喜びの中に身を置き続けている保坂さん。
「デカいエンジンを扱っていると、独特な優越感がありますね。漁船のエンジンなどでみんなが『デカッ!』と驚いてるのを見ると、「……全然ちっちゃいやん」なんてね。人間としてのスケールまでもデカくなった……ような気がします(笑)」
今、改めてバイクのエンジンを見ると、「ものすごく緻密ですね。眼鏡を付けて作業するスイスの時計みたいです。それに、船のエンジンは回転数が100rpmなんて世界ですからね。かつて乗ってた4気筒250ccのCBR250Rなんか、2万rpmですよ。よくそんなにブン回してたな、と。今じゃすっかり怖くなっちゃいました」と笑う。
何ひとつ変わらないのは、エンジンへの情熱だ。今日も保坂さんは、整理整頓された巨大工場を歩き回る。
ライター・高橋剛が感じた『船舶とバイク』
今回の取材に同行していただいた保坂知洋さんは、ミニバイクレースでエンジンいじりを覚え、どうせならデカいのを作りたい」と船用エンジンへの道を志した。
僕も工場を見学して、その巨大さや迫力にはすっかり圧倒された。本当に面白くて何度も笑ったし、感心もさせられた。でも、帰り道に思ったのは、「やっぱりバイクのエンジンってすげえ!」ということだ。
船舶用エンジンは、完全に海運ビジネスのためのいちパーツだ。ビジネスの成否を左右する、とても重要な機器なのだ。だからその運転に際して、人間の感性が入り込む余地はほとんどない。実際、保坂さんは、「いわゆるフィーリングのようなものはまったくない」と言った。そもそもスロットルは5段階しかなく、常に燃料代の計算をしながら航行する必要がある。
一方、バイクのエンジンは、フィーリングのカタマリだ。回転上昇の仕方からエキゾーストノートに至るまで、時には感性を刺激し、時には感性に優しく寄り添い、喜びさえ感じさせてくれるのだ。素晴らしい乗り物に出会えて、本当によかった。
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